第86話 魔王
『魔王城キュリオ・キュルスへようこそ!』
魔王城!?
思わず後退りしちゃったけど、昼下がりの雑踏に押し込まれるように門を潜る。
門前での身元確認が無かったことに安堵する余裕もなく、ボクたちはフードを被ったまま、無言でフラムさんに付いていく。
広さは城塞都市チロルくらい。ただし、思っていた以上に人口が多い。石材中心の街並みは地上の王都以上に立派で、ついついお上りさん状態になる。
あ、ダメダメ! 今は不要なトラブルを避けなきゃだよ。ねぇ、アユナちゃん!
隣に肘鉄を入れたばかりのボクも、好奇心に面打ちされちゃって、フード越しに魔界の大都市を堪能する。
トカゲ、カメ、ヘビなどの爬虫類顔から、獅子や熊などの大型哺乳類もいるけど、人型魔人の割合が最も高そうな感じ。
地上の人間や獣人との違いに2つ気づく。1つは、あの燃えるような赤い瞳。もう1つは、体を纏う濃厚な魔素だ。
雑踏の中にいても、ボクたち3人が異質だということは目を見るより明らかで――。
背中を冷や汗が走る。
いつの間にか2人と繋いでいた手は、どっちの汗かわからないけどベタベタになっている。
立ち寄ったことを後悔しながら、おどおどびくびく歩くこと10分間――ボクたちは
3人が全力で放つ、人目を避けたいオーラをフラムさんが感じ取ってくれた結果だった。
嫌がらせの意図はないけど、店員を無視して敢えて隅っこに座る。
うっ、蒼髪狐顔店主の眼光が怖い。
思わず目を背けていると、テーブルにコトンという音が響く。黄色髪の狐店員が水を持ってきたらしい。
客に無関心な彼と、オーダーも取らずに戻って行く無愛想な彼女――案の定、どちらにも鑑定眼が効かない。
「クルン怖いです」
「1番ヤバイのは私だからね。天使だってバレたら食べられちゃう!」
『確かに人間や天使は希少種だが、捕まえてどうこうする奴はいないだろう。意外と人気者になれるかもな』
「それは、フラムさんが善い人だからそう思うんだよ。逆にね、地上の町で魔人が歩いていたら大パニックだからね」
いざとなれば、時間停止や転移を使える安心感からの冒険心だったとはいえ、ボクの心臓は今でもバクバクが止まらない。
『だが、この自由都市キュリオ・キュルスが魔王城になったというのは、俺も初耳だな』
「ま、魔界には魔王がいるです?」
『いるぞ』
「もしかして、その魔王が地上に召喚されるとか?」
『地上の事情は知らぬが、魔界では力のある魔人が魔王となって国を作るんだ。かつては50近くあったんだが、ここ200年は3つのまま安定している』
魔界の王様だから魔王、当たり前か。
地上に現れる魔王は、魔物の王様とか魔法の王様かもね。
「あわわ、魔王が3人もいるです? 毎日戦争してるです?」
「リンネちゃん、やっぱり帰らない?」
涙目のアユナちゃんに、ボクの勇気が流されかけるのを、心臓を押さえて耐え凌ぐ。
『大丈夫だ。3魔王の力が拮抗しているから、戦争は滅多に起きぬよ』
そう言って、フラムさんが魔界の勢力について説明してくれた。
魔界最強と噂される魔王が、北王ノクト。地上の北東の町ヴェルデ辺りに城を築いているという。北王四天王を中心に少数精鋭の強国らしい。
そして、最大版図を誇るのが南王カーリー。地上だとクルス光国を中心に、南の大森林やティルス、カイゼルブルクまで含める広大な領地と、強力な魔人兵団を保有する。
最後の1人は最も新しい魔王で、西の新王リド。王自身もノクトに迫る強者だけど、双子の副王リズも、北王四天王を凌ぐ実力だと言われている。西方のニューアルン辺りを中心に、勢力は北王の半分ほどしかない。
『どの国も魔王が飛び抜けて強いからな、結局のところ、戦の勝敗は魔王個人の差になる。だが、勝ててもかなりの消耗を強いられ、第三者に滅ぼされるだろう。かといって、彼らには同盟という思考は無いらしい。だから、200年間も牽制し合っているんだ』
似たようなアニメを見たことがあるかも。そういえば、あの話は結局どうなったんだっけ。
「ちなみに、この都市を魔王城にしてるのは南王カーリー? というか、魔王城ということは、魔王がここに居るってこと?」
クルンちゃんとアユナちゃんが、肩をびくっと動かして、わなわな震えている。
出会ったらすぐ逃げるからね!
『さぁな。この中央平原は、俺の知る限り今までどの勢力にも属した歴史がなかったはずなんだが……まさか、第4の魔王が現れたのか!』
『そいつは違うな』
店主だ――。
フラムさんの背後から大股で歩いてくる。
「最近、地上からの客人が目立つな」
「地上って、もしかして……ウィズ?」
狐店主の眼が鋭く光る。
魔人ガルクを彷彿とさせる威圧感。同じ狐でも、クルンちゃんやクルス君の癒しとは対極だ。
『お前ら、あれの仲間か?』
どう答えるべき?
アユナちゃんもクルンちゃんも震えながら抱き合ってる。
店主の見透かすような目にぶつかる。嘘を付いても見抜かれてしまうような瞳の光。
「敵です」
目を逸らさず、はっきりと断定したボクに、店主は少し表情を崩した。
『……そうか。ならば同志だ。聞いてくれ』
店主はフラムさんの横に座る。
まぁ、自分の店なんだから座るのに許可なんていらないけど、場所が悪い。よりによって、ブルブル震えているアユナちゃんの正面に座るなんて。
ボクは優しいので、そっと席替えしてあげた。
『鬼人のウィズレイと――』
「ウィズレイ?」
『そうだ。そいつとサキュバスが初めて来たのは2週間前だ。奴め、キュリオ・キュルスに新王リドを連れて来やがった!』
「えっ? 拉致してきたみたいな?」
『ふふっ』
『そうではない。地上の魔人は魔王に匹敵する魔力を持っていやがるのだな。そのうち勢力図が大きく書き換えられるだろう』
店主はアユナちゃんに優しく微笑むと、笑い声の主を振り返る。
再回転しても怖い顔が残っていて、アユナちゃんが悲鳴を上げそうになる。
「えっと、そのウィズレイが白髪の鬼人族なら、地上の、魔王直属の、魔人ウィズのことだと思います」
『地上の魔王だと?』
『魔神が産み出した存在らしいですよ』
『なんだと!』
「店主さんは、魔神を知っているんですか?」
『噂だけだがな。魔神の存在は、もはや伝承のみだ。1000年も前に当時の4大魔王が連合して神狩りを敢行したらしいが、赤子の手を捻るが如くに敗北したそうだ。それ以降、東の
魔神、絶対にヤバいって!
それにしても、ウィズの目的が気になる。
三つ巴で安定していた勢力図を無理矢理に動かすとか、魔界で戦争を起こすつもり?
でも――。
「ウィズは、魔族と人間の共存を望んでいると言っていました。魔界を統一することは、その一歩になりますか?」
『それは、誰が統一するのかによるな。新王リドを選んだのは、単に恩を着せやすいと考えたのだろう。北王ノクトや南王カーリーに与するより利があると考えたか、それとも共倒れを狙っての策略か』
「共倒れって、まさか地上の魔王が魔界も支配することまで考えているとか」
店主がボクの独り言に苦笑いを返す。
会話が途切れるタイミングを待っていたかのように、狐のウェイトレスが軽食を運んできた。ボク、お金無いよ……。
『魔界と地上界の統一は、リンネたちにとっても良いことじゃないのか?』
肉料理を遠慮なくつつきながら、フランさんが会話を繋げる。
「そうなんですが、ウィズが復活させようとしている地上の魔王は、人間を滅ぼす邪悪な存在なんです。だからボクたちは魔王と戦います。話が通じなければ……力づくで倒すしかない」
魔王が世界の平和を求める存在なのかはわからない。今のボクにはリーンの言うことを信じることしかできないし。
『魔王を倒す? お前が?』
店主とウェイトレスの眼が金色に光る。
4つの魔眼がボクたちを見定めている。
「リンネ様は優しいし、強いです! それに、秩序神リーン様もいるですし、魔神もクルンたちの味方です!」
相手も狐だからか、クルンちゃんが頑張って援護してくれた。
「ありがと。うん、ボクは非力ですが、たくさんの頼れる仲間がいます。地上が魔王に支配されることはありえません」
『そうか。俺らも人間とは仲良くしたいと考えている。魔族と人間との共存か。楽しみだな。そんな時代がくれば良いな』
店主が再び優しい表情に戻った。ウェイトレスもにっこり微笑んでいる。意外と可愛い!
『俺らにとっても、魔界統一は歓迎されるべきことかもな』
「地上もそうですけど、“誰が治めるか”だと思いますよ。地上の王も3人いるんですが、皆、頼れるボクの仲間たちです」
「クルンの弟も王様してますです」
クルンちゃんが無い胸を頑張って張る。
魔人たちは驚きの表情を浮かべている。
正直、どっちに驚いているのかわからない。
『お前らは一体何者だ?』
こうなると、あのお調子者が生き返る展開しか想像できない――。
「私たちは! 伝説の銀の勇者、リンネちゃんに召喚された英雄で、今はあの有名な、秩序神リーン様の使者だよ!」
「ほらきた。アユナちゃん――」
『神の使い、だと? ふふっ……はははっ!』
「何がおかしいです?」
『すまん。俺はリドだ。こいつはリズ。ウィズレイに連れて来られた西の新王は、俺だ』
「「えっ!?」」
店主が魔王リド、ウェイトレスが副王リズ……冗談でしょ?
こんな寂れた食堂で魔王が何してんの?
フラムさんがまた気絶しそうだ。
『騙して悪かったな。元より俺は国政なんかより料理を作る方が好きでな。玉座に座る暇があれば新メニューを開発したいんだよ』
新王リドが優しく微笑む。
副王リズも、お盆で口元を隠して笑ってる。あ、やっぱり可愛い!
こんな魔王が魔界を統一したら楽しそうだね。
「信じます。これも世界の意思でしょう。ウィズが貴方たちに協力するのもわかる気がします。ウィズはやはり平和を望んでいるのかもしれません」
『いや、勇者リンネだったか……俺はウィズレイを信用できんのだ。奴は俺らを利用したいだけだ。俺らの魔眼は運命を映す。奴自らが魔王となって魔界を支配する世界が一瞬だけ見えたのだ』
「ウィズが魔王に? 彼はそんなに強くないと思いますが――」
『地上で生まれた魔人は異質の魔力を持つ。地上に満ちた憎悪や悲嘆の感情が濃密な魔素を集めるのだろう。奴は強いぞ。少なくとも南王カーリーよりはな』
地上の魔人はある意味、人間が産み出したようなものなのか。今の混沌とした地上界が産み出した存在なら、強いのも頷ける。
それにしても、運命を映す魔眼か。ボクたちはどう映ったんだろうね。
「ボクは他の魔王を知りませんが、貴方たちなら魔界を統一して平和を築いてくれると信じています。でも、ウィズは敵です。会えば戦いになるでしょう。なので――」
『――あぁ、わかっている。平和か。ウィズレイの力を借りれば容易く魔界は統一できよう。奴が平和を望むのなら、魔王の座を譲ることも
「それはボクたちも望むところですよ。絶対に、ウィズの好きにはさせません!」
『同志よ、感謝する! あと、頼まれ
★☆★
ボクたちの寄り道は終わり、再び魔神の居所を目指してスノーの背中に乗っている。
「本当にあれで良かったです?」
「ん? 魔王に力を貸すこと?」
「違うよ! クルンちゃんが言いたいのは、最後の魔王の頼みのことだよね?」
「ですです!」
「あぁ、そっちね。うーん、大丈夫じゃない?」
「最後、『リンネさん、また会えたら結婚してください!』って声が――」
「気のせいだよ。さ、寄り道し過ぎたから急がなきゃ!」
正直なところ、カラコンで赤い瞳を何とかしたら結構なイケメンなんだよね。いわゆる細マッチョで、地球なら、ダンサーをやっていそうな好青年。
そんなイケメンだからなのか、新王リドの要望は、フラムさんを魔王食堂で雇うことだった。
フラムさんは泡を吹きそうなくらいに嫌がっていたけど、地上に連れ帰るわけにもいかないし、待遇も良かったし、置いてきた。
もしかして、リドさんはその辺りを考えて引き取ってくれたのかもね。たくさんの料理と引き換えに――。
「リンネ様が、フラムさんを売ったです! クルンもそのうち売られるです!」
「売らないよ!」
「私が寝てるときに羽を抜いて、クランの人たちに売ってたよね?」
「バレてた!」
「ひゃあ~!怖いです!」
皆が天使の羽を欲しがるんだもん。御守りにするって。ボクもこっそりしてるんだけどね。
次第に影が長くなってきて、西日を受けた背中が温かい。
魔界での2日目が過ぎ去っていく。明日の午後には東の大神林に到達するだろう。もう後戻りなんてできそうにない。弱気な気持ちは頭から追い出そう。
でも、魔神――怖いです。
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