桜花は一片の約束

紺藤 香純

一の話

 着物のそでの中で握りしめようとした手は、かじかんで力が入らなかった。

 春がすぐそこまで来ているとはいえ、夜は冬とたがわずに冷え込む。

 この旅籠屋はたごや安普請やすぶしんだったためか、あちこちから隙間風が吹き込んでいるのだ。

 廊下は特に寒い。しかし、いつまでもふすまの前で正座しているわけにもいかない。

 染みだらけの襖の向こうには、お客様がお待ちなのだ。

 不安と寒さで震える手を伸ばし、襖を開けた。

 この飯盛女めしもりおんなの名は、李花りか。歳は、十二。

 さきの月に初潮を迎えたばかりであり、今宵、初めて客をとる。

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