十一の話

 口が悪く、喧嘩っぱやい。

 しかも、喧嘩が強い。

 未明びめいが挑発し飯屋の前で始まった喧嘩は、未明の圧倒的な強さで片づいてしまった。

「あんたのにいちゃん、つええな。武術じゃなくて我流だな」

 見知らぬ男に話しかけられても、あまりの衝撃に李花は返事ができなかった。

 よし俺も、と、別の男が未明の背後から奇襲をかける。しかし、野次馬が沸いてしまい、それに気づいた未明が振り返る。男はこぶしを未明の腹に打ち込んだ。

 李花は息をのんだ。見ていられない。だが、止める勇気もない。

 いてえ、と男はうめき、拳を引っ込める。

「にいちゃん、見かけによらず腹がかてえよ! 絶対、腹筋あるだろ!」

 未明も腹を抱え、数歩よろける。

「腹はやめてくれ、腹は! 昼飯を戻したらどうしてくれるんだ!」

 はだけた衿からのぞく白い肌を目の当たりにして、李花は目をそむけてしまった。

 にいちゃん胸筋もあるじゃねえか、と野次が飛ぶ。

 口論から生じたはもうどこにもなく、ただの手合わせのようになっている。

「次、頼む」

 次の挑戦者が前に出てきた。冷たい声の主だが、威勢よく上半身裸になり、にかっと笑う。男の腹に、蜥蜴とかげ刺青いれずみがある。

 未明の表情が、一瞬だけ凍った。衿から腕を出し、半裸になった。女顔で柔らかな雰囲気と裏腹に、体は細く締まり、医学に疎い李花でも胸筋と腹筋がたくましいことがわかった。しかし、男の体を見慣れない李花は直視できず、手で顔をおおってしまった。

「嬢ちゃんよお、にいちゃんを許してやってくれ。にいちゃんはきっと、がきの頃に遊び足りなかったんだよ」

 見知らぬ男に哀れみを帯びて言われ、李花は顔を手でおおったまま頷いた。

 相撲の要領で始まった手合わせは、未明の圧勝だった。

 未明は男に手を差し伸べ、男は応じ、熱い握手を交わす。

 未明が何かを訊ねるが、沸き起こる拍手に掻き消され、誰の耳にも入らなかった。

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