インフェルノ
「……」
「……」
「え」
「お?」
「ま?」
「う。うお」
「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」
やば そんなことある? 草 また来たよwww これは祭 ニコニコ始まったな おいプレミアじゃないから弾かれたんだが? ←がっ
マジかよ 喧嘩凸キターーーー 馬鹿すぎwww ギリースペシャルライブってマ? この人有名な人なん? 草 きたぁあああああああああああ ←がっ
セトリ狂ってんなぁおい 運営攻めたなー やばいやばい トレンド4位!
888888 Vtuberってこんなことすんの? 見たことないわこのvs形式ぬるぽ 何すんの? 今北産業 ←がっ スパチャできないんだけど
● あなんきーん
やっべー
● Benbebenbeben
アイギスレオに喧嘩しかけたぞこの新人
● ワザップ先輩
運営を詐欺罪と器物損壊罪で訴えます! 理由はもちろん、お分かりですね!
● アイギス・レオを応援する会
おばか!
● 阿部総理――――――――――――――
非常に遺憾の珍を申し脱ぎます。
〔 240円〕
―――――――――――――――――――――
● エースの妹です。この度は兄が大変申し
いいぞもっとやれ
荒れた。
荒れに荒れた。
ネットだけは、狂いに狂い始めた。
しかし、会場の中にいる人間だけは、喜びの雄たけびを上げていた。
「……勝負、だって?」
ギリーの困惑した声が響く。
「なんだよ、一緒に歌でも歌おうってか?」
「……」
白銀くじらが何を考えているのか分からない。
セットリストは四曲。
それが終われば、全員集合してあいさつ。それで終わり。
それだけの仕事だったはずなのに。
ギターが鳴る。
チューニングを終えた神宮司が目で演奏者に合図をする。
奇しくも、不動瀬都那が組んでいたバンドと同じメンバーで曲を演る。
不動はいらいらしながら、仕事と割り切ってマイクを構えた。
「――、なめんなよ」
元インディーズバンドの歌手としてのプライドが、白銀くじらの言動のせいで逆なでされていく。
凡その考えは理解できる。
間違いなく、同じ歌を歌って勝負するつもりだろう。
勝てると思ったのか。
だとしたら、甘すぎる。
「――これでもこちとら、アイギス・レオの【歌担当】だぞ」
殺意を込めて、白銀くじらをにらみつける。
当の本人は……切なそうで、悲しそうな顔をしていた。
「一緒の曲は、歌いません。同じ土俵に立っても、負けるだけですから・・・ だから」
「?」
ドラムが鳴る。
音楽の開幕を告げる。
南森の脳裏に浮かぶのは、かつて繭崎が与えた作戦のこと。
これが正しいかは分からない。
だが、今の自分にはこれしかない。
実力がないなら、アイデアしかないのだ。
音楽が始まる。生演奏だ。
狂気に満ちた笑顔で魚里が叫んだ。
「全員、かかってこい!」
白銀くじらは優しい目でマイクを握った。
「私は、大好きなことをしたい。やりたいことを、偽らず。ほんとの自分で。だから、あなたの大好きを――」
アイギス・レオ ギリー
一曲目
『Neru feat 鏡音レン』より、『ロストワンの号哭』
「号哭(ごうこく)」とは、大声をあげて泣き叫ぶことだ。
バンドアレンジされたその曲は、ギリーにとってぴったりの曲だ。
その号哭は止まらない。
止まらない、……。
はず、だった。
「――、えっ」
驚いたのは、不動一人。
笑ったのは、魚里一人。
「悪いね。歌担当の人」
その指は、パッドに当てられている。
「勝ちに行くかんね」
別の曲が、流れ始めた。
「ばっ、おい、放送事故じゃ!」
「大丈夫です」
白銀くじらも、マイクを握っていた。
「いつも通り歌ってください」
そして。
「お先、失礼します」
白銀くじらが、歌い始めた。
「なんでござるかこれ」
茫然としたのは、観客と。
動画の向こうの人間たち。
サーシャが驚く。
「どういうこと?!」
大野が指さす。
「これ、まさか!?」
――すぐさま、今何が起きているのかを言語化できたのは、一人だけだった。
ライブハウスに初めて来て、いつの間にやら押されに押されてど真ん中でフードを被ったまま目を回していた少女が。
いの一番に、客を手で退かせて、白銀くじらに魅入った。
そう、君島 寝だけが気づいたのだ。
白銀くじらの戦略に。
「――、ウソ、コレ」
Vtuberネルとして、またはインターネットを愛するものとしての知識が。
答えを瞬時に出させた。
「……マッシュアップ!」
故に、セットリストは訂正。
一曲目。
【ロストワンの号哭】から。
追加楽曲、【裏表ラバーズ(wowaka(現実逃避P)】。
特別ステージによる、素敵なステージの始まり。
【ロストワンの号哭(Neru) /裏表ラバーズ(wowaka)】
同時に、曲は進行する。
マッシュアップ。
それは、音楽において複数の曲を重ねて再生し一つの楽曲に仕立てる制作手法(e-wordより引用)
つまり、ギリーがロストワンの号哭を歌うと同時に。
白銀くじらは、裏表ラバーズを歌うのだ。
「マッシュアップだぁああああああああああ!!!!」
「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」
「馬鹿だあの子! 生演奏の、しかも初ライブでマッシュアップかましたぞ!!!!」
「すげぇ、すげぇこんなの初めて見たぞ!?」
「俺この動画見たことあるぞ!! かっけぇえええええ」
「あのDJが、裏表ラバーズの音弄ってんだ!」
「何考えてんだ運営! 最高かよぉ!!!」
(馬鹿じゃねぇの!?!?)
ギリーは、きちんと歌っていたのだ。
間違いなく、練習通り、いつものポテンシャルを発揮して。
なのに、なぜ。
何故、目の前の少女は、経験が少ないはずなのに戦えているのだ?
そもそも、ギリーを相手に、マッシュアップで挑む人がどれほどいるだろうか。
vtuber好きには、ボカロ好きが多く存在する。
ボカロ好きなら知っていたのだ。
マッシュアップもまた、ネットで好まれていた文化であると。
そう、白銀くじらは歌唱力で戦うことはしなかった。
だが。
かつて愛されていた文化を出すことで、昔のインターネットを愛していた人を虜にしただけだ。
そして、Vtuberは基本仲良しを売りにする。
Vtuber同士で本気でぶつかる企画は、ほとんどないだろう。
なにせ、元々の知り合いがバトルして熱い展開を楽しむものが大半だから。
繋がりのないもの同士の戦いは、めったに存在しない。
だから、盛り上がる。
誰も見たことのない光景を、真正面から全力でぶつける。
それが繭崎の取った策であり、南森が全力で応えたのだ。
――そして、このアイデアの一番の強みは。
「私が好き勝手できるってことっしょ!!」
魚里が、自由に動ける。
音楽に飢えた凶暴な熊が、音を荒らしにいく。
「はっはっは! あっはっはっは!! もう誰も私を止めるやつなんていな――」
「――舐めんなよガキぃ!!!!」
ギター一閃。弦が鋭い刃のように唸る。
「好き勝手させねぇぞ」
「待ってましたぁ! そろそろプロを喰いたいと思ってたとこだったんだよねぇ!!!」
熊が、刃に挑む。
魚里と神宮司が戦いを繰り広げる中、ギリーも攻めあぐねていた。
ふざけるな、と心で叫ぶ。
だが、もう取り返しがつかない。
まるで、歌で殴り合っているような錯覚だった。
こっちのほうが声量もあるし、テクもあるはずだ。
なのに、創意工夫だけで戦おうとしてきた。
それも、観客のボルテージを底上げして。
「――白銀、くじらぁっ!」
ふつふつと、ふつふつと。
沸々と。
ギリーの歌声に怒りが混ざる。
南森は周りを見る。
みんな喜んでくれている。
楽しんでくれている。
生演奏をしているスタッフには事前に伝えていたけれど、楽しんでくれていた。
だから、と。この場で楽しんでいないのは、一人だけだった。
(ギリーさん、いや、不動さん。どうして……)
南森は、見えていた。
見えてしまっていた。
ギリーの、胸に、色が重なっているのだ。
ただの3Dの少女に、感情がこもっている。
魂が、入っているように。
その心の底で、蓋みたいな黒い塊がある。
そこから、真っ赤で熱い溶岩が、今か今かと吹き出したがっている。
(うそつき……どう見たって、全力を出したがってるじゃないですか!! 歌が嫌いだなんて……うそじゃないですか!!! どうして……不動さんっっ!!!)
(私はぁッッッ!!!!)
ギリー、いや、不動の顔が崩れていく。
歪んでいく。
(歌を、楽しんじゃいけないんだよぉッッッ!!!!!)
(なんでそうなるんですか!)
南森は不動の前で指をさした。 指は観客に向かっていた。
(あの人たちの顔を見て! あの人たちはあなたが苦痛にゆがむ歌を聞きたがってるんじゃない! あなたが笑顔で歌っているところが見たいんです! いい加減にして!! 本当は歌が、大好きなくせに!!!!!)
(私は、ぁっ)
ギリーが、白銀くじらに向けた顔は、泣き笑いの疲れ切った表情だった。
突然、不動の頭にフラッシュバックする、あの光景。
彼女は外に叩きだされていた。
「う、ぅぅ……」
体を起こす。痛い、痛みが、体中に襲い掛かる。
酔った頭が、サーっと冷めていく。
息が、ゆっくりと乱れていく。
目に映った光景は、壁にぶつかって、車がひしゃげて、エアバックに体を叩きつけられた男と。
血を流している、小さい男の子だった。
「い、いやぁああああああああ!!!?!!? まーくん! まーくん!!!」
母親らしき女性が、男の子に駆け寄った。
「ぁ、ぁぁ」
声が出ない。立てない。
体を起こした後、下半身がまるで動かない。
現実が襲い掛かる。
血の気が引いて、引いて、引いて。
「……、ご、ごめ、んなさい……ごめん、なさい……」
訳も分からず、涙がこぼれていた。
曲が終わった。
ギリーの顔が下を向いている。
「はぁ、はぁ、っ、ぁぁ、っはぁ」
荒れた息で、白銀くじらがギリーの顔を見ている。
「う、うお」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」
歓声をあがった。
「すげぇ、何だよ今の曲!」
「エモ過ぎるだろ!」
「分かんねぇけど、なんかこう、感情がもうぐちゃぐちゃだぞおい!」
「なんか、お互いに感情を出し切った感じの曲だったよな!」
「次は何やるんだ!?」
「つぎは、次は何だよ!!!」
「くじら! くじら!」
「「「ギリー!! ギリー!!」」」
(頼む……そんな期待に満ちた目で見ないでくれ・・・)
不動は目が虚ろになっていた。
(歌っちゃダメなんだよ。本当は歌っちゃダメなんだ私は。そんな人間じゃないんだよ。顔を隠して、歌に逃げてるだけなんだよ)
ポロっと、不動の目から涙が流れた。
ギリーの顔は、動かない。
(自分が加害者ではない、と言えるのは簡単だったけど、いつも事故現場を思い出す。 歌えば歌うほど、「自分だけ楽しんでる」と思い込んでしまう。 罪を犯した人間は、楽しんじゃいけない。 だから、歌えない。 もう、歌は苦痛なだけなんだよ……だから)
南森は血の気が引く。
(なんで……違う、ダメ。そんなことしたら……!)
不動はマイクを置こうとする。
(ごめん、もう、ダメだ……もう、いやなの……もう)
「ふざけんじゃねぇぞ、瀬都那ぁああああああ!!」
ギターの音が鳴り響く。
音楽が始まった。
ギタリストの声は客には聞こえない。
だが、マイクは音を拾っており、スタジオに響いた。
不動の耳に、神宮司の叫びが。
「お前、ふざけんなよ!!」
神宮司の目に、涙。
「本当はさぁ、……本当は俺だけじゃなくて、お前もメジャーにいくはずだったんだぞ瀬都那!! 俺みたいな……自己中ギタリストじゃなくてさぁ!! お前の歌が、最高にロックだったんだぞ!! なのに、なんなんだよ、お前の歌への愛情は、そんなもんだったのかよぉ!!!! 不動瀬都那ぁああ!!!」
(神宮司……)
「姐さぁん!! もう被害者の子、元気いっぱいってのは知ってんすよ!! 気にしてんの姐さんだけっすよ!!」
「そっすよ姐さん!! もう一回、歌ってくださいよ!! あの俺たちを魅了した、全力のロックを!!」
(お前ら……なんで……)
神宮司が吠える。吠え続ける。
届けと、届けと祈りを込めて吠え続ける。
「歌手なら、事故っちまったやつのために、歌で返していけよ!!! お前が本当にやりたいことを捨てちまったら、事故にあったやつも一生負い目にあうんだぞ!!! 俺のせいで、ってなぁ!! わかれよ!! ――分かってくれよぉおおお!!!」
(――――お前ら)
「ふざけんなや……好き勝手、言いやがってよぉおおおおおおおお!!!!」
ギリーの感情が、噴いた。
(!? 不動さんの感情が……)
ギリーの髪は青いロングヘヤ―なのに、火山が噴火したように、溶岩みたいにどろどろとした真っ赤な色が、真っ黒な色と一緒に流れ出す。
(被害者の気持ちを、お前が生意気に代弁するんじゃなねぇよ!!!!)
2曲目
【ココロ(トラボルタ)】
プラス。
【ココロ・キセキ(ジュンP)】
のマッシュアップ。
ギリーが歌う。テクニックもズタボロで、音程も崩れかけている。
だが、南森が目を開く。
(うそ、・・・不動さんの心の色が・・・変わってく)
ギリーの歌声は、それでも良くなる。
まるで、苛立ちを無理やり歌にしたよう。
でも、良くなる。
穴がぽっかり空いたような歌に、怒りが満ち溢れたからだ。
そして、ギリーの良くなる歌に、白銀くじらが押されていく。
「そうだ、その歌だ……それこそが、瀬都那の歌だ!」
神宮司が笑った。
「やれやれ……世話焼かせやがって」
「これで、一件落着ってか……」
南森は歌っていて気付いた。
おかしい。
何かがおかしい。
「こんのぉ! そっちでのろけんなし!」
「うるせぇえ!! テメェは黙ってな!! そうだ瀬都那、もっとだ、もっと!」
再び魚里と神宮司が戦い始める。
おかしい。
おかしいのだ。
「すげぇ、このライブ伝説になるぜ!!!」
「インターネット老人会始まったなおい!!」
「これは、もう」
「「「ギリー最高のパフォーマンスじゃんか!!!」」」
(――――なんで)
南森は、気付いた。
気付いてしまった。
バンドメンバーは、もはや今南森の味方をしていない。
全ては、ギリーが、不動が復活するために演奏していた。
なのに。
(なんで、なんで不動さんの心が、より悪くなってるの!!?)
溶岩が冷えると、真っ黒な塊になっていく。
今は、ただ怒りに任せて叫んでいるだけ。
歌が好きな人の歌ではないのだ。
ただ怒りのままに……。
苛立ちを、ぶつけているだけなのだ。
「不動さ―――」
届かない。
声が、届かない。
声量はすさまじい、激しくぶつけるような怒り。
呑まれる。歌に、呑まれる。
溺れる。
感情に、溺れる――。
「きゃっ―――――」
溶岩が、画面から飛び出して、南森を巻き込んだ。
「ぜぇっ、ぜえっ、っぉえっ、ぜぇ、ぜぇ」
二曲目が終わる。
吐きそうになるほどの感情が、目に入ってきた。
あの溶岩は、自分を溶かそうとせんばかりに熱があった。
呑み込まれた。
曲が、ぎりぎり終わってくれたおかげで、助かっただけだ。
あまりにもきつすぎて、膝から崩れ落ちそうになった。
会場の笑顔と、演奏者の満足そうな表情が、危機感を募らせているのにもかかわらず、もう、負けそうだった。
「……すいません、マイクちょっと白銀さんにだけ繋いでくれ」
ギリーがスタッフに指示した。
「……?」
汗をだらだらとこぼしながら、不動の声を必死にたどる。
不動の声が、南森にだけ届いた。
「わかってんだよ。歌で返せばいいって。……私さ、事故に合わせちまったガキに、毎月会いに行ってんだよ」
「……ぇ?」
南森は、なんとなく心当たりがあった。
そう、MVの撮影を見に来てほしいと連絡した時。返ってきた言葉は……。
『今日は他県に移動する用事があるからいけないけれど、生放送必ず見るよ』
(そ、っか……あの時も、そうだったんだ……)
「あの家族、療養のために引っ越したんだ。ガキの不注意ですいませんって、母親が私に頭下げんだよ……。飲酒運転をするモラルの低いドライバーにあたって不幸だったんですねって、父親が同情するんだよ……。ガキの方はさ、男の子ぶってもう大丈夫って笑顔見せてくんだよ……」
「……」
「でも、納得なんてできるかよッ! 頭縫ってるんだぞガキはッッッ!!!!」
その悲鳴は、きっと、不動瀬都那が必死にくみ取っていた事実を受け止めきれない叫びだったのかもしれない。
「毎月、慰謝料もって手紙書いてさ。でも自分で自分が許せねぇんだよ。……もう、憧れに向かって走るなんて優しい世界、私にはないんだよ」
「はぁ……はぁ、ごふっ……げほっ、げほっ、そ、それは、ちが、……ちが、いますっ」
「!?」
「だ、って、……Vtuberは、バーチャルは……、やさしいせかいだから……」
「……なんだよ、それ」
「すきな、ことが、できるんです……。すきな、性別。好きな、姿。初心者でも、活動したら受け入れてくれて……みんな、応援してくれて……気持ちがあれば、どんな人でも受け入れてくれる……っ。もう、今は見ないかもしれないけれど……私の好きなVtuberの世界は、優しい世界なんです……」
「……でも、私は」
「うた、すきなの、わかってるんですからね……っ! だから……、これ以上……っ」
白銀くじらは、足を震わせながら、前を向く。
「これ以上、自分を傷つけないで……っ」
「なんで、そこまでっ」
「っ!」
白銀くじらが、会場に向かって叫んだ。
「これが、私とギリーさんの、最後の戦いです!! 最後まで、盛り上がってってください!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
【三曲目 シャルル(バルーン)】
繭崎の目論見はこうだった。
1、2曲目でマッシュアップを行えば、3回目はくどい。
だから、3曲目は普通に、まっとうに勝負を仕掛けると。
1、2曲目で客の心を奪えられれば、戦えると。
だが。
「まずい、このままじゃ食われて終わるぞ。南森」
繭崎の不安も空しく。
「悪いが、マッシュアップが終わった時点で、こっちの勝ちなんだよ!」
「きゃっ!?」
ギターの音が、遂に魚里の音楽を仕留めた。
今この場を制しているのは、ギターだった。
「そうだ、この調子でいけば、瀬都那はまた、歌手としてっ!」
神宮司の演奏は、会場の人間を魅了した。
だが、どうしても不動の心は揺らせなかった。
南森はマイクを握る。
神宮司の演奏はすさまじく、魚里も敗北して彼の演奏に呑まれていく。
そのたびに、不動の歌は良く聞こえる。
神宮司が不動の歌を引き上げているようだった。
だが、彼女の心は凍っていく。
これではさっきの再現だ。
南森は歌う、だが呑まれる。
まるで津波みたいに真っ黒な感情の波の間に、一人だけ取り残されたみたいだった。
生演奏の主演はギリーだった。さしずめ、南森はエキストラだ。
(分からない、どうしたら、どうしたら……)
何度も不動の感情が襲い掛かる。
自責の念が、噴火する。
溶岩は確実に、自身を焼いているのだ。
自分の体を燃やしながら、地獄に落ちそうな勢いで自分を責め立てている。
(一瞬でいい、一瞬でいいから、あの感情をどかさないと……、何もかも忘れて、歌に没頭できる瞬間が、そんな瞬間がないと……ッッッ!)
現実は、無常だ。
「すげぇ、やっぱギリーすげぇや!」
「やっぱりギリーの歌声が響くぜ!」
「ギリー、最高過ぎんだろ!」
観客はみんな、ギリーに呑まれた。
実力は、明らかにギリーが上なのだから。
南森の、白銀くじらの実力では、ここまでだった。
ここまでしか、いけなかった。
(――なんでも、いいです。なんでもいいから、何か、何かっ!)
何でもいいと願って、考える。
(自分が、不動さんに勝っているものは何!? 歌唱力、じゃない。人気、もない! 何か、何かっ!)
一番の、サビに入った。
全員が、ギリーを見た。
瞬間、本当に、たった一つ。
本当に、奇跡のような瞬間。
白銀くじらには見えなかった。
南森一凛だけが、見えた。
振り返った、たった一瞬の出来事だった。
スタジオの端で、聞こえた。
見えた。
歌が。
歌が見えた。
「あっ」
思わず声を出して、バレてしまったことを恥ずかしがるVtuberの中の人がいた。
顔を真っ赤にして、やっちゃったと舌を出していた。
周りにも、先ほど応援しあった共演者がいた。
――セットリストは、四曲。
そして、それが終わったら、全員であいさつして終わり。
だから、Vtuberの中の人たちは。
全員スタジオの近くにいて。
全員モーションキャプチャスーツに再度着替えなおしていた。
「――――」
(私、何のために歌ってたんだっけ)
(不動さんを、助けたくて)
(――――それ、だけ?)
モニターを見た。
先ほど、祈っていたサーシャは、もっと深く祈っていた。
盛り上がっていない。
いや、心配で仕方ないのだ。
南森のことが。
思い出す。
南森と、サーシャの出会いを。
「あなた、どんなVtuberになりたいの?」
「……えと、その、なりたくて……とりあえずやってみようかなって……」
「大事よ、そういう気持ち。でもね、私に依頼するってことは、私にも仕事の責任が来るの。あなたの仕事っぷりで、私の評価も変わっちゃうかも」
「は、はい……」
「ダメ。それじゃあ、絶対他のコンテンツに負けるわよ!! やるからには、私が納得するものを出してほしい! だから、活動方針をしっかり決めましょう。そうすれば、自然とあなたに合ったキャラクターデザインも描き下ろせるから」
(――――他のコンテンツに、負ける。だから)
(活動方針を、しっかり決める)
南森は、悩む。歌いながら悩む。
サビが終わる。二番に移る。
何も変わらないまま、二番に行く。
(私の、活動方針は……)
(私の、なりたいVtuberはっ……!)
「やろう」
そう言ってくれたのは、繭崎だった。
「貴方ね、即断即決はいいことだけど、冷静に考えなさい。「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」っていうのはね、年季と信頼があって実力のある人がやることであって……」
「そうだな。だけど、やろう」
「い、良いんですか?」
「ま、なんとかなるだろ」
(私が本当に、なりたいVtuberはッッッ!!!!!)
いつの間にか、手を握っていた。
「――、ふえっ」
舌を出して、照れていたVtuber、@irisの手を、掴んで。
「――――来てッッッ!!!!!」
南森は叫んだ。
「みんなでっっっ!!!!!」
南森は指をさした。
白銀くじらも指をさした。
南森は、Vtuberの中の人を。
白銀くじらは、会場にいる全員を。
最後の、白銀くじらの根性だった。
「一緒にぃっ! 歌おおおおおおおっっっ!!!!!!」
南森は、満面の笑みだった。
「なっ!?」
ギリーが動揺した。神宮司も、サポート演奏者も、魚里も。
佐藤も、繭崎も、サーシャも。
大野も、君島も。
「みんなで一緒に、歌いましょう!!!」
来場客も、動画の視聴者も。
全員が、度肝を抜かれた。
突然スクリーンに映った@iris、流れに乗じて、一緒に来た他のVtuberたち。
全員が、熱唱した。
(どうして私、不動さんと一人だけでぶつかろうとしたんだろう。歌を歌う楽しさは、ぶつかるだけじゃない、みんなと、一緒にぃっ!!)
そして、野太い観客の声が響いた。
会場の客全員が、歌ったのだ。
「な、なんだよこれ」
「うそ、なにこれ」
不動も魚里も動揺する。
「そうか、南森はこれがやりたかったのか」
繭崎は納得する。
繭崎はvtuberに詳しくなかったが、遂に理解した。
「これが南森の目指していた空間だったんだ」
「なにそれ、いいな。私も」
「私もやりたい」
「もっと歌いたい」
映像のキャラクターが増える、増える、増える。
もう出番が終わった人たちも 全員来た。
ギリーの目が泳ぐほどだ。
どの子も素人だったから、南森の歌もかすみ、ギリーの芯の通った歌が目立った。
「なんで、・・・私を、白銀くじらが歌で倒すんじゃ・・・」
不動の頭は、真っ白になった。
その真っ白が、最後のチャンスだった。
「違います。私は歌で人を倒すんじゃない。みんなと一緒に、盛り上がりたいだけです! 大好きだから!! 不動さんも、Vtuberも、大好きだから――――っ」
歌が、一気に流れ込む。いろんな色があった。
歌には、いろんな色があったのだ。
七色に光るように、誰もが楽しく、歌を――。
神宮司が呟く。
「はは、嘘だろ。プロになったんだぜ、まがいなりにも。あんな、女の子に完全に食われちまった」
白銀くじらにマイクを、みんなで回して、歌う。Vtuberたちが歌う。
キラキラと輝いていて、夢を追いかけて、全力で笑う少女の周りに、人が集まる。
ボロボロと、涙をこぼした女性がいた。
「すごい、私の……私たちが作った子が……こんな、こんなに、輝いて……」
サーシャは、その場でしゃがみ込んで、人目に憚らず泣いた。
「ありがとう、……ありがとう……」
隣にいた大野がサーシャを周りから守る。
だが、内心は同じように泣きたかった。
感動が、止まらなかった。
「すごい、すごいなぁ。……、俺も……俺もっ」
大野は、気付いたら叫んでいた。
舞台袖で、繭崎が微笑む。
「はは。そうか。あの子の才能は、他人を巻き込める才能だったんだ」
頭を壁に寄り添わせた。
「気付かなかったなぁ」
ギリーが牙をむく。
「ふっざけんなっ! そんな歌で!!」
くじらは微笑む。
「ロックが、やっとわかりました」
「えっ」
ギリーが驚く。
南森は、泣きそうな顔で、歌い続ける。
「やっと、穴が消えたっ……黒い感情が、消えたっ」
「な、なにを」
不動は、そこで気付いた。
胸に、今痛みがなかった。
「だってそんな必死で歌って。心は真っ白で、歌のことだけ考えてる」
南森は、真剣な表情で、不動の心を、ギリーを通して見とおす。
「私は不動さんの歌が好きです、そこにいるバンドの人たちも、みんな不動さんの歌が好きです。みんな不動さんの味方です。だから、その歌を否定させません!」
白銀くじらが、ギリーの近くに寄った。
周りもつられて、ギリーに寄った。
マイクの音が、はち切れんばかりに不動の鼓膜を貫いた。
ギリーは、あまりの人数が駆け寄ってきて、かつ自分の歌をかき消さんばかりの大声の数々に動揺して、必死にかじ取りをしていた。
「そんな、くそ、なんだよこれ」
「大丈夫、嫌でも、無理やり引っ張っちゃいます。 自分の大好きを偽らせませんからっ!!」
「お、おい!?」
歌う、歌う。 全員が歌う。
歌えば歌うほど、ギリーの歌が目立つ。
良くなる。
「だからっ――――」
南森の声を聴いた瞬間。
不動は不思議な白昼夢を見た。
まるで、南森がたった今後ろにいて、背中をぐいっと押すような錯覚があった。
そして、引っ張られて、どんどん高いところまで連れてこられて……。
気が付けば、曲は終わっていた。
茫然とする不動は、白銀くじらの顔を見た。
「だから、歌が大好きな不動さんを、否定しないで……」
南森が泣きそうになる。 声は震えて、がたがただ。
不動は、もう南森しか見えていなかった。
「お前、なんで・・・。私のことばっか」
「だって、不動さんの歌に、私一回助けられてるから……」
思い出されるのは、彼女がステージに立って歌った、半年前の出来事。
あの日から、ずっと、不動との思い出があった。
その思い出は、不動がどう思っているかは分からなくても、南森にとっては、本当に大切な出来事で、大切な思い出だったのだ。
「だから、私が好きな不動さんを、不動さんが否定しないで……」
南森はぼろぼろと泣き出してしまった。
それは、子どもじみた理由だったのかもしれない。
大好きな人が、大好きな姿を否定したことが、南森にとって嫌なだけだったのかもしれない。
本当に不動の気持ちに寄り添って、彼女を何とかしたかっただけなのかもしれない。
……それは、南森本人にもわからないことだった。
でも、それももう終わりだ。
もう、白銀くじらの出番はない。
彼女に出来ることは、もう、何もないのだ。
「――――、すまんみんな」
だから。
ギリーのセリフは、誰にも理解できるものではない。
「一分寄越せ!」
不動は走った。
スタジオを飛び出して、廊下を走った。
モーションキャプチャスーツを着たまま、ただ走っていた。
髪が汗で額にくっつく。
関係ない。
いきなり走って呼吸が乱れて歌えなくなるかもしれない。
そんなことはどうでもいい。
ただ、走った。
走って、走って。
扉を開けた。
「――、ぇ」
南森が、そこにいた。
スタジオを、ダッシュして、移動した。
不動は、ズカズカと入り込んで、南森の前に立った。
「ぁ、ふ、不動、さん……」
泣いていた。
南森は、声を出すわけでもなく、ただ目からぽろぽろと涙を落としていた。
不動は、それをじっと見て、指で彼女の涙をぬぐった。
「……。はぁ、馬鹿だよなぁ、私。前にも、言ったもんな。女の子を泣かすなんて、ロックじゃねぇって……」
マイクだけ音を入れて、不動は叫んだ。
「―――Ohhhhhhhhhhh ! Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhh !!!!!」
そのシャウトは、池袋会場の外にも響いて。
動画で見ていた人は、思わずヘッドホンを外して。
会場にいた人は、その声に吹き飛ばされそうになるほどだった。
その魂の咆哮は、全員が静まった。
「――、なぁ、次って新曲歌うはずなんだけどさ。一個やりたいのあるんだけど、ノる?」
不動が神宮司に話しかける。
「……お、おう」
「そ、じゃあ覚えてるか? 私たちが、プロデビューするときに引っ提げていく予定だった、あの曲。やるぞ」
スタッフは怒声をかけながら、ギリーのアバターの準備をする。
「南森ちゃん」
不動が、南森を抱きしめた。
「そう簡単に、トラウマって治んないんだけどさ。……今なら一回だけ、全力で歌える気がするんだ。だから、聴いてくれないかい?」
「っ! ……ぁぃ……はぃ……」
「ありがとう、こんな、馬鹿な女の背中押そうとしてくれて」
「ばかじゃ、ないです……っずびっ……ぐすっ、ふどうさんは、ぁ、わたしのっ、だいっ、すき、なぁっ……」
「……聴いてくれ。新曲、【インフェルノ】」
不動が、歌った。
その歌声は、聴いたことがあった。
そう、あの日、あの時のライブで。
彼女を救った時と同じ歌い方。
歌に対する愛でいっぱいだった歌い方。
「ロックでいくぜ」
ギリーが、歌った。
会場は、理解が出来なかった。
今までの荒々しさがありつつ、突然、その歌に力が湧いてくるような感覚。
報われない、公開されなかった新曲のタイトルは「インフェルノ」。
彼女の心を表すように、熱く、苦しみから逃れようと藻掻いていた心情を歌い上げ、誰よりも、ロックへのリスペクトを込めた歌だった。
裏手で、音響を手伝っていた店長が涙ぐんだ。
「んだよ、心配かけやがって。いつもの歌が好きで好きでたまらねぇって感じの、ロックなやつじゃねぇか」
時間は完全にオーバーしている。
だが、誰もが終わりたくないと思うほど、ギリーの歌は美しく、激しく、気持ちがよかった。
その歌を、取り戻したのは、きっと――。
『お疲れ様でしたぁあああああああああ!!!!!』
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」」
新人Vtuber歌合戦が終わった。
動画のコメントでは、それぞれの感想を言い合っていた。
「やっぱギリー最高だったよ」
「それ。4曲目からの5曲目マジで熱かったわ」
「ギリー最高過ぎだって」
「でも俺さ、白銀くじらって子、すごく良かったと思うんだ」
「わかる、結構よかったよな」
「動画あとでみんなで見に行こうぜ」
「チャンネル名わかる?」
「白銀くじらで出るだろ?」
「あの子、すごかったよな」
全演目が終了して、南森は淡々と着替えて、繭崎のもとに向かった。
繭崎を見つけて、彼の前に立つ。
「おう、お疲れ。どうだった?」
「……ぁ、えと、その」
「おう」
「や、やっぱり、その、えっと、みんなすごくて、私、すっごく緊張して」
「うん」
「自分的にうまくいったかなって、思ってたんですけど、その、あとで、こう、やっぱり音程ズレちゃってて、歌詞も、間違ったりして……」
「……うん」
「結構頑張ったんですけど、練習でできなかったとこ、すごく意識しすぎて、全部ぐちゃぐちゃになってて……」
「……うん」
「なんか、もっと、でき、できたのになっ、て、なっ、ぐすっ、なって、……ひっく……私、もっと、でき、できたのに、なって」
「……頑張ったな」
「っ、ぅ、ぅぅ……ぅぅぅ……」
繭崎のスーツで、涙を拭いた南森。抱き着かれた繭崎は、やれやれと言わんばかりにハンカチを取り出した。
「次、つぎぁ、つぎ、は、もっと、がん、ばりま、す……がんばります……」
「おう。お疲れ。頑張ったよ」
こうして、新人ライブは、ひっそりと幕を下ろしたのであった。
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