第28話 誕生日
今日は九月二十二日、火曜日。
秋雨前線の影響でずっとぐずついた天気が続いていたが、今日は久しぶりに青空が広がっていた。
照り付ける太陽はまだ暑いけど、気温も三十度を超える事が無くなり、畑仕事も大分楽になったので、既に収穫が終わった夏野菜の片づけを朝から行っていた。
例の石は、今では青が濃くなってきているのがはっきりと分かるくらい変化していたけど、まだ光るような明るさも無く、薄暗い青と言った感じだ。
優奈にも、優奈のお掛けで石に変化が出た事を伝えてお礼を言ったら、複雑な表情をして照れていた。
多分、優奈も俺達と同じ気持ちだろう。
紗江はあれから毎日、今まで以上に楽しそうに過ごしている。
写真を撮ったり、テレビを見たり、新しい料理を覚えたり、優奈にお菓子の作り方を教えて貰ってからは、自分で調べて色々なお菓子作りに嵌っている。
そして、俺と紗江の関係は今までよりさらに距離が縮まった気がする。
紗江は家事をしている時以外は常に俺の傍にいるか、俺の目の届く範囲にいるし、買い物に出かけると必ず手を繋いでくるようになった。
今日も、午前中は今までやらなかった畑仕事を手伝ってくれていた。
午後になって優奈が遊びに来たので今は優奈と二人で家の中で何かしている。
正直、四六時中引っ付かれるとうっとおしいと感じる事もあるので、優奈が紗江の相手をしてくれる事が少しだけ有難かったりする。
時間を確認すると、もうすぐ午後三時。
今日はここまでにしようと畑仕事を切り上げた俺は、縁側に腰を下ろしてタオルで汗を拭きつつ、リビングにいるらしい二人に声を掛けた。
「紗江ー、麦茶か冷たいお茶を持ってきてくれないかー」
リビングから、はーいという返事が聞こえて紗江が麦茶を持ってきてくれた。
すると、紗江の後から少しにやけた顔の優奈も縁側にやってきて、二人で俺の傍に座った。
優奈がこういう顔をしている時は良くない事が起こる兆候だ。
紗江の少し緊張した真剣な表情がそれを裏付けている。
「優奈、何だよ......」
俺は警戒心むき出しで恐る恐る優奈に何事か尋ねた。
「圭太ってさ、来週の土曜、誕生日でしょ?」
そういえば......来週の土曜日かどうか曖昧だけど、十月三日は俺の誕生日だ。
最近じゃ誰かに言われないとなかなか気が付けないからすっかり忘れてた。
「そういえばそうだな。よく覚えてたな。」
「まあね。圭太との付き合いだってもう十年以上だもん。それくらい常識だよ。」
ヤバい!これは俺が優奈の誕生日を答えられるかの前振りだ!
優奈の誕生日は......確か一月十日のはず。大丈夫だ。
そう思って一安心した俺の視界に、不服そうにほっぺを膨らまして横目で優奈を見る紗江が映った。
何だか分からないけどこっちもヤバそうだと思った俺は話の続きを促す。
「で?俺の誕生日がどうした?何かくれるのか?」
「へへ~。さてここで圭太に問題です!紗江ちゃんの誕生日はいつでしょう?」
紗江の誕生日?そう言えば紗江の誕生日なんて今まで聞いてなかったな。
丁度いい機会だから聞いてみるか......
「そういえば紗江のたん―――」
何気なく紗江の誕生日を聞こうとしたその瞬間、紗江から恐ろしい視線を感じる。
まるで、分からなかったら〇す。と言わんばかりの殺し屋ばりの視線に怯んだ俺は、助けを求めるように優奈を見るが、ニヤリと口端を上げた優奈の悪い笑顔に、救いがない事を思い知らされる。
そもそも誕生日を聞いてないんだから知っているはずがない。
「いや......だって聞いてな―――」
「圭太殿。私の誕生日......分かりますよね?」
笑顔のまま目だけが笑っていない紗江が、理不尽な事を言って俺を追い詰めてくる。
「うっ......」
多分あれだ、こんな事を聞いてくるってことは、もしかして今日かも知れない。
「え-っと、きょ―――」
「け・い・た・ど・の!外したら罰を受けて貰います。」
紗江の語気からすると今日じゃないらしい。だけど罰って何だよ。逆に当てたら何か貰えるのか?
何でいきなりこんな目に合わされているのか納得できないけど、ここは冷静に考えて乗り切るしかない。
わざわざ問題として聞いてくるってことは、ある程度近い日付なのかも知れない。
それこそ、俺の誕生日に近い......
「じゃあ......十月......」
紗江の顔色を恐る恐る伺いながら月を口にすると、紗江の口端が少し上がるのが見えた。よし、十月は合ってるようだ。
「三日......」
これなら外しても、同じ誕生日だと嬉しいから。とでも言えば紗江の怒りも収まるかも知れないし、わざわざ俺の誕生日を聞いてから質問して来たってことは、奇跡的に同じ誕生日の可能性が高い。
俺がその日を口にすると、紗江の表情が急に緩んだ。
「やったー!やりましたよ優奈さん!ほら、やっぱり圭太殿は私の事は何でも分かるのです!」
万歳しながらドヤ顔で優奈に自慢する紗江を見て、ふぅ~っと安堵する。
「本当に当たったなんて、紗江ちゃん凄いわね。」
優奈は少しビックリした様子でそんなことを言って紗江の頭を撫でているが、当てたのは俺だからな。俺にビックリしろ。
「でも、紗江も十月三日が誕生日だったんだ?そっちの方がビックリするわ。」
「はい!私も優奈さんに圭太殿の誕生日を聞いてビックリしました。」
「えっと、十七歳になるのか?」
「はい、満十七歳になります。」
俺が二十六歳になるから、九つも違うのか。
自分が十七歳の時、高校二年の時の事をつい先日思い出させる出来事があったから、昨日の様に感じるけど、あれからもう九年......
「と言う事で、見事正解した圭太には素敵なプレゼントがありまーす!」
俺が少し感傷に浸っていると、優奈が突然プレゼントがあると言い出して上着のポケットから何やら封筒の様なものを取り出した。
「ジャジャーン!これ、横浜にある水族館のチケット。この前お客さんから「彼氏とでも行ってきなさい」って、余計な一言と一緒に二枚貰ったんだけど、圭太にあげるわ!」
へぇー、水族館は大学の時行ったのが最後であまり興味はないけど、貰えるんだったら貰っておこう。
「優奈、サンキュー!有難く頂戴するよ。ところで―――」
「ところで、もし売ろうとしたら〇すわよ!」
チッ!鋭い奴め!
だけど、俺と紗江の誕生日を知っていてこれをくれるって事は、そういう事なんだろう。
「はいはい、分かったよ。」
「分かれば宜しい。紗江ちゃんやったね!誕生日に圭太がデートに連れて行ってくれるって。」
「でーと?ですか?」
「そっか、紗江ちゃんデートってしたことが無いよね?それじゃあ、これから私がデートについて一から教えてあげる!」
紗江の手を握って、また悪い顔をして立ち上がった優奈を見ると、猛烈に嫌な予感がしてくる。
「優奈!紗江に余計な事吹き込むんじゃないぞ!」
「圭太、私も夕飯食べて行くから。準備ヨロシクね!」
紗江の手を引いて紗江の部屋に向かおうとする優奈に釘を刺すが、優奈は手をひらひら振りながら俺の話を聞いていないかのように行ってしまった。
でも、海に行ったのを最後に、一か月も紗江をどこにも連れて行っていないし、丁度いいか。
優奈にはお土産にシュウマイを買って来てやろうと思いつつ、俺はタバコに火を付けた。
そして夕食時に、やけに鼻息の荒い紗江と、ときどき俺を見てニヤニヤする優奈に恐怖を覚えたのは言うまでも無いだろう。
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