チャンスは、絶対つかみますから

「じゃ、本気でやっちゃいますか」


昼休み、クラス中が目を見開いていた。


バサッと魚里が、南森の机の上にノートを開く。南森はおどおどしていたが、魚里は誰の目も気にしていない。


「まず曲を作るときは構想が8割だと私は思うわけ。まず何を作るかを明確にしないと音も選べないしノリ方も決まらない。ジャンルを明確にして、テーマを提示しないと意味ないかんね」


「……そこは、Vtuberのキャラを作った時も考えました」


「ん! じゃ、要領は同じと思う。だからまずは、Vtuber【白銀 くじら】っていうテーマにジャンルを当てはめる」


「テーマとしては、やっぱりみんなで一緒に楽しめるっていうのだと思うんです」


「じゃー、まぁPOPっしょ。後は手法かな。アイドルソングらしい、例えば【乃木坂46】じゃないけど、そういう音楽がやりたいのか、それともネットでポップな……うーん、なんだろ」


「あ、【yunomi】さんの曲とか結構かわいいですよね」


「それな。【インドア系ならトラックメイカー】とかが一番有名なやーつ。まぁあれは正式に言えば【yunomi&nicamoq】っていう……まぁそれはいっか。そういう曲がやりたい? あとは、まぁみんな盛り上がると言えばハウスとかクラブミュージック? いやでもヲタクのノリ方じゃないかぁ……」


「ボカロ曲みたいなノリのほうがいいんですかね」


「やるなら【おちゃめ機能】とかそういう路線がいいけど……やっぱり1DJ1MCでやるならラップに挑戦してほしかったり」


「うぅ、スキル不足……」


「いやいや、別に即興でやれって言ってんじゃないしさ」


「あ、あと、伝えたいメッセージがあって……」


「ん? なになに?」


南森も話をしていくとどんどん人の目を気にしなくなっていく。


しかし、話している相手は“あの”魚里隅子。


クラスで一番、異質な存在だった彼女と、まるで対等に渡り合っているような南森も、異質に映っていく。


「あ、あのさ、いっちゃん」


南森からすっと熱量が下がっていく。


叩いた人は、親友の里穂だった。


「? どしたの、里穂」


「ごめん、ちょっと話が……魚里、さん。ごめんちょっと借りるね」


「!? ちょ、ちょっと里穂!?」


里穂に左手を引きずられて廊下に飛び出る南森。


魚里は面白くなさそうな顔になっているのが見えた。


「ちょ、ちょっと里穂、里穂って、ねぇ!」


里穂が思ったよりも力強く左手を握っていたようで、痛みから逃げるように手を振り払った。


「ねぇ、どうしたの? 痛いよ」


「……なんで?」


「えっ」


里穂が必死の形相で南森の肩をつかむ。


「なんで魚里さんと仲良くしてるの!? ダメだよ、それはダメだって! いっちゃん、そんなことしてたら浮いちゃうよ!? ただでさえ流星君の取り巻きにいい目で見られてないんだよ?」


「……え?」


「えっ、て……ちょっと、冗談でとぼけてるの? ただでさえ、あんたみんなから変に弄られても何も言い返せないんだから、目立たないようにしてないとからかわれるよ?」


「……あ、あぁー」


南森から出た言葉は、「あぁ、そういえばそうだった」というニュアンスのものだった。


なにせ、楽しかったから。


今まで自分に出来なかったことができて嬉しくて、自分と同じ悩みを抱えてくれる人が出来たのがありがたくて、……何より楽しかったから。


まだ何も実行できていなかったけれど、考えた先にいいものができるとずっと考えていたから。


――学校以外にも居場所があるから、すっかり忘れていたのだ。


「ちょっと、やめてよいっちゃん……」


「ごめんごめん、でも、魚里さんも話してみたらいい人でね? 音楽の趣味とか合うんだ! ほんと、音楽に対してすごい熱心で、本気の人なんだよ。きっと話せばいい人って分かるよ! あ、そうだ、良かったら里穂のこと魚里さんに紹介」


「やめてよ!!」


「!?」


「……そんなことしたら私、ハブられるかもしんないじゃん」


「え?」


「何で分かってくれないの……もういい、もう知らないから」


「り、里穂!?」


里穂が袖で目元を抑えながら走り去る。


南森は、何も動けなかった。


いつもなら、親友のためにすぐ動けた。


動けなかったのは、新しくできた友達にそこまで言わなくてもという気持ちが、足に重さとして残っていたからだ。


そして、疑問が頭に巡っていたからだ。


まるで、魚里と仲良くすると、クラスからハブられるみたいだ。


……もしかしたら、事実なのかもしれない。


里穂が教えてくれたことは、学校で過ごすための処世術みたいなもので、波風立たないように学校生活を送る知恵なのだろう。


でも、と。


南森は教室に戻った。


いつの間にか、魚里はメロンパンをかじりながら南森の机を使ってノートにガリガリと何かを書き込んでいた。


「すいません」


「……いーよ。てか、いいの? 私といて」


「頭を下げたのは私ですし、それに……。今は、頑張りたいんです。自分のためだけじゃない、繭崎さんも、サーシャさんも、……色んな人たちの力があって、今ここにいるんです」


心に残っている人はまだいる。


自分の両親もそうだ。


君島寝という、学校に来ないVtuberもそうだ。


――そして、あの日ライブで助けてくれた女性、不動 瀬都那。


彼女に胸を張るためにも、今、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。


「そ。じゃ、一緒に今後の学校人生は台無しにして、外でおもっきし羽ばたこうじゃない」


「いえ、私はVtuberになるので羽ばたきません。深層ウェブからご機嫌ようってするんです。ゴキゲンな蝶になってEDを迎えるんです」


「はは、ガラじゃねー! んじゃ話の続きなんだけど、ふと思ったのは「みんなが楽しめる」ようにするにはやっぱりMVもキャッチ―なほうがいいじゃんね。例えばみんなが真似できるような振り付けとか。【フォーチュンクッキー】みたいな」


「あー確かに【恋ダンス】とか【USA】とか流行りましたからね。ちょっと違うかもしれませんが、【女々しくて】も」


「そうそう。私の曲を最大限生かしつつ、そのテーマからぶれないようにするには振り付け必要じゃね。となると、動きのある曲がいいというか、リズムが気持ちいーやつがいい」


「なるほど。そういう視点から考えるのも面白いですね」


「んで、南森ちゃんってダンスできる?」


「……。頑張ります!」


「いやいや、根性論甚だしいな。あー、ダンスとかできたら少し変わるんだけどぬぁ~」


「まぁ、3Dモデル使うので、踊る人を別に用意することでフルで躍らせることもできますけど……流石にダンサーを雇うお金は」


「だしょ。振り付けを自分で考えるといってもなんか垢ぬけない素人っぽそうになるし。どうしよーかな」


「うーんまぁ繭崎さんに聞いてないので分からないですけどそっちでやってみたいです。……あっ」


南森の声につられて魚里が振り返る。


黒板近くでたむろして、楽しく食事をとっている大野流星がいた。


彼がいるだけでクラスに華があるような錯覚を覚えるのは気のせいではないだろう。


「……南森ちゃん。何考えた?」


「いえ、その……」


「いやいや、確かにうん。いや。そういえばそうだったんだけどさ」


「ダメですかね…!」


「無謀だって」


「でも、大野君ってtik tokのダンス動画、投稿して知名度あるって聞いてます」


「割と有名なインフルエンサーだけど……やめときなって。特に私とかとウマ合わないと思うし」


「ぐぬぬ、はぁ、何かの手違いで話しかけてきてくれたら……」


「はは、無理無理」


笑いあってノートに向かって曲についてのイメージをすり合わせる作業を始める。


そこで、一つ事故が発生した。


いつにも増してノートに向かっている南森を見た、大野流星の取り巻きが「ガリ勉じゃんw」と嘲笑していた。


そこでいつものように南森を弄るつもりで、大野に話しかけた。


「すごいよね南森ちゃん、昼休みも勉強してw」


馬鹿にするつもりで話を振ったが、大野は非常に真面目だった。


「え、すごいね。なんだろ」


「見に行っちゃえば?」


取り巻きが煽って、よくよく南森の方を見て、焦った。


「え、里穂ちゃんじゃないじゃん、なんで魚里?」


時はすでに遅し。


見に行っちゃえばと言われて、「ちょっとだけ見てみよっかな」と大野も乗り気になっていたのだ。


何故大野が乗り気になったのか分からない取り巻きたちが止めようとするが、大野は既に南森に話しかけていた。


「え、と、南森さん! 今何やってるの? 受験勉強とか……、ん?」


事故だったのだ。


たまたま、親友の里穂がいなかったこと。魚里が代わりにいたこと。

南森の机に広がっていたのは勉強道具ではなく音楽ノート。


しかもイメージを深めるために【白銀 くじら】のイラストも出していた。


更に言うなら、南森の目がキラキラと光っていて、魚里が「手違いじゃん」と茫然としていたのだ。


「あ、あー! お、大野君! やってしまい、ましたなー!」


「え、南森さん?」


「……っは。いいね、乗り掛かった舟だし、乗ってやんよ。あーあー大野流星とあろうものが人の企業秘密勝手に覗いていいもんなんですかねー? 違約金発生するよ違約金」


「え、なんで魚里さんがここに?」


「ちょっと、話は屋上で、いやいや悪いようにしませんから」


「南森さん!?」


南森が大野の右腕を両手でがっちり握る。


「そーそー。屋上屋上。はっはっはっは! やっば!」


「魚里さん! コレはいったいどういう」


「いやいや、ほら、屋上行こ」


「だからなんで・・・!?」


「大野君!」


南森がぐいっと、右腕を引っ張って、鼻がぶつかりかねない距離で大野の両眼を覗き込んだ。


「真剣にお願いしたいことがあるんです。話だけでも、聞いてくれませんか!!!」


「!? み、南森さん・・・!?」


顔を真っ赤にした大野を見た取り巻きが全員立ち上がる。


が、魚里は取り巻きを視線で制する。

あまりにも真剣な表情をしていたから、怯えて動きを止めてしまった。


「少しだけ、少しでいいんです。ダメならダメでいいですから。……大野君、お願いします!」


「わ、わかったから! ちょっと離れよ!? ね?」


「あ、ありがとうございます!」


南森は嬉しくて、とてもきれいな笑顔を浮かべた。


それを眼前で目撃した大野は、ポカンとした顔で、意識が飛んだ様子で、耳を赤く染めていた。


たまたま通りすがりの里穂の友達、加奈子がその光景を目撃して叫んだ。


「少女漫画じゃん!!」

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