第25話 秘密の共有
海水浴に行った翌日。
俺は紗江と話し合って、紗江の事情を優奈に打ち明ける事に決めた。
どうなるかは分からないけど、優奈が他人に漏らすことは無いだろうから、今より悪い事にはならないだろう。
紗江が元の時代に戻る方法なんて優奈にも分かる訳は無いだろうけど、これから先何かあった場合に紗江の事を相談できる相手が増えるのは俺にとっても助かる話だ。
その二日後、お盆休み中だという優奈が早速家にやってきたので、俺は口外しない事を条件に紗江がここに居る事情を正直に優奈に話した。
「ふーん......あんたそれ、真面目に言ってる?」
黙って聞いていた優奈は一通りの説明を聞くと、胡乱臭げな目で俺を見てきた。
紗江は優奈の反応を見て、しょんぼりしたように項垂れていた。
優奈の反応は尤もだろう。
俺は紗江がいきなり現れた所を見ていたので、まだ信じることが出来たけど、普通は真顔でタイムスリップしてきた、なんで言われたらそういう反応になるだろう。
「まあ、お前が信じられないのも分かるし、無理に信じてもらおうなんて思ってない。ただ......俺が紗江の事を信じてるだけだから。」
すると、項垂れていた紗江が突然立ち上がった。
「ちょっと待っていて下さい!」
紗江はそう言って急いでリビングから出て行った。
そんな紗江の様子を見ていた優奈が俺に顔を戻すと、大きなため息をついた。
「まあ、いいわ。私にタイムスリップを信じろっていうわけじゃなくて、圭太はそう信じているって事なら。」
「それでいい。紗江も俺もこれ以上お前に嘘を吐くのが心苦しいってだけだから。」
俺は紗江が嘘を吐かずに心苦しい事が無くなればそれで良かった。
「ここで信じるかどうかなんて言ってても話が前に進まないでしょ?一旦あんた達の言っている通りとして話を進めましょ。で?その様子だと警察に届けて無いんでしょ?」
「ああ、初めは考えたんだけど、身元不明者が引き取られた後にどうなるかも分からなかったし、またここに戻ってこれるのかも、どの位の時間が掛かるのかも分からなかったからな。もしどこかの施設に引き取られている間に元の時代に戻れる方法が見つかったら困ると思って。」
もし紗江が本当はこの時代の人間だったら、俺は未成年者略取や誘拐といった犯罪を犯している事になる。
優奈が一番心配しているのはそこだろう。
だから、このまま紗江が戻れないようなことが続くと判断したら、一度ちゃんと公にしなければいけないとは思っている。
そうすれば、最終的に紗江の意思でここに戻ってきたいと思ったら、また戻って来ることが出来るだろう。
「だけど今は紗江が帰る方法が分かってないんだ。もしかしたら紗江が現れた一年後、来年の三月に帰れるかも知れないと思ってて......もしそれでも帰れなかったら一度警察に届けようと思ってる。」
俺の話を聞いていた優奈は、いつの間にか家に常備していた自分のマグカップに淹れた紅茶を一口飲んでから暫く沈黙する。
その時、紗江が両手いっぱいに自分の持ち物を抱えてリビングに戻って来ると、着物や帯、簪や短刀などをテーブルの上にドサリと置いた。
「優奈さん。私が百五十六年前の世から......時代から来たという証にはならないかも知れませんが、このような物はこの時代の方はお持ちになられていないかと思いまして.....」
紗江はスッーっと短刀を鞘から抜くと、その抜き身を優奈の前に突き出した。
優奈も鮮やかに光る刀身を見て、それが偽物じゃない雰囲気を感じたようだ。
「さっ、紗江ちゃん!私はあなた達が嘘をついてるなんて思ってないよ?ただタイムスリップなんて小説や映画だけの話が実際に起こった事が信じられないだけで......」
「で、では!」
「私、紗江ちゃんは学校で何かあって不登校っていうか、行けなくなっちゃったのかなって思ってた。でもこの話が本当だとすれば、今までしっくり来なかった紗江ちゃんの言動に辻褄が合うのも事実だし......タイムスリップがどうかは置いといて、私は紗江ちゃんの事も、一応圭太の事も信じてるから。」
「あ、有難うございます!優奈さん大好きです~!」
優奈に信じて貰えたことが嬉しくて、紗江は抜き身の短刀を握り締めたまま優奈に抱き着いた。
「わっ!分かったから!紗江ちゃん、危ないからそれしまってぇ!」
優奈がタイムスリップを信じなくても、俺達の話を聞いてくれた事で十分だ。
そしていつかは警察に届ける日が来るかも知れない。
その時は、俺は未成年者誘拐の疑いで、紗江は銃刀法違反で逮捕されるだろう。
優奈と抱き合って喜ぶ紗江を見ながらそんなことを考えていた。
♢♢♢
「この祠の前でこの石を拾った途端にここに来ていた......と。」
あれから俺達は例の桜の木の下の祠の前まで来ていた。
「その時はこの石がもっと明るく光っていたんだよね?」
「そうです。青く明るく光っていました。」
優奈は例の青い石を手に取って眺めながら、さっきから紗江に質問していた。
「で、圭太はこの石が光れば紗江ちゃんが帰れると思っていて、光る条件や方法を探していると。」
「そういう事だな。何か......分かるか?」
真剣な表情で考え込む優奈を、紗江が期待した顔で見つめている。
「.....分かんない。」
紗江に石を返して、考える事を放棄したようにあっけらかんと白旗を上げる優奈を見て、紗江ががっくりしたように肩を落とした。
「これまで新月や満月、色々な気象条件を試したけど駄目だったんだ。だから後はタイミング。来年三月の桜が咲く時期、紗江が現れた丁度一年後の同じ時間かも知れないと思ってるんだ。」
タイミングの可能性は高いけど、本当はそれが一年後っていう可能性だって低いだろう。
もしかしたら十年後や百年後、ひょっとしたら千年に一度しかタイムスリップ出来ないかも知れない。
そもそも二度とタイムスリップ出来ない可能性だって......
「二人で色々試して駄目だったんでしょ?紗江ちゃんには申し訳ないけど、だったら私に分かる訳ないじゃん。」
「まあそうだよな。優奈に分かる訳ないよな。」
「何かムカつくけど、そう言う事。紗江ちゃん......力になれなくてごめんね?」
「いえ、優奈さんにまでご心配をお掛けしてこちらこそ申し訳ありません......」
真剣な優奈の表情に俺も少し期待してたけど、まあ、そんなもんだろう。
それでも、優奈の前で紗江が嘘を吐かないで済むようになったのは良い事だろう。
「暑いし、戻ろうか。」
予想通り何の収穫もないまま、家に戻ろうとした時に優奈が口を開いた。
「でもさ、紗江ちゃんがその石を拾った時ってこの祠の所に落ちてたんでしょ?だったら祠とセットにして置いていた方が良いんじゃない?」
セットか。
祠と石はAND条件だと考えていたから、セットという考えは無かった。
今までいつでも戻れるようにと紗江に持たせてたけど、結局戻れる様な事になれば、祠の前に石を持ってくることになるから、結局祠の前に置いていても同じかも知れない。
「その案。良いかもな。」
「そ、そう?......でしょ~。」
急に褒められて嬉しかったのか、優奈は照れたようにドヤ顔をした。
だけど、今までのままで何も起きないんなら、思いついたことは少しでも実行してみるべきだろう。
「紗江、その祠の穴の中に石を置いてみてくれないか?」
「こ、ここ......ですか?」
俺に言われて、紗江は石を祠の穴の部分にそっと置いた。
「......何もおきないわね。」
祠の中に置かれた石は何の変化も無く、今まで通り淡い青色を発している。
「暫くこのまま置いといてみるか。セットだったらそのうち何か起きるかも知れないし。」
「そうよね。思い付きでそんなにすぐ上手く行くわけないもんね。」
「そうですね。いづれ何か手掛かりが発見できるかも知れないですしね。」
「じゃあ、紗江ちゃん。戻って一緒にプリン作ろうよ。材料買ってきたから教えてあげる!」
「プリン!作れるのですか?さすがは優奈さんです!早く戻りましょう!」
俺と優奈は、その一言ですっかりプリンに頭を持っていかれた紗江に引っ張られながら家に戻った。
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