第20話 どこの部活に入る?
その日の昼休みのこと。
「そういえばさ。部活ってどこにするか決めた?」
入学式の日に友人になった、朝川秀樹(あさかわひでき)の一言。
入学式の日以来、俺とゆかり、秀樹、富山はなんとなく4人でつるんで昼食をとるようになっていた。
「いや、まだだな。お前は?」
「僕は卓球部に入ろうかと思ってる……って意外かな?」
「少しは」
正直なところ、体格を見たところ、細身でなよっとしていて、あまり運動向きには見えないなと思っていたけど、案外、外見ではわからないのかもしれない。
遠慮しつつそう答えたのだが。
「やっぱりそう思うよね」
秀樹は大きなため息をついたのだった。よく言われるのだろうか。
「こう見えてもね、秀樹は中学の頃、全国の卓球大会で10位だったのよ」
横から富山の補足。
「へえ。そりゃ凄いな!」
中学生の卓球人口が何人か知らないが、全国で10位となると相当な腕だろう。
「でも、ここって卓球で有名なわけじゃないよね」
ゆかりがツッコむ。
「確かにな」
そのくらいの腕があるなら、卓球の強豪校に進学しても良さそうなものだ。
「ほんと運が良かっただけだから。卓球でトップを狙える程の腕じゃないし」
「またまたー。中学の頃、いつも熱心に練習していたくせに」
肘でぐいぐいと秀樹を押す富山。
「そういやさ。秀樹たちって昔からの付き合いなのか?」
「そうそう。聞いてるとそんな感じ」
ゆかりも同意する。少なくとも、同じ中学出身だろうけど。
「同じ小…いや、中学だったからね。なんとなく仲良くなってね」
「そうそう。それ以来の腐れ縁ってわけ」
腐れ縁といいつつ、富山もまんざらではなさそうな顔だ。
「そういえば、ゆかりは?」
中学校の時は、特に部活に所属していなかったと思う。
「私は、飼育部に入ろうかな」
「ゆかりは、小学校の頃飼育係だったよな」
そんなことを思い出す。あのときに居たのもウサギ小屋の前だった。
「あんまり関係ないけどね。生物の本を読んでたら、面白そうだなって思って」
笑って、そう付け足すゆかり。
天文の話を聞いたときもだけど、色々な本を読んでいるんだな。
しかし、飼育部か。
「俺も、行ってみるかな。飼育部」
まだまだ俺たちは付き合い始めたばかり。そして、小学校の頃ずっと一緒だったけど、中学の3年間、ゆかりがどんな思いをして過ごして来たのかまだ知らない。
ゆかりが興味を持っていることに一緒に取り組めば、何かわかるかも。そんなことを思ったのだった。
「彼女と一緒に居たいからって部活まで同じなんて。焼けるね」
そう言ってからかってくる富山。半分くらいは本当なだけに、言い返せない。
「それはともかくだ」
話を強制的に打ち切る。
「富山は?もう決めてそうだけど」
余裕そうな表情から、そう踏んだのだが。
「実は、バスケ部に入るつもりなんだ」
「なるほど。揃って運動部か」
富山の身体を眺めてみる。筋肉質、という感じではないけど、余分な肉がついていなくて、運動が得意と言われてもうなずけるくらいだ。
帰り道。二人で手をつないで歩く。
「みっくんが飼育部って言ったのって、私のため?他にやりたいことがあるなら……」
ためらいがちにそう聞いてくる。どうも、俺がゆかりに遠慮をしているのではと思っているらしい。
「そうじゃなくてさ。俺は、やりたいことも特にないから。一緒の部活をやってみたら、何かわかるんじゃないかって」
口にして、少し恥ずかしくなってくる。
「わかる?」
意味がわからないのだろう。純粋に疑問という感じで問いかけてくる。
「その。中学校の頃のゆかりの事ってさ。結局ライン越しでしか知らないんだなって思ってたんだよ。で、一緒の部活に入れば、少しはわかるんじゃないかって」
自分で言ってて、顔が熱くなってくる。なんて恥ずかしいことを言っているんだろう。顔が赤くなっていないだろうか。
「そっか。ありがとね」
返ってきたのは、そんな短い一言。横目でちらりと顔を見ると、嬉しそうな顔をしている。恥ずかしかったけど、どうやらすべらずに済んだらしい。
「とりあえず。俺は飼育のこととかよくわからないからさ。その辺はよろしく頼む」
「私も本で読んだ知識しかないけどね」
ゆかりは苦笑いをしつつ、そう返してくる。
「そういえばさ。飼育部って何飼うんだっけ?」
なんとなく、小学校の頃の飼育係のイメージで、ウサギとか鶏とかを飼う印象だったけど。肝心かなめの何を飼うかというところを知らなかった。
「うちだと、熱帯魚や昆虫、カエルに亀。あとはウサギと……」
「何でもありって感じだな」
ウサギだけ少し異質だけど。
「部室のスペースがあれば、何でもOKなんだって」
「へー。じゃあ、新しい生き物でも?」
「そこはわからないけど。でも、挑戦してみてもいいかも」
朗らかに答えるゆかり。
「なんか、ちょっと変わった?」
「何が?」
「再会してからそんなに経ってないけどさ。挑戦するって言葉が少し意外でさ」
思い出話ばかりしていたから、意外に思えるだけかもしれないけど。
「……それは、みっくんのおかげだよ」
少し小さな声で、しかし、はっきりと言う。
「俺の?」
俺が何かしただろうか。
「うん。安心、っていうのかな。みっくんがずっと一緒に居てくれるんだって思えたから。だから、色々やってみてもいいのかなって」
安心、か。確かに、何か新しいことに挑戦してみようって思える時は、そういう気持ちのことが多かった気もする。
「俺も、色々挑戦してみようかな」
部活のことだけじゃなく、ゆかりとの仲も。心の中でそうつぶやく。
「一緒に頑張ろうね」
俺の心の内を知ってか知らずか。ゆかりはそんな返事をよこす。
(安心、か)
俺がここに戻ってきたのは、また会いたいというその一心だったけど。そんな風に思ってくれていたとは。
そんな事を考えながら、夕暮れの中を帰宅したのだった。
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