第5話 国境検問所
車を走らせてだいぶ時間が過ぎるが、山脈と針葉樹林の景色が多く続く景色に見飽きてきた頃、少しずつ人が増え始めた。
よく見てみると、その人々の大多数はエルフであった。
彼ら馬車にに荷物をギュウギュウに乗せ、家族で逃げているようだった。
彼らは俺らが通り過ぎるところを横目で見る。
ジープが影響なのか、エンジン音で隠れたり、避けたりするエルフもチラホラ居る。
「まだレナは起きないのかな?」
俺は心配で堪らなかった。
もし、その国でも初めて会ったときのレナのように銃を突きつけられるような事があったら、あの時のように人を遠くまで蹴る力のようにもう一度その力を使うことができるならば、だが、俺はそんな騒ぎを起こしたくはない。
クソッ!どうすればいいんだ。
そんな事を運転しながら考えていると、ヘルヴェティア国境近くにまで来ていた。
国境検問所には多くの戦争からの避難民で溢れていた。
その多くは女性や子供が多かったが、その多くはエルフであった。
レナはその避難民の騒がしい声で起こされた。
「んん……うるさいわね。何の騒ぎ?」
「おっ、良かった!起きたか。今国境近くまで来ているけど、すごいなこの人の量。」
「ん?ああ、確かこの人たちは戦争から避難してきた難民のはずよ?」
へぇ………これが難民か。
よく世界のどこかで戦争が起きた時にテレビのニュースで観てきたが、ホントに大変なんだな………。
歩き疲れて座り込む人、混乱で国境検問所を無理やり超えようとする人、それを取り押さえようとする国境警備員、親から離れ離れで迷子になって泣きじゃくる子供。
これはまるで地獄絵図だ。
するとエルフ達の悲痛な願いがボソボソと聞こえる。
「ママ、まだ?」
「もう少しだから、頑張りなさい」
「この戦争いつまで続くんだ……本当に皇帝陛下の考えている事は理解できない」
「最近、俺達の国も負けだしているしな………」
「馬鹿!そんな事言うとここに隠れてるかもしれないゲルマニアの秘密警察に知られたら捕まるぞ!!」
………ん?そういえば、俺はいつの間にか彼らの言葉が理解している。
エルフの文字は読めないのにどうしてだ??
そういえば、彼らがユーラ語もとい、日本語を喋ってる訳無いはずなのに通じるのはどういう事だろう?
「なあ、俺は今、お前らの言語を通じるようになってるんだが分かるか?レナ」
「多分その理由は、この魔石の力よ」
彼女はシャツの胸ポケットから青緑色の石を取り出した。
「この石はグロッサ石って言って、世界の王家や貴族、貿易商などしか持てない貴重な石よ。石の周りの話している言語を翻訳してくれるけど、文字の翻訳は出来ないし、石の翻訳の範囲を超えると自分の言語しか通じないわ」
「なんかその石ってチート的な石だな」
「そう?魔石は一般的よ」
「いや、そういう話じゃなくてグロッサの……まあ、いいや」
「そう、それでカズト、いつヘルヴェティアに着くのよ?」
「俺に聞くなよ、そうだな……。俺が聞きに行くよ、その代わりその魔石を貸してくれないか?」
「ええ、良いわよ、早く行ってきなさい」
俺は車から降りて走った。数百メートル先に国境検問所の建物があり、その辺の警備の人に尋ねた。
もちろん、バレない様に頭にはボロくて薄汚い布を被っている。
「すみません衛兵さん。今、検問はどうなってるのですか?」
俺がそう言うと、警備の為に立っていた衛兵が俺を見た途端、こちらを向く。
衛兵は金髪のエルフであったが、瞳は綺麗な赤目だ。
その衛兵は目を丸くしていたが、そこまで驚くことなく淡々と俺の質問に答える。
「ん?ああ、一人ずつチェックしているからね。最低でも一人一時間は掛かるから、いつ終わるか分からないね。それにしてもお前はこの状況に慌ててないんだな」
「えっ!?まあね。ところで車で通行は行けるのか?」
「何!?車だと!!?」
衛兵が驚く、まさか車で来るのは問題だったのか?
「お前、そんなボロい服装とは違って本当は金持ちなのか?まあ無理もないか………。それならここの横の奥にある自動車専用の検問所を使うといい、そこはいつも空いているよ」
「あ、そうなんですか!ありがとうございます」
「良いよ、とりあえず案内するから車の方に連れて行ってくれ」
………へ?
だ、大丈夫かな………。
考えたらこの衛兵に連絡して保護してもらえれば任務完了なのでは?
「はい、こちらです」
俺は案内してもらおうと衛兵を連れ、スラが居る車の方へと歩いていく。
レナはまた車内で寝ているのか、姿を見せていない。
車の前に着くと衛兵はニコッと笑顔で車の方へと走る。
「へえ、エトルリアのジープじゃないですか!どこで手に入れたんですか?」
「えっ!?」
な、何でそんなこと聞いてくるんだ!?
まさか盗難したのかと怪しんでるのか?
そんなことしたら車の中にいるレナも怪しまれる可能性も大きくなる。
適当に嘘でもつくか。
「た、たまたま安く売っていたのでね!ハハハ!!」
「ふーん、そうですか。とりあえず運転お願いします」
すると車の中にいるレナが目を覚ましたのか起き、外を見る。
「カズト?どうだったか聞いてきたの?」
レナは車の外を見ると、衛兵と目を合わせる。
「レナ!目を覚ましたのか?衛兵が入口まで案内してくれるそうだ」
俺がそう言った途端、レナは身体を震わせ、そしてすぐさま衛兵に銃を発砲する。
衛兵は銃を向けられた瞬間に車から離れるが、レナの発砲でその場に倒れる。
辺り一帯に拳銃の発砲音が響き、遠くの避難民のざわめきが聞こえ始めた。
「何するんだよレナ!そいつは衛兵だぞ!!衛兵に対して撃ってどうするんだ!!」
「貴方馬鹿じゃないの!?ここはヘルヴェティアの国境ならこの衛兵はあり得ないのよ!!」
「衛兵があり得ないって、検問に居ないってことか?」
「馬鹿!違うわよ!!ハーフエルフよ!!しかも赤目のエルフなんているわけ無いわ!!こいつは変装したエトルリア兵、敵よ!!」
レナは強張った顔をしながら、銃を衛兵に向け、車から離れる。
すると撃たれて倒れた衛兵はゆっくりと立ち上がり、銃を向ける。
レナはそれに気づき、すぐにライフルを俺に投げ渡す。
「てめぇ、このアバズレが………当たったらどうするんだよ………」
「あら、そこで死ねば良かったのに本当に残念ね………」
「お前ニホンジンのくせに何故俺たちヒューマンに協力しないんだ………そのエルフを捕まえろ。それならこの一件を不問にしてやる」
衛兵はニコッと不気味な笑みを浮かべながら、こちらを見る。
やはり気づいていたのか、俺が異世界からやってきたことを………。
俺はそう思いながらレナの方を見ると、彼女はブルブルと震えている。
アイツと戦って殺される恐怖で震えているのか、俺がレナを捕まえてアイツに売ることを想像しているのか俺には分からないが、表情が物語っていた。
俺は決断する。
「ああ、良いぜ。不問にしてくれるならありがたい」
「ほう、なら早く―――」
「だが、残念。俺の契約者はここにいるエルフなんだ。お前らエトルリア軍じゃない。それにお前を殺せば何もかもが不問だろ?」
そう言って俺はその衛兵にライフルを向け、すぐさま発砲した。
衛兵も俺が発砲すると勘付き、すぐさま避け、そして同じタイミングで発砲するが、地面がぬかるんでいたのか足を滑らせ、胸に当てようとした弾が額に貫通する。
一方相手の弾は自分の頭の上スレスレを通り過ぎて行った。
額を撃たれた衛兵は衛兵の瞳孔は完全に開き、目の輝きを失う。
そして衛兵はその場で膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。
俺はこの時、初めて人を殺した。
だが何故だろう?今の殺人に関して罪悪感も恐怖感も焦りも感じなかった。
何も、何も感じなかった………。
逆に楽しさが溢れている自分に恐怖を感じる。
すると衛兵と俺の二度の発砲によって、近くにいた別の衛兵が音を頼りにここにやってくる。
やってきた人々を確認したが、確かにレナの言う通り、エルフとは違う白い髪色と紫色の目だ。
「おい君!何があっ………衛兵がやられてるぞ!!貴様、どこの国の所属だ!!永世中立国の兵士を攻撃したことは国際法に違反しているぞ!!」
衛兵達はそう叫び、俺に対して一斉に銃を向ける。
俺は銃を下ろし、両手を空高くに挙げる。
すると、レナがいきなり立ち上がり、衛兵の前に出る。
「彼は無実です!ここに居る衛兵はエトルリアのスパイである!!」
「何だ貴様、貴様もそこに居る犯罪者の仲間か!?」
衛兵の一人がそう言った途端、レナは耳をピクリと動かし、表情が一変する。
「無礼者!貴様、私を『犯罪者』と言った奴、私を誰だと思っている!!私はゲルマニア帝国皇女、ヴィルヘルミナ・フォン・プルーセンだぞ!!」
レナはそう言った途端、衛兵達が沈黙し、静かになる。
「プルーセン………プルーセン家のヴィルヘルミナ様!まさか本物か!?」
「言われてみれば、写真にそっくりだ。それにこの近くで閲兵を行っていた情報がある」
「だが証拠が無いぞ!どうするんだ!!」
衛兵はレナが本当の皇帝の娘なのか議論し始め、最終的な決断が下された。
「ヴィルヘルミナ様として入国を許可する。確かにここに倒れている衛兵は偽物であり、変装したヒューマンである。殺人もヘルヴェティア領内ではない事も留意し、我が国としては彼に対して感謝の意を述べたい。ありがとう。だが我々は皇女殿下としては近衛兵が見当たらず、ニホンジンが守護兵としているなど不可解な点が多くある。ですので貴方たちが所有している銃火器を我々が没収することとする。それで良いかな?」
つまり、それはレナを守ることが出来なくなることじゃないのか?
それは余りにも危険すぎる行為な感じがする。
だがレナはすぐに即決した。
「ええ、構いませんよ。私は貴国の警察や衛兵を信用していますから」
「皇女殿下直々の有難い言葉、感謝いたします。それではこちらから入国をお願いします」
そう言って近くの自動車専用のゲートがそこにあった。
衛兵は道の両端に並び、隊長と思われる人から「捧げ銃!!!」と叫び、他の衛兵が捧げ銃を行う。
そして衛兵たちはレナの入国を歓迎した。
俺は車をゆっくりと走らせながら、隊長と思われる人の前に着くと、彼に所有していた銃火器を渡し、敬礼してくる。
俺は敬礼に頭を下げ、そして再びゆっくりと車を走らせ、無事ヘルヴェティアに入国することが出来たのであった。
俺達はゲートを通り過ぎると、アクセルを踏み加速させた。
―――――ヘルヴェティア国境検問所
「そういえば今通って行った人たちは誰じゃ?」
「こ、これは所長!!」
所長が職員に声をかける。
職員はすぐに起立し、敬礼をする。
「よいよい、普段の体勢でいい。それで誰だったんじゃ?」
「驚かないでください!なんとあのヴィルヘルミナ殿下だそうですよ!!」
「何っ!?ヴィルヘルミナ殿下じゃと!!」
「はい!!初めてお見えになりました!!」
だが所長は複雑そうな顔をして溜め息を吐く。
すると職員は心配そうな顔をして所長に聞く。
「どうしたんですか、所長」
「………殿下は今のゲルマニアの情勢を知っているのかのう?」
「ん?どういうことです、所長」
「ヴィルヘルミナ殿下のことじゃ」
「………何かあったんですか?」
「お前知らんのか!?まさか新聞は見てないのか?ラジオも」
「はい、すみません。今日は難民の仕事で精一杯で……」
所長は職員の言葉に呆れ、そして溜め息を吐く。
「………彼女の国が、ゲルマニア帝国がエトルリアに降伏した事だ」
「え、ホントですか!?!」
「本当じゃ、新聞を見ろ。そのニュースが一面で飾られている」
すると、所長は大きく文字が書かれた新聞の一面を見せる。
『帝国、人間に降伏。講和会議はヘルヴェティアの第二の都市のゲンフで開催予定。』
職員は最初は驚いたが、すぐさま悲しそうな顔をする。
「可哀想に、ヴィルヘルミナ殿下も苦労しなければいいのですが」
「………そうじゃな」
「………ん?そういえば、この記事は何でしょうか?所長」
彼は先ほどの一面とは違う記事を所長に見せる。
すると所長は鼻で笑ってすぐさまその記事の内容を否定する。
「ん?それはよくある偽物の記事じゃろ。さっきヴィルヘルミナ様を見ただろ?つまりデマだ。さあ!そんな事はどうでもいい!早く仕事に戻れ!!」
「は、はい!!」
『ヴィルヘルミナ皇女殿下行方不明か、戦死したとの情報も』
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