音楽編
どんな私?
例えば。
「こんにちは! 私の名前は●●●です!」
元気よくあいさつすると、少しだけコメントが流れてくる。
動画の視聴者は、彼女の顔を見て、「あぁ、●●●ちゃんの動画だ!」って一発で分かる。
彼女は現実の顔を出していない。だが、二次元の少女が、今ここで喋っているように画面には映っているだろう。
「今日はですね、△△っていうゲームを実況しようと思います!」
「ちょっとホラー要素もあって、スリリングなんですよねー」
「きゃー!? これはやばいです!! 本気で怖いやつでした!!」
画面に映っている二次元の少女は、まるで現実の人間のように笑顔になったり、驚いたり、涙目になったり、ころころと表情を変えていく。
例えば。
「今日は、◇◇◇っていうボカロ曲を歌います! 」
歌声は現実で、歌っている少女は二次元。
それでも言うなればアニメキャラがボカロ曲を歌っているようなうれしさ。
身近に知っている曲を、憧れの人が歌っているような状況。
大好きに大好きを掛け合わせたような素敵な空間。
「そうです! ここなら、どんな自分にだってなれるんです!!」
そんな風に叫んでも、夢見がちとか、理想論だなんて言葉は耳に入らない気がした。
なにせここは、誰もが自由な優しい世界……。
「ふふ、そう、どんな自分にだって……」
少女が車の後頭部座席で、スマホを用いて youtubeを見ていた。
今見ているのは、「ゲーム実況」の動画だ。ゲーム実況で、3dアバターを動かしながら叫ぶ女の子が可愛くて仕方がなかった。
次に見ているのは「オリジナルmv」動画。可愛いイラストの少女が音に合わせて飛び跳ねる様子を見ていると楽しくなってくる。
「うふふ……」
なんとなく、気持ちも盛り上がり楽しくなってくる。
見ているだけで、幸せな気持ちになってくる。
これから襲いかかるであろう緊張感から少しでも意識を逸らしてくれる、最高のエンターテインメントがそこにあった。
「着いたぞ」
「えっ?!」
車が止まる。
運転していた男性が車から降りる。
少女は慌ただしくスマホを機内モードにした。八月の風は、都心から離れていても蒸し暑かった。
(や、やっちゃった。どうしよう、なんの準備もしてない!?)
少女の気持ちなぞまるで知らず、男が目的地を指差す。
「よし、この家が今回仕事を依頼するイラストレーターの仕事場だ。たまたま仲良くってさ。まぁ持つべきものは人間関係っていうかさ!」
少女は男の背に隠れてプルプルと涙目で震えるしかない。
なにせ、現実逃避ばかりして自己紹介なんてこと1つもイメージできていなかったからだ。
少女と男はイラストレーターの仕事場に入る。
男に送られていたラインのメッセージの誘導に従い部屋に入ると、色白で鼻も高く、スタイルのいい女性がいた。
日本人らしい顔つきはしていない。
「はぁ……久しぶりね、繭崎。その濃い眉毛も暑苦しそうな顔も相変わらず」
「うるさいぞ。手入れはしてる」
「ため息も出ない。……で? その子は?」
男、繭崎 徹(まゆざき とおる)の背中に隠れていた少女がびくりと肩を揺らす。
そぉーっと繭崎のスーツの端を握りしめ、しわくちゃにさせながらひょっこりと顔を出す。
「あ、の……。す、すいましぇ、すいません。あの、その……」
まるで目の前の女性が自分を取って食うとでも思っているような反応をする。しかし、無理もない反応であった。
訝しげな表情になってしまう女性の胸元に、少女だけが見える色があった。
その色があまりにも真っ赤で、女性が苛立っているように見えたので怯えていたのだった。
話が進まないので、無理やり自分の常識をかき集めて、あまりにもぎこちない笑顔で少女が自己紹介をした。
「私、み、南森 一凛(みなもり いちか)って言います……。その、えっと……よ、よろしくお願いします……」
「……この子……」
女性が目を光らせながら指差した。
「繭崎、貴方が教えてくれる人の中で一番普通ね!」
「うぐぅ」
女性が言い放った言葉通り、南森 一凛は普通の女子高校生である。
〈ちょっとだけシャイで、自己主張が苦手〉
それが今までの南森 一凛を表現する文言だったのだ。
「まぁいいわ。で? 私への仕事の依頼について詳しく聞こうじゃない」
女性が作業机に置いていたコーヒーを手に取る。
机の上にあるペンタブや液晶、スキャナーや紙資料など様々置いてある。
繭崎はグイッと前に出て、南森を指刺した。
「この子をⅤtuberにしたいから、協力してくれ」
女性が笑顔で自分のコメカミを指差した。
眉間には笑顔なのにシワが強く濃く刻まれる。
「ブイチューバーってなに?」
「なに、知らないのか?まずいな。お前が知らないんじゃ俺もお手上げだ」
「は?」
繭崎の言葉によって、急激に部屋の温度が下がっていく。
「あ、あの!」
あまりにも耐えられる空気ではないので南森がおずおずと手を挙げる。
「Vtuberは、いわゆるYoutuberです。動画や生放送を投稿する人のことです。Vっていうのはバーチャル。二次元のアバターで活動する人を指す言葉なんです」
「へー。今そんなの流行ってんだ。通りで、最近素人からも仕事が多いわけだ。吹っ掛けたら依頼やめる人、多いのよね。相場を知らないというか」
「というわけで」
繭崎が笑顔で手をポンっと叩いた。
「彼女にアバターを作ってくれ」
「なるほどねぇ……」
女性が顎に手を当てて、人差し指で唇をなぞった。
「納得はしたけど、いくら払ってくれるの?」
「あー。相場わからないが、3万くらいですぐ作ってくれ」
「……ぁあん? ……ちなみに、活動方針は?」
「これから決める。思い立ったが吉日ってやつだ」
「…………こんっっのクソヤロぉがあああああああああああああああ!!!」
「ぐわああああああああああああああああああああ!!!!」
繭崎の体が天井に突き刺さる。
南森には、おそらく女性が繭崎を抱えて上にぶっ飛ばしたことだけが理解できた。
理解できたが、訳が分からなかった。
「は、はわわ……」
「はぁ、はぁ、ちっ、なめてかかりやがって……。私はそんな安い女じゃないわよ!! このアホ崎!!! あーまた余計な修繕費かかるじゃない……」
女性がゆらゆらとふらつきながら苛立ちを隠さずにたばこを取り出す。
しかし、怯えながら及び腰になっている南森の服装を見て、そっと胸元にしまう。
「んで、えーと、南森ちゃんだっけ? あなた高校生よね? うちの近所の高校の。下校してすぐ家に来たのかな? なんでVtuber? だっけ。になりたいの?」
声は、どこか諭すように優しい口調だった。
「あの、その……」
南森は女性の胸に目を寄せる。すると、ほっとした様子で、たどたどしく答えた。
「その……好きで、え、と、あこがれてて……。あんな風になりたいって、ずっと思ってて。その……」
泣きそうな声で、聞こえないくらいの音が口から出ていた。
「なりたかったから、です……」
肩をすくめ、女性は笑った。
「なるほどねぇ。……じゃ、依頼はできないわ」
「!? ど、どうして……」
「ふふ。そんな怯えなくてもいいじゃない。理由はね、ま、天井に刺さってる馬鹿が目覚めたら話しましょう。えーと、あぁ名乗ってなかったかしら。私はサーシャ。三浦サーシャ。フランスと日本のハーフで……。って、どうでもいいか」
サーシャは海みたいな色の瞳でじっと南森の目を見つめた。
「あなた、どんなVtuberになりたいの?」
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