最高のお祭り

@ns_ky_20151225

最高のお祭り

「お前といるとろくな目に合わねえな。この旅は散々だったが、これが最悪でついでに最後になりそうだ」

「それはこっちが言いてえ。バリーのバは馬鹿のバだぜ」

「ふん、馬鹿の王様はお前さ、アディー。何が、『教会があるぜ、逃げこもう』だ。ここが教会なら豚小屋は王宮になるさ」


 アディーと呼ばれた痩せたのっぽはようやく血の止まった肩から手を離した。

「遠目にはそう見えたんだ。尖った白い屋根に白い壁。こんな深い森の中なのにありがてぇって。それがインチキだったとはな」


 もう一人の太ったちびが辺りを見回す。

「いったいなんなんだ、ここは? 中には何にもなくて、色んな寸法の木ばっかり積んである。それでも屋根と壁がしっかりしてたら立てこもれたのに手抜きとしか思えねえ作りだ。おかげでもう穴だらけじゃねえか」


「月明かりが入ってきていいさ。火がなくてもなんとかなるよ。なあ、バリーさんよ」

「嫌みか。ああ、悪うございました。お前は荷物の代わりに俺がさらわれたほうが良かったってのか?」

「そうさ、何もかも無くなった。火がありゃ少しは戦えたかもしれねえし、何より聖者様の御札までなくしちまいやがった。あれほど身につけとけって言ったのに」


 その時、木が裂ける音がした。二人ともそちらを見る。


「くそっ! もう治りやがった。いくら満月だからって早すぎるだろう」

「戦え、アディー。時間を稼がなきゃ」


 二人は木の棒を構え、さっき開けた穴を拡げながら頭と体をねじこもうとする怪物を滅多打ちにした。怪物は恐ろしい声を上げ体を引っ込めたが、その時に瘤だらけの腕をさっと伸ばしてバリーの太ももを引っ掻いた。


「うわっ、畜生!」


 棒を落とし、両手で傷口を押さえるが指の間から血があふれた。アディーがシャツを裂いてきつく縛ったがすぐに赤く染まった。


「もうだめかも知れねえな。朝までもたん」

「バリー、かすり傷で弱音を吐くな」

「後どのくらいだ、日の出まで」

「まだまだだ。さっきちらっと月が見えた」

「じゃ、俺たちあの血吸い蝙蝠の餌か」

「よせバリー。縁起でもない」

「でもよ、聞いた事あるぜ、アディー。あの怪物は供養できる肉も骨も残さねえ。だから死んでも神の国へ行けないんだってよ。ずっと迷子の魂になっちまうんだ。俺ら」

「馬鹿言ってないで考えろ。勝てなくてもいい。ここは教会じゃないし、どうせ祝福された道具は無いんだから倒せない。けど時間は稼げる。とにかく怪我させるんだ。治るのに手間取ってる間に日が昇りゃこっちのもんだ」

「そりゃもっともだがアディー、なんか段々治るのが早くなってねえか?」

「うん、満月だからな。今は怪物の時間なんだ」


 バリーは足をかばいながら土がむき出しの床に座った。


「火でもありゃな。ああいう怪物には火がいいんだ。治るにしてもかなり手間取る」

「火打ち石も火口もないよ。バリーさんが荷物をちゃんと守ってくれたからな。それにここには油もない。木こりの道具置き場か何かかと思ったけど斧も鉈も何もない」


 バリーはそういうアディーの視線を追い、同じように周りを見回し、同じように諦めて首を振った。


「そうか、俺たち今夜限りか。次襲われたら頑張れそうもないよ。もう一回だけマリーに会いたかったな」

「なんだ、バリー。そのマリーってのはまさか『銀の靴』のマリーか」

「他にどのマリーがいるってんだ? ま、お前みたいな痩せっぽちは好みじゃないって言ってたぜ」


 アディーはそれを聞くとふふんと笑い、ズボンの隠しポケットから赤い石を取り出してバリーに見せつけた。


「馬鹿だな。もう一回言ってやる。お前の方こそ馬鹿の王様だ。これを見ろ。マリーの紋入り女神の涙だ。俺様こそマリーの想い人なんだよ」


 バリーは目を丸くしてアディーの手の中の赤い石を見つめた。

 そして、上着の内ポケットから全く同じ女神の涙を取り出してその手に乗せて並べた。


「糞女が」「呪われろ」


 二人は天に向かって同時に怒鳴った。穴から星が見えた。


「アディー、ちょっと思いついたんだが」

 バリーが落ち着きを取り戻して言った。

「なんだ。お前でも『思いつく』のか。そこに入ってるのは腐った野菜だと思ってた」

「いや、ここについてなんだが。もしかしたら祭具置き場じゃないのかな」

「祭具? 収穫祭か。あっ! ならこの間に合わせみたいな建物はそういう」

「そう、祭りの間だけの建物なんだ。終わったらバラしちまう。な、探そう。あれ、隠してあるんだ」


 分からなければ見つからないが、あると思って探すと早かった。半分埋めて隠してあったがすぐに見つかった。


「やったな。雷砲かみなりづつだ」


 箱の中には極彩色を施した大人の腕ほどの円筒が入れてあった。どんな祝祭でも使う物。大きな音と炎で祭りの開始を告げる為の道具だ。

 二人は顔を見合わせて笑い、そしてまた落ち込んだ。


「なあアディー。俺たち」

「分かるぞ、バリー。俺ら馬鹿一組でいくらに売れるだろうな」


 豊かな収穫を喜ぶ人々が色とりどりに描かれた円筒から火縄が垂れ下がってぶらぶらと揺れている。


「どうやって火をつける?」


 外から怪物の咆哮がする。もうほとんど治っているのだろう。そして腹を満たせるのを喜んでいるのだ。


 その時アディーがさっきの石を取り出した。


「そんなもの役に立たないぞ。女神の涙じゃ火花は飛ばない。柔らかすぎる」

「ああ、女神の涙ならな。でもあの糞女、だますのに本物を渡すはずがねえ。これが偽物なら」


 そう言ってアディーが打ち合わせると火花が飛んだ。


「見ろ。赤く塗ってあるだけだ。で、きらきらさせるために金属粉が混ぜてある。うまく打てば火花がだせる。いけるぞ」

「でもよ、蝙蝠野郎、じっと止まっててくれるはずないだろ」

「それは俺に任せろ。てか、やるしかねえ。お前は足をやられてるからこれ持って撃て。動きを止めるから頼むぞ」

「おい」

「もう考えるな。生きるか死ぬかだ」


 大きな音がして壁がたわむ。すぐに穴が空き、怪物がくぐり抜けてきた。

 蝙蝠、と言うが似ても似つかないな、とアディーは棒を振り回しながら思った。手足に皮膜があるのだけが共通点だった。

 赤い目が光っている。アディーは爪で体中引っかかれた。動きを、動きを止めなければ。足を折るんだ。


 バリーはアディーが血にまみれていくのを見ながら火縄に火をつけ準備する。円筒を脇に挟んでしっかり固定し、少しずつ怪物に近づいた。


 アディーが全ての力を込め、怪物の足を砕く。叫び声がして、黒い怪物は床に這いつくばった。


「どけ、アディー」


 アディーが傷だらけの体で横に跳び退いた瞬間、雷砲かみなりづつが火を吹き、爆音が轟いた。


「村の衆! 祭りだぞぉ!」「最高!」


 体表のほとんどを炎に包まれた怪物は苦しみながら月光によって傷を治そうとしたが、これまでのような速さとはいかなかった。

 二人は怪物を外に引きずり出して放置した。


 翌朝、音を聞きつつも恐ろしさのあまり日が昇るのを待っていた村人たちがやってきた。

 そこで彼らは破壊され、焼け焦げだらけの祭具置き場と朝日によって消滅させられた血吸い蝙蝠、そして、背中合わせに座ってぼんやりしている男二人を見つけた。


 その後、二人は手厚い看護を受けた。村の厄介だった血吸い蝙蝠を倒したのでなんのお咎めもなかった。

 そして、治るとまた旅立った。その後は平凡に暮らしたと言われているが、一説には調子に乗って怪物退治を始めたとも言う。


 また、看護を受けている間、美しくはないが気立ての良い村娘たちと仲良くなったという話も伝わっている。こちらも真実であるかどうかは定かではない。


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