やりたいことを、やるためにも
「やるとしたら歌撮りは……マイク買って宅録? ポップガード買ったりして……」
「いや、インターフェイスだとか宅録用のフィルターまで購入する羽目になる。スタジオを借りて撮るしかないだろ……」
「じゃあ動画は、モーションキャプチャーとか借りて、同じようにスタジオ借りるの? 一枚絵じゃダメ?」
「それも考えないとな……」
(ついていけませんでした)
率直に南森はそう思った。
(私は……、ただVtuberをやれればいいと思って、そこから始まった。そして、Vtuberをやるにあたって、行動理念じゃないけれど、テーマを考えた)
(私は上手くやれてると思った。自分の考えを、きちんと形にできているような手ごたえも、モチベーションもあるような気がしていた。でも……)
「あーもう、なんで喧嘩みたいなのを買うのよバカ! じゃあこうしましょ、私が何枚か絵を描いてそれを基にPV作成とか」
「PVを作成するスキルがあれば別だが、外注になるぞ。……やっぱり辞退したほうが」
「馬鹿、あの子が必死になって頑張ってたのに貴方は全部捨てさせるの!? にっ、2か月の時間を捨てろって? そんなことをよく目の前で……」
「……」
激論を繰り広げる大人たちをしり目に、話に混ざろうと頑張るが、あまりにも自分が蚊帳の外なのか、それとも今までこういった話し合いに参加してこなかったツケが出たのか……。
おそらくその両方で、自分にはどうしようもないと、ただ座るだけの少女は瞳を曇らせる。
(どうすればいいんだろう。私、何をすればいいんだろう。繭崎さんも、サーシャさんも、こんなに考えてくれてるのに、私何も言えない。わかんないよ)
(曲、かぁ、……曲、つくらないといけないの? そっか、もしかしたら私、ライブ出られないんだ)
「……っ」
(ダメ、だめ! もうやだ、涙出そう、泣かないで、泣かないで私、お願い、迷惑かけちゃう、私が我慢すればいいだけ、そう、今回はダメだったけど、次頑張れば……つぎ、がんばれば……)
ぽろっと、涙が一つこぼれた。
(だれか、たすけて……私、どうすれば……)
「――ったくよぉ。女の子泣かせるとか、ロックじゃねぇぜ」
(――えっ……?)
ふと、誰かの声が聞こえた。
顔を上げると、大人たちの興奮した話し合いがあった。
周りをきょろきょろしても、誰もいない。
きっと疲れからくる幻聴だったのだ。
……だが。それで十分だった。
「……不動さん」
(そうだ、私、不動さんともしかしたら一緒の舞台に立てるかもしれなかった。私を助けてくれた人と……っ。そうだ、そうだよ。私、貰いっぱなしで何も考えてなかった。助けてほしいって、また不動さんに笑われちゃう。だめだ、私、私はっっ、自分の足で、あの人のところまで行きたい!!!)
(でも……どうすれば)
ふと、不動という女性のことを思い出す。
あの日、あの時、吉祥寺のライブで。
彼女は歌った。ギターを奪って弾いて、その場にいた人の心をつかむ歌を歌った。
(それだけ、音楽に本気だったんだ)
だから、南森は思った。きっと顔を知らなくても、音楽に人生をささげた作曲家はネットに溢れているだろう。
だけど、だけどだ。
(本気で、私も向き合いたい。不動さんに、私を見てほしい、こんなに頑張りましたって、胸を張って報告したい。だから……本気で、私と一緒に音楽で不動さんを振り向かせられる人……でもそんな人……)
「あっ」
いた、……かもしれない。
音楽に精通していて、かつ、本気で音楽をしようとしていた少女。
あの日、あの時、音楽で喧嘩をしていた少女。
魚里 隈子が、いた。
「でも、ダメ……、断られるだろうし……迷惑かけちゃう」
そう呟いたら、何故か、あの子のことを思い出した。
南森の隣の家に住んでいる少女のことを。
み、ミキサー? や、やすっ……、安いやつ買ったの……
エト、そうじゃなくて、ソノ……
は、はい! これでVtuberにナレタ!
アノ、やってみたいって、思ってやればもう出来る、よ。
だから、その……やりたいって思ってやろうとするのは、イイコト、うん、イイコト。
私は……そんな風に始めたから、何も考えてなかったし。うん、やりたいと思って、やってみただけ。
だから、その、じぇったい、うぅ……、ぜ、ぜっ、たい、あこがれで前に進むことは、間違ってないよ……。
やりたいこと、やる。やりたいことやるの。Vtuberって、そういうものだもん、きっと
「やりたいことを、やる」
ヒントがあった。
彼女は別に、最初から最高品質の状態で挑んでいなかった。
まず、飛び込んだ。
やりたいと思ったから、やった。
今、南森のやりたいことは……。
(ライブに出たい。不動さんに、全力でありがとうございますって言いたい。どうせ出るなら、一緒に不動さんにぶつかってくれる人と頑張りたい。だから、私のことを知ってて、いつでも意見をぶつけられる魚里さんが近くにいるからお願いしたい。でも、でも本当にやっていいの? やっぱり、やっぱり駄目なんじゃ)
「歌ってのは、感情を訴えるもんだ。思いのまま、叫び散らせばいいんだって!!! 少なくとも、私はそう思うね。ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」
(ふと、頭に不動さんの言葉が浮かんだ。そして、私の中で、胸の奥から声が聞こえた。たくさんの、本当にたくさんの声)
「はいどうもー」
「ハロー」 「こんにちは!」
「はーいはいはい」「おはクズ・・・!」 「おはよぉおおおおおおおおおお!!!」 「気をつけ!」「下等生物の皆さんご機嫌よう!」 「おっすおっす!」「よぉ!」「おつおつおー!」「ハロー旦那様」 「やっほーい」「元気~?」「きらっきー!」「こんるる~」「はぁい!」 「「はおー!」」「どもどもおめがってるー?」「みなさーん!」「こんにち ハッカ!」「やっほー!」「どうも、おはようさんです」「おはララー」 「みなさんこんにちは!」「おはぴよ!」「やぁ諸君!」「やっほー」「ハウ ディー!」「HANJO!HANJO!」「おはようございます」「るーるるる」 「カッカッ」「おばんです」「ぶぉおおおおおおおおおおおお」 「こんにちにんにん!」「ご機嫌よう!」 「やっほー!「こんちわわ~」「にゃっほにゃっほー!」」「ちゃおん!」
(私の好きな人たちの声が、胸の奥から聞こえた)」
「あっ、あのっっっ!!!!」
(自分でもびっくりした。必要以上に声が出た)
大人二人が、驚いて南森のほうを見る。
顔を赤らめながら、汗をかきながら。
「……お願いがあるんです!!!」
「そんな、無理だって!?」
「そこをなんとか!!!! お願いします!!!!」
翌日、南森は昼休みに屋上で魚里と交渉を行っていた。
「あ、あのネェ、えーと、南森一凛ちゃんさ。私、別にトラックメイクぐらいはしたことあるけどさ、いきなり楽曲作ってライブはかっこよすぎるって! しかも二人? 1MC1DJってラップとかの編成じゃん!!マジ【creepy nuts】じゃん! これがバンドとかなら【リンキン・パーク】とか【MAN WITH A MISSION】とか【SEKAI NO OWARI】とかあるよ? でもそんな……無理だって。いまいちピンとこないし、Vtuber」
「……どうしても、ダメですか?」
「あー、その、ね? いやまぁ別に暇だしバンド首になったし、でもそのさぁ、最初の曲なんでしょ? 私でいいのって気持ちもあるし……、いや、建前はいっか」
魚里の目がギラギラと光る。
「私さ、曲で冗談言えないから、本気でいろいろ口出しちゃうよ。せっかく話が合う友達をさ、ボコボコに言うの、多少は忍びないじゃん。だから、気軽に私とコラボって、なめてかかってたら腹立ってくるし」
「!?」
「はぁ、うそうそ冗談、この話はまぁ、ナシってことで」
「……気軽じゃないです」
「?」
「本気の、本気です。今、魚里さんよりも、もっともっとすごい人を相手にしようとしてるんです!!!」
「……はぁ?」
「戦うために、力が必要なんです!! ……お願いします!!!」
「……」
「……あ、ソノ、無理ならいいです……ちょっと頑張って探します……」
「いやそこで折れるんかい! ……はぁ。話、聞かせてくれるっしょ?」
「~~と言うわけで! 魚里 隅子ちゃんに、曲をお願いしたいんです!!」
「なるほど」
繭崎が唸る。熊フードを被って、メッシュを髪につけて迫力のある少女を見て、動揺していたのかもしれない。
南森は魚里を連れて、サーシャの家で繭崎と合わせた。
南森にとっても正念場だった。
「だが、本当に頼りになるのか? 素人だろう?」
「……ふん、見る目無いだけでしょこの人。眉毛濃い癖にさー」
「う、魚里ちゃん!」
魚里が繭崎に素人と言われただけでへそを曲げると思ってもみなかった南森。
小声でひたすら愚痴を吐く。
しかし繭崎は冷静だった。
「ミュージシャン、と言えばいいのか、DJ志望だしまぁミュージシャンか。それで? 君は一端でも音楽を嗜んでいるなら、持ってるだろ? 聞かせてくれ」
「……マジこの人信用していい系?」
ぼそっと吐き捨てるように悪態をついて、魚里はカバンを漁って、一枚のCDを取り出した。
「はい、一応今までのポートフォリオです。デモCDって言えばいいですかー?」
南森はそれを見て、「すごい、まるでミュージシャンみたいなやり取り」と感動していた。
CDを受け取った繭崎は自身のノートPCに入れて、イヤホンで音楽を聴いた。
1分経って、片耳のイヤホンを外した。
「どうです? まぁ、通用するとは思いますけど。正直南森さんがどこまでついてこれるか」
「うぅ、魚里さん手厳しい……」
「ん? あぁ……」
繭崎は頬杖をついた。
「魚里さん、ですっけ」
「はい」
「あー、これは酷い。やめておきましょう。こんな音源じゃウチの南森を活かせない。まぁ、学生レベルなら上等だと思いますけどね」
(えっ)
南森は目を大きく開いた。
繭崎が人の作品についてここまで酷評すると思わなかったからだ。
魚里が立ち上がる。
「……どこがダメよ。言ってみ?」
「君の音楽、歌ものに向いてないから。全く人を介在する余地を作ってないし、テクニックのお披露目会みたいな曲ばかりだ。何を感じさせたいのかテーマもなさそうだし、曲名も普通。何か一音でも刺さると思ってたら何も刺さらない。学生が作ったっていう売り出しでやればまぁそこそこ人気出るよ、インディーズでね。南森が真剣に音楽のことを考えてる人がいるって言ってたから聞こうと思ったけど、まぁうん。こんなもんかって感じ」
「っ!? ……よくまぁそこまでいけしゃあしゃあと!!」
「う、魚里さん!」
怒りで顔を真っ赤に染める魚里を後ろから南森が抱きかかえる。
繭崎はソファに座り込んで、腕を組んだ。
「……ふむ。じゃあ君はこれ以上のもの、作れるの? 作れないならこのまま帰っていいよ」
「はぁ!? 作れるに決まってっしょ!!!」
「そうか、じゃあ来週までに歌ものでトラックを作ってごらん。クオリティが高ければウチで雇うし、知り合いの事務所紹介するよ。君が作ってくれるなら仕事として10万払うよ。出来ないならまぁ、趣味で頑張ってねとしか言いようがないけれど」
「!!!? こ、このぉ。やってやろうじゃない!! 絶対認めさせてやったらぁ!!! ふん!!!!!」
がに股になりながら本気でキレて帰りだす魚里。
南森は驚きのあまり繭崎を睨んだ。
「ま、繭崎さん!!! どういうつもりで……繭崎さん?」
繭崎はいつの間にか、両耳にイヤホンを入れていた。
そして、にやついていた。
「……繭崎、さん?」
「南森」
繭崎がイヤホンを外して南森に微笑んだ。
「あと4か月、いや、仕上げを考えて、2か月くらいか。彼女で行くぞ」
「……。……? ……え?」
南森が困惑していると、繭崎が後ろ頭を掻いた。
「あぁ、言い方悪かっただろ? でもまぁ、叩いたら伸びそうだったから」
「――ま、っ繭崎さん!!!!」
南森が本気で怒っても、繭崎は意に介していないようだった。
「……南森、よく突破口を見つけたな」
繭崎が苦笑いを浮かべる。
「出るぞ、ライブ。こうなったら、参加者全員の度肝を抜かすぞ!!」
「はっ、はいっっ!!!」
南森の瞳には、情熱の赤が見える。繭崎も、魚里も、燃え上がっていた。
(きっと、上手くいく。私はそう信じてる)
南森は、自分の胸の真ん中に握りこぶしを置いて、改めて誓う。
(不動さん、私頑張ります。頑張りますから!)
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