ショートショート

天鳥そら

第1話陰徳の友情

誰かのために良いことするの大好き!役に立つの大好き!そしてそして~。


「今日は、お年寄りに席譲ってあげたんだ~。褒めて褒めて~!」


「はいはい。由奈は偉い!」


「もっと心をこめて!」


「えらい!よっ!未来のマザー・テレサ!」


褒められるのはもっと好きだったりするのだ。友達の知恵に頭をなでこなでこされて、私は満足げに椅子に座る。高校に着くまでの間、目を皿のようにして役に立てることがないか探して歩くのが私の日課だ。


「確かにエライ!だが、遅刻はするな」


出席簿で頭をとんっと叩かれて、ラグビー部顧問で担任の綿谷を私は睨みつけた。人に親切にするのと遅刻とどっちが大事なわけと言いたかったけれど、言い返してまた頭を叩かれるのは嫌だった。


「はーい」


遅刻といってもチャイムが鳴って5分しか経っていない。ちょっと心が狭いんじゃない?


クラスメートにくすくす笑われて褒められて嬉しい気分が一気に下がる。あーあ、後で褒めてもらえばよかった。そんなこんなを考えている内にホームルームが終わり、一限の授業が始まる。これは大変、現代文だ。絶対眠くなると思ったけれど、先生の話でぱっちり目が覚めてしまった。


『陰徳』は人知れず善い行いをすれば、必ず良い報いがあるとされています。さらに見返りを求めないのも大切。現代文の先生が教科書に出てきた言葉を解説して、さらにどれだけ素晴らしいことかを教えてくれた。小説の主人公は自己主張が苦手な男性だった。好きな女性がいたけれど、何の取り柄もない自分は振り向いてもらえることはないと思い込んでいた。そっと彼女を盗み見ながら、変に思われないよう公園の掃除をし人へ親切を施していた。だんだん日常的に善い行いを重ねるように。ただ自分が善いことをしているのを誰かに知られるのは男が嫌がった。こっそりやった親切は誰かの手柄になったこともある。陰徳と呼ばれるような行動を積み重ねた結果が、ある日花開いた。好きな女性の身内が道に迷って困っているところを助けたのだ。


まあ、ハッピーエンドで終わるお話だけど、私はこの話にいたく感動し、自分でも実践してみようと思い立ったわけです。


うん、善行を施すのは嫌じゃない。それほど不自然でもないはずだ。私は小説の主人公と違って、純粋に人を手助けしたい。だけど、だけど、誰にも褒めてもらえないってツライ!


早速実行した私は、親にも友達にもピタリと口を閉ざすようになった。本当は言いたくて言いたくてたまらない!友達の今日も何か言うぞという風ににやにやした顔が、きょとんとした表情に変わる。苦しくて苦しくて仕方なかった。


「陰徳やめよっかな。褒められたいし」


ぽつんと呟いてその場に落ちていたゴミを拾う。ついでにどこかのバカが飲み残した缶ジュースも処理する。何て私良い子なんだろう~。誰か褒めて~。

私の言葉に答えるように、冷たい風が吹いた。缶がからんからんと音をたてて目の前を転がっていく。


「あ、また誰かポイ捨てしたな」


缶を追いかけて行くと、ローファーが目に入った。ううん?と顔をあげると、友達の知恵がにまっと笑って立っている。


「ちょっと不思議だったんだよね。なんで由奈が褒めてって言わなくなったのか」


鞄の中から現代文の教科書を取り出した。


「影響受けたでしょ?」


ぴらっと開いた先には、いつの間にか陰徳を積むようになった男の話が載っているページ。私は耳の先まで真っ赤になった。


「だって、だって、カッコいいなって思っちゃったんだもん」


「褒められたがりの由奈がよくがんばったね~」


「もう頑張れない~褒めて褒めて~」


「よし、よし、これから私も一緒に陰徳やる!」


へ?今なんて言った?


「私はさ、由奈のことカッコいいって思ってたんだよ。さらっと人助けするの。だだから私もやる!」


ぽかんとした表情の私に知恵は笑う。それから一緒にゴミ捨て場にゴミを捨てに行った。この時から私と知恵は陰徳仲間となったのだ。私は私で、知恵は知恵で、たまに一緒に人助けを行っている。




あれ?これって陰徳っていわなくない?まあ、いっか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート 天鳥そら @green7plaza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ