チャレンジャー、です!
「それじゃあ、1週間でMVをつくる作戦会議、この会議で全て決めるぞ。頼む。力を貸してくれ」
繭崎が深夜に、パソコンの前で話しかける。
webカメラを使って、オンライン会議を開始した。
画面に映っているのは、今まで『白銀 くじら』を創り上げた仲間たちだ。
『曲はサンプル版でよければ他のアイデアのたたき台に使って』
魚里 隅子(うおり くまこ)が熊のフード付きのパジャマを着て参加している。
バーチャル背景を使って部屋の中を見られないようにしている。
『ダンスに関しては、ある程度振り付け完成させてるけれど……南森さんがするには時間が足りないかもしれません』
恐る恐る、カーディガンを着ている大野 流星(おおの りゅうせい)が手を挙げて発言する。
「あぁ。だから、ダンスに関してはモーションキャプチャーを使うのは大野君ということになる。大野君が『白銀くじら』の中に入って踊る。収録はこれで行こう」
『えぇ!?』
大野は想定していなかったのか大きく驚く。
が、珍しいことではないことを、白銀くじらの中の人が知っている。
「大丈夫です大野君。大野君になら任せられます。お願いします!」
『え、っと、南森さん……』
「信じてます」
堂々と、南森 一凛(みなもり いちか)が胸を張る。
大野流星に、自分の将来を託した。
「それで、イラストだが」
『ふざけた発注してくれるわよ本当! 今急いで描いてる!!』
「助かる」
サーシャの絶叫に、繭崎が目を瞑る。
「それじゃあ、動画の構想を今伝える。各々、ベストを尽くしてもらうぞ。南森!」
『はい! 今から、動画について説明します!!』
繭崎は即席で作ったパワーポイントでプレゼン資料を画面に映す。
南森がそれに合わせて話を始める。
『まず、私のテーマは当初、『企業個人勢関係なくみんなで一緒に笑顔で活動する』ことだと思ってたんです。でも、みんなと曲を、『白銀くじら』を創っていくとき、やっぱり現実の、リアルの人とも笑顔じゃなきゃダメだって、今更気づきました』
南森が、ノートをめくる。
画面を見ると、どうしてか、胸の真ん中の色が見えてしまう。
(前より、ちょっと鮮明に見えます。これがどういう意味かは分かりません、でも……)
魚里も、大野も、サーシャも、南森を応援している。
自分も頑張ろうとしていることは、色で伝わってくる。
「……私の計画は、生放送で、一発撮りで、MVを作成することです。これしかないと思います」
『無茶言うっしょ!』
魚里が苦く笑う。
「はい、クオリティも、やっぱり最初に考えたダンス動画よりも落ちると思います。だから、アイデアで戦います」
『アイデアって?』
大野が真面目な表情で南森の声を聴く。
真剣だから、南森も答えたくなる。
「皆さんの協力が必要です。全体の流れの前に伝えたいのは、撮影内容のポイントは三つです」
繭崎が操作するスライドが動き出す。
「一つ目は、ダンス。これは変わりません。ですが、事前に録画したものを使います」
『この収録を、僕が?』
「お願いします。例えば、テレビや、プロジェクターで映し出す感じで使います」
『わ、分かった』
南森が深く息を吸った。ここからが、一番大変だからだ。
「二つ目は、アニメーションです」
『あ、アニメぇ!?』
魚里の目が飛び出すほど驚く。
驚いた表紙に、バーチャル背景で隠していた部屋が少しだけ見えた。
アーティストのポスターを部屋一面に貼っているらしい。
「ここがアイデアの一つです。アニメと言っても、パラパラ漫画の要領で動かします。走るイラスト3枚、ステップを踏んで歌うイラストを3枚、これをパラパラ漫画の要領でたくさん刷って、アニメっぽくするんです」
『今それ描いてるわよぉ~!』
作業中の画面を共有したサーシャ。差分イラストだからと、本気で描いてくれている。
『ちょっと待って! パラパラ漫画と言っても、そんなに動かせるわけないわよ。どうするつもり? 絵だけあっても、意味がないじゃんか!』
「やり方は3パターン用意しました。1つはアニメになるように壁に絵をたくさん張り付ける。2つ目は動画にして高速ループさせる。そして……」
南森が、思いついた一手が、放たれた。
「ドミノ倒しを使いましょう」
同級生二人が息を呑んだ。
『ど、どみのたおし……?』
『え、え?』
思わず魚里はオウム返しをしてしまう。大野も、言葉が出なくなっていた。
「はい。ドミノにイラストを張り付けて、生放送でドミノを追いかけていけば、自然とアニメーションになるはずです。動画にも、生放送らしい動きが出ます」
『無茶だ、できるわけが……』
『出来る』
大野が思わず頭を抱えるが、繭崎の声が空気を切り裂く。
『ドミノ倒しのアニメーションに限って言えば前例がある。例えばだが、アメリカのシンガーソングライターの『キナ・グラニス』の『バレンタイン』という曲のMVはドミノ倒しでアニメーションを作っていた。日本で同じようなことと言えば……お笑い芸人の『鉄拳』が作ったパラパラ漫画動画も該当するだろうか。……まぁ、不可能じゃない。準備が異常に必要なだけだ』
『な、なるほど……』
「そして、最後は……撮影」
南森が考えたアイデアは、シンプルで、だが誰もやろうとしないやり方だ。
しかし、今ならできる、そういう場所とやり方がある。
なんとなく、ここにはいない君島を思い出す。
君島はあの日こう言っていた。
(いいんだよー。今あるもの使っちゃえば)
南森は胸元のシャツを握り締めて、勇気を振り絞った。
「撮影は、ウチの放送部にお願いしましょう」
『それって……つまり?』
魚里と大野の顔が引きつった。
繭崎とサーシャは、堂々と笑っていた。
「撮影場所は、学校で行きましょう。土日の学校で、生放送一発撮りMV撮影を実行します!!!」
「おおおおねがいしまぁす!!」
「といっても、南森さんねぇ……」
次の日、月曜日の朝一番に放送部の顧問に直撃しに行く南森だった。
「学校全体で撮影に使うと言っても……ウチの学校の場合、土日は吹奏楽部しか使ってないし、なんなら放送部も土日いきなり動けって言っても嫌な思いする生徒いるかもしれないよ? あぁ吹奏楽部とも調整必要?」
「おねがいします! これしかないんです!!」
「って言ってもなぁ……」
年齢の比較的若い教員は、ハンカチで汗を拭く。今日の職員室は、教室よりも暖かかった。
「これが企画書です! 吹奏楽部の皆さんの邪魔はさせません! どうしても、……やりたいことなんです! おねがいします!!」
「……すごいねこれ。うーん……でもなぁ」
企画書をペラペラとめくる教員も、少しだけ目が輝く。
だが突然、南森の後ろから金切声が聞こえてくる。
「南森さん、あなた馬鹿なことはやめなさい!」
「ひっ、えっと、生徒指導の先生……」
年配の女性教員が、自身の眼鏡をくいっと上げて、南森の事情を聴かず説教を始める。
「あなたね、この時期が受験生にとってどれだけ大事な時期か分かってる? 学校全体の空気をおかしくさせるような提案はやめなさい!」
「そ、そんな……でも、土日ですよ!?」
「ダメなものはダメです! いい加減にしなさい!! あなた成績は自慢できるほどでもないし、友達を増やしたり、勉強したり……あぁそうだ、あなただけ部活入ってなかったわね。今すぐ部活に入る準備をしたり」
「い、いや、今そういう話じゃ……」
「とにかく、ダメです!!」
女性教員に圧され、自分の意見を言えなくなっていく南森。
怒りとか、悲しみとかそういう感情じゃない。
女性教員は、形だけの説教をすればするほど、感情が安らかな緑色をしていく。
どうすればいいのか分からない。
また挫折感が襲ってくる。なんでここまで怒られないといけないのか分からない。
「いいですね!!!」
思わず、「はい」と言ってしまいそうになる。
今までの南森なら、言っていただろう。
だが、南森の口が自然と閉じていたのは……
(繭崎さんと、サーシャさんが背中を押してくれてるのに……こんな、壁が…どうすれば……)
「待ってください先生!」
職員室に、華が咲いたようだった。
「あ、あら。大野君」
女性教員が、露骨に声を抑えて、髪の毛を気にしだす。
「僕からもお願いします。僕も関わってます。もし、南森さんを怒鳴るなら、自分も怒鳴ってください!! 彼女は、何も悪いことをしていないんです!」
「そ、っそうなの?」
女性教員は、大野に強く出られない様子で、タジタジになる。
「……いいよ。手伝うから」
若い男性教員が、大野の声に追従するように手を挙げた。
「大野君が関わってるなら安心じゃないですか先生。彼に向かって夢を諦めろなんて言えないでしょう?」
「え、えぇ、……そうね。じゃあ後は……お任せします」
お前のせいで、と言わんばかりの視線を浴びる南森。
感情が自分に向かって迫ってくるようで、恐怖が後から足に来た。
「行こ、南森さん」
大野が手を引いて、南森は職員室を後にした。
「……ありがと、おおのくん……」
声を震わせながら、感謝の意を伝えるが大野は悲しげだった。
「……ごめん、こうするしかないと思って……。僕が主導でやってるみたいになっちゃった。……全部、南森さんが動いてるのに」
「ううん、……わたしじゃ、だめだったから……」
「……そうだ、あとで一緒に放送部に頼みに行こう。……僕も手伝いたいんだ」
「……どうして……」
「……なんていうんだろう。夢に向かって頑張ってる人を、応援したい……って感じなのかな? よくわかんないけど」
大野の表情は、どことなく物憂げで、南森を羨むような視線を向けてくる。
(でも、私じゃきっとここで終わってた。大野君が繋いでくれた縁を、絶対生かさないと……!)
じっとなんてしていちゃダメだ。
南森はこぼれそうな涙を抑えつけて、次の段階に進む。
1日目(月)
「youtubeで生放送ってどんな感じだろう」
「何人くらいスタッフ必要かな……?」
「やべー! こんな面白そうな撮影初めて! やろうやろう!」
放送部の人たちは、笑顔で迎えてくれた。
南森にはそれが嬉しかった。
「撮影準備ってどうすればいいの?」
放送部の女生徒に尋ねられ。南森はたどたどしく伝えていく。
「えっと、その、まず教室から始まって……、PC室って使えるのかな……そこで画面前部に映像を流して……」
「あーじゃあさ! 黒板とかに曲名書くとかどう!? ウチらそういうのめっちゃ得意だからやってやんよ! 黒板全体を映して、そこからドミノの列見せてさ、そして、指で押して……」
「いいんですか!?」
「いーよいーよ! ……なんていうかさ」
「?」
「いやほら、放送部に頼みに来る人なんていないっしょ、生徒で。……なんか嬉しくてさ。あぁよかった、生徒にちゃんとウチら認識されてるんだーって」
放課後、帰ろうとしていた南森を魚里が見つけた。
「よし、この調子でがんばろ」
「あー! 一凛ちゃん! 曲について相談なんだけど!」
「あ、はーい!」
「日曜撮影決定したんでしょ! ナイス! んでさ、学校でやるなら曲の最初にチャイムみたいな音出したりとかさぁ!」
「あぁいいですね!」
そんな会話をしながら下校する二人。
「……曲? 日曜日?」
その会話を、誰かが聞く。
2日目(火)
「頼むぞ! ミスしすぎると延長料金がかかる! スタジオ代は馬鹿にならない!」
「な、なんですかこのアホっぽい恰好!? 前衛芸術!? ゾゾスーツ!?」
「馬鹿野郎、モーションキャプチャーだ! 倒れて機材壊してみろ!! 親が涙流して貯金全額使い果たす可能性もあるぞ!!」
「ここから入れる保険ってないですか!?」
繭崎と大野が南森の前で喧嘩を始める。
南森の目に映るのは、全身真っ黒のタイツのような服に、センサーを取り付けた格好をしている大野だ。
学校の美男子も、形無しの服装だった。
「お、大野君……大丈夫?」
「み、見ないでくれ南森さん!」
「曲流すぞ! お前は今から『白銀くじら』だ! 女の子らしく踊れ! それもキャッチ―に! ファンタスティックに!」
「うぅ……やってやる……南森さんの努力を、無駄に……しな……いようにしたいのにこの格好はないだろぅ!!!」
大野は涙を笑顔で流しながら踊っていく。
南森はあまり視界に入れてあげないようにしようと、魚里と連絡を取る。
「歌、もっかい取り直そう」
3日目(水)
『絵、完成したわよ!! あとは刷るだけ!!』
『ドミノ調達したぞ!! 配置図改めて提出する!! 金曜の夜から設置開始予定!!』
『ダンス収録完了。そっちはどう?』
全体ラインの連絡が活発化していく中、魚里と南森はカラオケにいた。
「……まだやんの?」
「はぁ、はぁ。はい! やらせてください!」
「ったく。……曲も喜んでるよ。ここまで真剣に練習してくれるとさ。明日、スタジオで収録すんだから、ほどほどにね。のど飴あげよか?」
「ありがとうございます!」
「はは……。そういや、生放送ってどうやって音源流すん?」
「大丈夫です、その道のプロフェッショナルに事前にやり方は聞いているので、今度実験します!」
「プロフェッショナル?」
4日目(木)
「もうダメー。疲れたー」
放送部も良く働いてくれた。
繭崎とサーシャも、大野も魚里も頑張ってくれた。
その全員と連絡を取り合う南森も、見通しがようやく着いてすっかり力が抜けてしまった。
ちなみにこの時間でも、裏で繭崎とサーシャは刷ったイラストを仕分けをしていた。
「……あ、そうだ」
南森は窓を開けて、君島に声をかける。
君島の部屋で、南森は今やっていることを伝えた。
「そう、うん、日曜日にね学校でMV撮影!」
「ドウイウ神経?」
「あはは……。身バレ怖いなぁ」
「……マ、いいけど……気を付けてね。……ガッコウかぁ……」
「あ! よかったら見に来て! 私なりの頑張り!」
「……ガッコウ、もう行ってナイシ……。学校嫌い」
君島の目があまりにも澱んでいて、地雷を踏んでしまったと焦る南森。
「あ、生放送! 生放送でもやるからそっち見てよ! ……寝(ねる)ちゃんに見てもらってるって思ったら、すごく自信つくから!」
「……。え?」
「ん?」
「ネルに、宣伝してっていう話じゃないの?」
「え、いいよそんなの。友達として見てほしいんだぁ。……ダメ?」
「ウウン、イイヨ。生放送……URLは? もう枠取った? ツイッターで宣伝してる?」
「バッチリです!」
南森は、スマホに映し出されたツイッターをちらっと見る。
そこにあったのは、『白銀 くじら』のアカウント。
そして、初配信で生放送MVを作る宣言を行っていた。
反応は……あまり得られなかったが、少しのRTといいねが、勇気をくれた。
5日目(金)
「あと何日で冬休みだったっけ」
大野が投げかけたつぶやきに、南森は答えられなかった。
すっかり学校のことは頭からなくなっていたのだ。
夜の学校は明るかった。職員室では誰かがまだ働いているようだし、7時を超えたあたりで「教師ってきっとミュージシャンよりブラックだ」と魚里が笑っていた。
「でも、ドミノってこんな……気を遣うんだね。こう、何故か崩したくなる衝動も……!」
「ちょ、一凛ちゃんやめようね?」
「うん……。せっかく、サーシャさんが、3枚のところを5枚描いてくれたんだもん」
サプライズだった。
走るイラストが3枚、ステップを踏むイラストが3枚だった発注を超えて、各5枚描いてくれたのだ。
サーシャだけは、今家で眠っている。
繭崎が、作業中の教室の中に入ってくる。
「よし、そこ終わったら三階のPC室に向かって……うおっ、なんだこれ?」
繭崎が黒板を見て驚嘆する。
「放送部の子が、書いてくれたんです」
「すごいな、学生……。曲名、こんなにかっこよく書いてくれたんだな」
「はい。……私たちの曲です」
黒板に書かれた曲名。
南森最初の歌。
『白銀 くじら』のデビュー曲。
【Swimmy】
スイミーと名付けられた曲が、あと二日で動き出す。
「そういえば、なんでスイミーなの?」
大野がドミノにイラストを貼り付けながら訪ねる。
南森は少しだけ頬を掻いて、照れくさそうに伝えた。
「白銀 くじらのモチーフなんです、このタイトルの絵本」
6日目(土)
「3……2……1……、カット!」
放送部の声が響いた。
「どうですか……?」
南森が、放送部の女の子に尋ねる。
「うーん、ここ見えちゃうと学校名ばれちゃうかも。ついでにここ、個人情報とか乗ってるから見えないようにしないと。あと、各フロアや廊下とかに移動するとき、結構面倒くさいかも。ちょっと人の配置変更しよう」
南森と放送部が和気あいあいと話している間、遠くから眺めていた放送部の顧問に繭崎が話しかけた。
「ありがとうございます。協力していただいて……」
「あぁ、はい、いいんですよ……なんていうか、なんでここまでやるのかなって感じですけど」
「南森も、全力ですから。いつでも」
「学校じゃ、そんな素振り見たことなかったから驚きました。……あぁ、こんな子だったんだ、って驚くばかりでして」
「人にはそれぞれ輝く場所があります。それがたまたま、ここだっただけでしょう」
「でしょうかね。……まー私は教員ですんで、学校で育ってほしいって気持ちが強かったんですがね。なんだかなぁ、人って、勝手に成長してるんだなぁって思いますよ。学校じゃなくても、人間は輝く。当たり前っちゃ当たり前ですけど……すげぇなぁって、思うんですよ」
「……」
「見てくださいよ。無気力で……コンテストとか出ても、結果でなくてもへらへらしてたメンバーがこんな活気出してるんですよ。声優目指してるとか、アナウンサーに興味あるって言って入ってきたはずなんですけど……やっぱりどうせ無理だって諦める子がいっぱいいる中で……南森さんを、全員応援してるんですよ。まるであの子に夢を託してる感じで……、だから、最後まで」
「……ありがとうございます」
全員がベストを尽くす中、……違和感もあった。
「あれ?」
大野がたまたま玄関近くに来ていた時、数人の生徒が玄関前にたむろしていた。
「……あいつら?」
内2人は、大野の取り巻きの女子だった。
残り数人は、顔がよく見えなかったが、大野に気づいた瞬間、すっと逃げ出したのだ。
「あ、大野君!」
女子が扉を開けて大野に向かっていく。
その表情は真剣だ。
「あのさ! 大野君もしかして魚里さんと動いてる?」
「えっ、あれ、言ったっけ……?」
大野が想像していなかったように不信感を覚える。
「大野君、騙されてね? 大丈夫? 私たちさ、大野君が騙されてる可能性あるって言われて来たんだよ!」
「……誰に?」
「ほら、アイツよアイツ……って、あれ? いないし」
大野は少し考えて、二人を手招きした。
「着いてきて。見せてあげる」
「うわっ! なにこれすごい!?」
取り巻きの一人が、圧巻されたようにスマホを取り出す。
「ダメだ、撮らないで!」
「ひっ、お、大野君?」
「ほら、こっちも……」
大野に案内される間に、二人は多くのモノを見た。
学校中に張り巡らされたドミノ。
せわしなく動く放送部員。
そして、その中心にいるのは、魚里ではなく、南森。
「な、なんで南森ちゃんが?」
「これ、魚里さんじゃないよ。南森さんが頑張って、ここまでやってきたんだ」
「うそ……って、なんで大野君が動いてるの? あ、ダメ、ダメだよぉ。彼女、大野君好きって噂あって、もしかしたら大野君に近付くために……」
「違うよ」
大野は、少し残念そうに肩をすくめた。
「僕なんかじゃ眼中にないよ、だって、見てる先が僕よりも遠いんだから」
「……大野君?」
「ちょっと南森さんの様子見てみなよ。……本気でどれだけやってきたか、分かるよ」
大野に言われた通り、すみっこで二人は大野と一緒に南森の動きを見ていた。
「南森ちゃーん! ここどうすればいい?」
「そこは、はい! カメラはもっと寄ってもいいかもしれません。……机少し邪魔かもしれませんね」
「だよね! 取っ払っとく!!」
「お願いします!!」
「南森さーん、PC室で画面流すときのタイミングって、扉が開いた後? 前?」
「後でお願いします! 真っ暗な画面を一回映して、突然ハッキングされた感じで!!」
「いーねかっこいい!! ありがとう!」
「ねーいっちゃーん。ラストシーンさー花火仕掛けて爆破させよー!」
「だ、ダメです! 絶対ダメ! ラストはもう絵が決まってるんです!!」
「……なんで?」
取り巻きの女子が大野に尋ねる。
「なんでここまでやってるの?」
「……なんでだろう。僕にもわかんないかも」
「……なんか悔しい。あの南森ちゃんだよ? 教室でずっとオドオドしてた子が、なんか、ウチらよりキラキラしてる。腹立つ。Tiktokとかでやってるのじゃないじゃんクオリティが」
「そうだね」
「からかっていいやつだったじゃん。こんな、……こんな」
「明日、撮影本番なんだ。応援してよ。僕は、最後までこの動画を見届ける。だから、応援してあげてね」
大野はその場から離れて、再び作業に戻る。
取り巻きの女子二人がお互いに顔を合わせる。
「明日、本番だって」
「……やだよ、大野君取られちゃう」
「見に行こ。それくらい、許してくれるっしょ……」
「……うん」
明日の天気予報は、晴れ。
しかし、本番を晴れた気持ちで終わらせられるかは限らない。
いよいよ、勝負の時が来る。
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