ニッポンウォリアー株式会社です。アニバーサリーチャンピオンシップへようこそ

せとかぜ染鞠

第1話

 100年に1度と気象庁の発表する大雪に見舞われ,南国の島が豪雪地帯の山村みたいに一変した。布団に潜り込んで16日目の朝を迎える。枕もとのペットボトルの水も尽きた。今日こそ働かなければならない。仕方なく台所のシンクまで這っていき歯を磨いた。ごみ収集の仕事が空いていればよいのだが……。

 親の遺してくれた貯金も,家や田畑を売り払って得た金も,全て使い果たした。兄や妹は私の番号だと見ると電話にすら出ない。専門家は私たちのことを“Refugees of Middle Age Women”中高年女性難民――“ROMAW”「ロマウ」と呼ぶ。

 ロマンという喫茶店に行き,オーナーに仕事がないかと聞いてみる。たった今紹介したばかりだと言う。ドアの前で擦れ違った石鹸のにおいのする若い男にもっていかれたのだ。店を出て街をさまよった。商店街の行き止まりで誰かとぶつかって尻もちをつく。愛用のジーンズが雪まじりの泥水で汚れた。最悪だ。最低の1日になった。

「最高のお祭り――やってます」眼前にチラシが突きだされる。「6周年アニバーサリーチャンピオンシップ」という文字が踊り,ジャンパーや迷彩服やベレー帽の写真が格安価格として設定された数字とともに掲載されている。そして「一攫千金,笑文で億万長者の座をつかみとれ――先着優位!」の文字も。

 ネットカフェに入り,チラシに表示されるURLのページを検索した。既に検索履歴があり,ダイレクトに誘導される。ページに入る前に警告音が鳴り「参加規約を精読の上,正規のログインをしてください」という機械的な音声が流れた。「読了

の上,全ての項目に同意・承諾する」のボタンを押し,衣類やバッグの広告頁を飛ばし,頻発する警告音を無視してキャンペーン頁をひらいた。

「ウォリアー,ウォリアー――ウォリア,ウォリア,ウォリア,ウォリア,ニッポンウォリアー!」売れっ子芸人が軽妙な節まわしを披露する画面上に国民的アイドルが登場し,大会の趣旨を落ちついた口調で説明していく。

 お笑いネタの作品をネットで競う大会だった。決められたテーマにそって数行程度の文章を書いて送ればよいという。予備戦は計10回。優秀作品6枠に選出されれば賞金100万円が貰える。予備戦を経た後に成績優秀上位6名でチャンピオンシッ

プを開催する。優勝賞金は6億円だと告げられた。

 寝ても覚めてもネタのことしか頭になかった。締め切り間際まで布団のなかで吟味,推敲を重ね,不服ながらも形としてまとめたものを投稿した。翌日速達が届いた。指定口座に100万円を振り込んだという知らせだった。銀行に行き,記帳する

と借金が消え,算高「60000」の数字が目に飛び込んだ。

 甘いものを買い揃え,頭脳に久しぶりの糖分補給をして次の勝負に備えた。ネットカフェでテーマ発表のときを待ち,発表されると同時にメモしたテーマを持ち帰り,着想,構想,考案,熟慮――創意工夫を行きつ戻りつしながら,締め切り1時間前にそれなりの作品を仕上げて送信した。翌日振り込み通知を受領し,アパートの廊下で勝ち鬨をあげた。6日後の3度目の振り込み通知を得た日の正午,スマホの契約を済ませた。テーマ把握はもちろんのこと,ライバルの作品レベルや一流芸人の持ちネタに関する情報収集,投稿先との連絡や作品投稿もあらゆることがスマホを介して可能になった。生活における時間の無駄が削減され,ネタづくりにより集中できる環境が整った。

 順調に快進撃を続けたが,マンネリズムに陥って第7,8回を落としてしまう。

気をとりなおし,9回目を乗り切り,最後の戦いで息切れしつつも最終1枠に滑り込んだ。総合成績は第6位――チャンピオンシップの出場権をついに獲得した。

 チャンピオンシップでは三つのテーマが与えられた。勝敗はネタの内容と投稿完了までの時間とで争われる。予備戦10回の経験から審査員の判定基準は内容重視の傾向にあるとつかんでいた。よって時間の速さを競うことは最初から捨て置いた。第1題と第2題では苦心したものの,第3第については満足のいく内容を十分な余

裕をもって投稿することができた。6日後に雌雄が決する運びとなっている。

 ロマンに繰り出した。羽振りのよいありさまを見せつけてやろうと思った。

「マジでヤバイんですけど――」仕事を奪った例の若い男がカウンターに座っていた。マスターがグラスを拭きながら上目遣いで見る。「何がヤバイの?」

「オネエ友達がね――失踪しちゃった」

「何――それ! ヤッバイじゃん」

「でっしょう! ヤッバイ人たちに拉致されたって噂なんだよね」

「どういうこと?」

「前から相談されてたの――匿ってくれないかって。けど,かかわりたくないじゃん。何でも――お笑いネタのコンテストに応募したらしいんだけどね――」

 頰張っていたショートケーキの苺がテーブルに落ちた。

「何つったかな……ニッポンウォリアーとかいう会社が主催のコンテスト?」

「ああ……あのヤバイ会社。政府公認の傭兵組織だろ。そりゃ,ヤバイよ。駄目だな」

「やっぱ駄目かな? 賞金に目が眩んで応募したんだけどぉ,参加規約がまたヤバイのよ。予備戦と本戦とがあってぇ,その内何回か賞金が出るの。その賞金を1回でも貰った場合は最後までレースをおりられないって条件があんの」

「勝手におりちゃったら? どうなんの?」

「規約違反よ――もらった賞金の10倍返しを迫られるんだって」

「そりゃ,ひどいな。払えない奴だって当然いるだろ」

「そうよ――そういう場合は強制労働だって。紛争地に日本部隊として派遣されたり,国際平和貢献の一環で休戦地の地雷処理を命じられたりすんのよ」

「言うこと聞かなきゃ,どうなんの?」

「それがオネエ友達の例よ――」

「つまり?――」

「拉致されて?」顔を寄せあい,2人でわっと声をあげる。拉致されてどうなった

というのだ――

「あんなコンテストに応募する人の気が知れないわ。お金に困った人って何でもしちゃうのね。サラ金に脅されて応募した人もいるってよ――ああ,恐い,恐い!」

「でも!――」私は男に詰め寄った。「頑張って最後までレースに参加した人は大丈夫なんでしょ! たとえ優勝しなくても――最後までレースに参加したら――」

「え……」男が身を引いて答えた。「本戦で優勝できなかった場合は貰った賞金の100倍返しって書いてあったけど……ホームページに………」

「最近,芸人の何とかっていう奴が自殺したろ? 借金塗れになっちまって――あ

れもニッポンウォリアー絡みだって聞いたぜ」

「彼も一昨年の本戦で優勝できずにそうなったのよ! かわいそうに――借金のかたに自分の体を差し出したんだから!」

「何だい,そりゃ――」

「あの会社はね,戦争で勝つための人造人間をつくってるのよ! 全身にAIを組み込むらしいわ! 脳だけじゃなくって体じゅうのあちこちに!」

「サイボーグかい!」

「サイボーグって! マスター,古いわ。AI戦士っていうらしいけど。そのAI戦士

になる条件で彼は借金をちゃらにしてもらったの。だけど想像してみて――体じゅ

うが脳なのよ。方々の脳が身勝手に自己主張して統制がまるでとれない。とうとう本当の脳が爆発してしまって――」

「ビルから飛び降りた」

「そう,発狂したのよ」

「ま――何はともあれ,額に汗して働くってのが一番安全ってことだな」

「ですよねぇ。マスターいいこと言うね――お仕事また紹介してちょ!」

 スマホにメールが入った。

  6日後が待ち遠しくてなりません。必ず授賞式に出席してくださいね。お困りの

  点等ございましたらアニバーサリーチャンピオンシップ開催委員会まで。24時

  間態勢で貴方を見守っています。(ニッポンウォリアー株式会社)

                                    (終)

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