導かれた果てに

TARO

導かれた果てに(最高のお祭り)

 中央官庁街。その傍らにひっそりと空き地がある。柵で閉ざされており、

『関係者以外の立ち入りを禁ず○○省』

と札がかけられている。空き地の先には朽ちかけたビルが建っていた。

 深夜遅くまで仕事をこなし、シャワーと着替えのためのみに帰宅する日々が続き、私の感情は浜辺に突っ立ている無意味な棒のようになっていた。タクシーを捕まえることさえ面倒になり、夜風に当たりながら、充血した頭を冷やしていた。そしていつしかこの柵の前に立っていた。

 柵の鍵を見ると、南京錠が壊れたままになっている。要するに出入り自由というわけだ。倫理的な自制心がなぜか働かず、開けるべく、私は手をかけていた。柵を開ける際に嫌な金属音がした。辺りをうかがいながら、そっと進入した。空き地は雑草が所々茂っている。時間からして、やや足元がおぼつかなくなっているので、気をつけて歩みを進め、ビルの前まで来た。なんら躊躇することなく中へ入っていった。

 その建物に入ると、腐臭がまず鼻を突いた。腐臭漂う廊下を進んで行くと、微かだが、甘い花の匂いが混じっている事に気付いた。

 女の匂いだ。暗く陰湿な空気の中で、場違いなその香気は、歩みを進めるたびに強くなる。言わずと知れた懐かしい暖かさが心の中に芽生えた。それは暗闇の中で道案内する堤燈のほのかな明るさだった。

 黴と、生ゴミとドブ川、吐瀉物と死骸の匂い。それらを通り越して、薔薇の香りが希望の光となって歩を進めさせているのだった。

 薄暗く、その廊下は切れかけの蛍光灯によって照らされている。時折の点滅が陰湿な印象を際立たせた、長くて狭い廊下だった。

 やや不確かな視界の中、前方に毛布が捨てられているように見えたが、近寄るとそれは犬の骸だった。死んでからまだ日が浅い様子で、未だ犬の形を保っていた。建物に充満している匂いの大半はこれが原因だろう。

 犬をやり過ごして、左手にドアを見つける。確信を得て、その向こうが花園だ、と思った。ドアを開けてそこに入るべく、ノブに手をかけた。

 急に眩しい光に包まれ、一時的に視界がホワイトアウト状態になった。視力が戻ると、昼間の屋外になっていた。そこには縁日の屋台が点在していた。舗装されていない、固い土の地面に立っていた。

 祭囃子が聞こえる。りんご飴を手につかんだ子供が脇を走り抜けていった。驚きはなかった。いるべき空間に自分が存在しているだけだと理解した。その時、今度は集団で子供達が私をすり抜けていった。見ると、子供達は一方向へ向かって走っていくのだった。

 何があるか気になって、私もそこを目指すことにした。不思議なのは自分以外に大人の存在が感じられないことだった。お面が並べられたり、わたあめが売られている屋台にしても、人がいる気配がなかった。

 子供達の目指す方向は本来神社の本殿があるはずだった。しかし、追いついてみると、そこはただ広い空間が広がっているだけだった。

 子供達は互いに手をつないで、輪になって回っていた。後からやってきた子供がそれに加わるから、輪の直径は次第に大きくなっていった。

(あの子が欲しい。あの子じゃわからん。この子が欲しい。この子じゃわからん。相談しよう。そうしよう)

 と、子供達は歌いながら回転をどんどん早めていった。私は聞いていて、違和感を感じた。この陣形はかごめかごめであるべきだった。このあとどうなるのだろうか? 回転はますます早くなり、土煙が舞うようになった。すると、歓声がにわかに巻き起こった。

 それは恐ろしい光景だった。輪の中心部に異形の鬼が現れ、子供を一人一人捕まえては地中に引きずり込んでいたのだ。誰かが捕まえられるたびに子供は喜びの表情とともに歓声を上げるのだった。

 私は涙を流していた。これこそが「最高のお祭り」なのだ。子供の頃これに参加していた記憶を思い出したのだった。私は恐ろしくなって、友達を残して逃げたのだった。

「私も混ぜてくれ」

 私は輪を目指して走った。しかし、又しても視覚消失が起こって、気づくと、官庁街の廃ビルの外にいた。

 私は現実という名の幻想にまた閉じ込められてしまったのだった。

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導かれた果てに TARO @taro2791

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