第64話 ティルス攻略戦
朝9時過ぎ、ボクたちはネルヴィム家当主ネルヴィムと向かい合っていた。
『派手に動き回っているそうじゃないか』
鼻の下から伸ばした白い髭を左手で引っ張りながら、鋭い眼光の老人が嘲笑を浮かべてボクたちを睨む。
王宮さながらに
話は遡ること3時間前――。
夜明けと共にボクたちは既に行動を開始していた。
ギルド支部長スルトからの情報で、奴隷商人の所在は全て把握していた。そこを片っ端から訪れて、あらゆる奴隷を買い集めた。
中には獣人やエルフ、ドワーフ、ノーム等の亜人と呼ばれる種族もいた。戦闘奴隷、労働奴隷、性奴隷……用途も様々であり、多数の若い女性も混じっていた。
嫌悪感をぐっと堪えて5つの奴隷市場から25人の奴隷を購入した。価格は7000~300000リラ。合計375000リラ(3750万円)。メルちゃんがギルドに買わせる約束をしてくれなければ、完全に破産していた。
ボクたちは、購入した奴隷全員を伴ってギルドに戻った。
ギルド側も全面的に協力してくれたお陰で、審査は最優先かつ迅速に行われるそうだ。
その後、支部長とマールさんが奴隷たちに全ての事情を説明してくれる予定になっている。
ギルドを早々に出たボクたちが向かったのは、三凰の一角、豪商ネルヴィム家の屋敷。
今朝からボクたちが動き回ったせいか、昨晩の暗殺未遂失敗のせいか、ネルヴィム家も蟻の巣をつついたように慌ただしい様子だった。
朝9時の開門を待って屋敷を訪れると、何の妨害も受けることなく、ボクたちはネルヴィム本人の元へと通された。
「貴方を特別捜査官の名において捕縛します」
『理由を言ってみろ。不当な理由でそんな戯れ言を申すのならば命を惜しまないよな』
「昨夜のボクたちに対する襲撃です」
『何の話だ? わしは知らんぞ?』
「ネルヴィム家に列なる者、ターシス家の嫡男が起こした一連の犯罪、そしてボクたちに対する報復行為は全て彼自身からの自白を得ています。下の者の罪は上に立つ者が責任を取る、違いますか?」
『ふむ。知らぬ存ぜぬでは済まないのぅ。良かろう、ターシス家を取り潰した上で他家への立ち入り調査を行おう。それで十分じゃろ?』
「それは第3者が行います。繰り返しますが、貴方がすべきことは責任を取ることです」
『賠償すれば済むことだ。それ以上にわしを捕縛する理由にはならん。権力濫用甚だしいぞ!』
「1つの家族の命が失われたんですよ。両親が目の前で過労と毒により命を失った。残された娘は性奴隷として買われた。貴方は命を何だと思っているのですか!」
『ふん。わしが直接に命じたことではないしな。わしを捕縛する理由にはならんな』
「貴方は……奴隷商人5人を抱えていますね。彼らが違法な亜人取引を行ったり、善良な民を無理矢理でっち上げた犯罪で奴隷堕ちさせている件は、十分に貴方を捕縛する理由になりますよ」
『聞き捨てならん! わしらは違法行為などしておらん。奴隷取引条項にある通り、亜人といえど犯罪行為をした者は奴隷として売買可能なはずだ。善良な民だと? 犯罪をでっち上げだと? 証拠すら出さずに、言い掛かりはよせ!』
「証拠ですか? 証拠ならありますよ」
『なんだと?』
「奴隷たちの大半は身分証明書として冒険者カードを持っています」
『それがどうした。そんなのはわしも持っているわ。冒険者登録してあれば奴隷取引が出来ないなんて条項はないぞ!』
「失礼ですが、冒険者カードを見せていただいても?」
ネルヴィムはボクに冒険者カードを投げつけた。ボクはそれを拾うと、ギルドから借り受けたステータス表示機材に乗せ、印字させた。
◆名前:ネルヴィム
種族:人族/男性/67歳
職業:平民/豪商
クラス/特技:魔術師/多数
称号:ティルス三凰、億万長者
魔力:28
筋力:42
★犯罪歴:殺人121、強姦45、詐欺275、違法取引741――。
「貴方のカードを更新しました。冒険者カードには、実は犯罪歴の隠し表示がある。貴方の犯罪歴も全て記載されています。ちなみに、ティルスで今朝ボクたちが購入した奴隷25人も全て調べましたが、誰一人として犯罪歴は無かった! 言い逃れはできないぞ、極悪人ネルヴィム!!」
『なんだと……糞スルトめ! そんなこと一言も……このガキ共を捕まえろ! 殺しても構わん!!』
ネルヴィムは回りを囲む護衛兵に命じる。
ボクも、メルちゃんもレンちゃんも動かない。
居並ぶ20人の護衛兵は、誰一人として動かない――。
「皆さん、ネルヴィム一家とそれに列なる犯罪者の捕縛をお願いします」
「「はっ!」」
『なんだと!? お前たち、何をやっている! わしの命令が聞こえないのか!!』
「残念ながら、護衛の方々は既にボクたちの味方です。諦めてください」
そう。
昨晩の暗殺未遂の後、すぐにボクたちは軍属ハーマン家を訪れ、同様にして捕縛を終えていた。
今頃は、犯罪歴の無い副官が長となり再編を急いでいるだろう。
今日この場に居る護衛兵は全て彼の指示で新たに派遣され者で、当然ボクたちの味方として動くことになっていた。
事情を理解したネルヴィムは、虚ろな表情で連行されて行った。暴言を吐いたり命乞いをする気力も無く。
「リンネちゃん、凄いよ! 全く血を流さずに三凰のうち2つを潰すなんて! 惚れ直したよ!」
「リンネちゃんは私たちの自慢の勇者様ですからね! 凄いのは当たり前です」
頼もしい2人が褒めてくれる。今のところ上手くいっているのは皆の協力のお陰だ。1人の力ではない。
というか、ギルド支部長のスルトさんは、捕縛するタイミングを伺っていたんでしょうね。単純に勇気と行動力が無かっただけで。
「メルちゃん、レンちゃんが手伝ってくれたからだよ。ボク1人じゃ何にもできない。本当にありがとう。でも、喜ぶのはまだ早いからね? 残り1つ。最凶最悪のボスキャラがいる」
「領主ガジルですか。リンネちゃん、何か作戦はあるんですか?」
「同じように冒険者カード使えないの? 今度はあたしがやりたいな! お前の犯罪の証拠はここにある!みたいな。ダメ?」
「無理だと思う」
「えぇ~!? なんでよー!」
「彼の場合、直接何かをしたというよりも、誰かが悪いことをするのを黙認したという程度。犯罪者として捕縛するのは難しいと思うんだ」
「なるほど、不作為犯ですか。確かに冒険者カードには記載されないかもしれません。難しいですね」
「リンネちゃん、どうするつもり?」
「ん~、先が読めないけど、手はあると思う。2人にも協力してほしい。ボクが書面を作るから――」
★☆★
ボクたちは、三凰最後の砦、領主ガジルの屋敷に来ている。
もう日が暮れそうな時間だ。ガジルを追い詰めるための準備に6時間も費やした。
ただし、そこまでしても、どっちに転ぶかわからない戦いになりそうだ――。
ボクたちは、門兵に連れられ屋敷の中を歩いて行く。
ネルヴィム家同様、目を見張るような調度品や絵画、武器防具の類いが飾られている屋敷は、下手な王族なら鼻血を出して倒れてしまいそうなほど豪華だ。
これだけたくさんあるのなら、1つくらい貰いたいなと思ってしまうのは貧乏性故か。きょろきょろ歩いているうちに、残念ながら領主の執務室に到着してしまった。
「リンネと申します、遅い時間にすみません」
「メルです」
「レンです」
『噂に名高い勇者諸君は……随分と若くて綺麗なのですね。ようこそティルスへ! 私はティルスで領主をしているガジルと申します。食事を用意しています。食べながらお話を聴きましょう』
「お誘いは嬉しいのですが、ボクたちはあなたを失脚させるために来たのですから、折角のお料理も美味しくないと思いますよ」
レンちゃん、こっち睨まないで。
『それはそれは……穏やかではないですねぇ。私がいつ何をしたというのですか?』
「税金で懐を温めているのもありますが……あなたの罪は、どちらかというと……すべきことをしなかったということですかね」
『私は15年間、ティルスの平和を守ってきたのですよ。この世界に来て1ヶ月にも満たないあなた方に批判される謂れはありませんね』
この人、ボクたちのこと調べ尽くしている……。
「ティルスの平和、ですか。善良な民を毒殺したり奴隷堕ちさせたりする輩を放し飼いにしている町は平和なんですね」
『ネルヴィム商会の件を言っているのなら、その批判は筋違いでは? 私は神ではないのでね、彼らがどこで何をしているのか、その全てを把握できませんよ。把握している犯罪については科料や罰金を科していますよ』
そう言いながら、金髪紳士なガジルがにやりと笑った。
犯罪を見逃す代わりにお金を貰っていたのか。
「ネルヴィム家もハーマン家も犯罪が露見して潰れちゃいましたね。今後は、こんな豪華な食事ばかりだと赤字になりませんか?」
『勘違いをしているようですが……財政上の公私混同、それこそ犯罪じゃないですか。私は犯罪を憎む。だから、君たちがティルスの平和のために尽力してくれたことに深く感謝しているのですよ』
案の定、尻尾を出す気配はない。
確信犯だとしたら凄く
もう、こっちもカードを切るしかないね。今度は、冒険者カードじゃないよ?
「まだ道半ばですので、全てが片付いたときに改めて今の言葉をください」
『そうですか……勇者様は大変に謙虚でいらっしゃるようだ。ではこの辺で……』
「まだお話の途中ですよガジルさん。いや、ミュラーさんと呼ぶべきでしょうか」
ガジルの表情が一変する。
猛禽類もかくやというほどの鋭い目付きで睨んでくる。
「ボクは《
『……』
ミュラーは苦々しい顔で無言を貫く。
流れが変わる。
ガジルさんのあの目は――。
もしかすると、レオン王子と同じ?
今が攻め時だ。
「ミュラーさん! あなたはガジルさんに《洗脳魔法》を掛けて成り代わった、そういうことですね?」
『……確かに、魔法を使った。それはあいつが無能だからだ! ティルスのためだったんだ!』
ボクは無言で話の続きを促す。
『私は、王族の傍系であったブランデン家の使用人の息子で、当主の長男ガジルとは幼馴染みだった。魔法を極めんと日々修練に励んだ私と違い、奴は毎日部屋に籠って本ばかり読んでいた。あいつには何の才覚も無かったからな、時間を潰すだけの怠惰な生活が似合っていたよ。そんなある日、ガジルをティルス領主にとの推薦がきた。無能なガジルをだぞ? 私の方が有能なのに! 直後、ブランデン家は原因不明の火事で全焼、彼の家族や使用人は全員死んだ。つまりは、引き籠りがちだったガジルの風貌を知る者は居なくなった――。
まさか、《鑑定魔法》を持ち、かつ私よりも魔力が高い者が現れるなんてな。だが、勘違いするなよ。私は放火をしていない! それに、無能なガジルに代わってティルスのために命懸けで尽くしてきたんだ! 失脚させられる理由にはならん!』
話を聴いたあと、少し間を開けて、ボクは最後のカードを切る。
「ガジルさんをティルス領主に推薦したのは誰かわかりますか?」
『何を言っている。ティルス議会の――』
「そう。ティルス議会の長老会。領主を推薦する権能を有する6人からなる組織」
『お前、何が言いたい?』
「ボクの手元には6枚の紙がある」
ボクは《
「ここには長老会6人の署名が入っている。内容は――」
『や、やめろ!』
「内容は、領主任免に関する法律第28条2項但し書き――つまり、6人全員分の領主解任請求だよ。長老会は、現ティルス領主ガジルを全会一致で解任することを決定した。これはもう覆らない事実。あなたの領主ガジルとしての人生はもう終わりです、ミュラーさん」
★☆★
その後、ミュラーや彼の元で私腹を肥やしていた官吏一同は衛兵たちに取り押さえられ、連行されて行った。
ボクは、レオン王子にしたように、ガジルさんに電気ショックを与えて一時的に意識を奪い、《
ガジルさんはすぐに無事に意識を取り戻した。少し髪の毛がチリチリになってるのはご愛嬌。
レオン王子と同じように洗脳中の記憶もあるようで、説明の手間が省けて助かった。
「これで三凰は全て潰したね。後は本物のガジルさんが領主として認知されるだけだね。気掛かりなのは、一緒に官吏が捕まったので人手が足りなくなっちゃったことかな?」
「リンネちゃん、ミュラーがガジルを洗脳して成り代わっていることを知っていたんですか?」
「ううん。さすがに、《
「解任請求だけだったら、こうはならなかったんじゃない? リンネちゃん、どうするつもりだったの?」
確かに、領主には長老会の決議に対抗する即時抗弁権と議会解散権があるそうだ。
でも、どちらもガジル本人の署名が必要なんだよね。それが、ミュラーが潔く負けを認めた理由だと思う。
「実はね、北の大迷宮で出会ったフェンリル伯爵家にこっそり協力をお願いしてたんだよ。ブランデン公爵家と交友関係があったらしいから」
《転移》で会いに行ったときに散々告白されたことは、面倒だから伏せておくね。
「リンネちゃん! やっぱりリンネちゃんは私たちの自慢の勇者でした! 私はずっと付いて行きます!」
「まさか本当に1日で、しかも血を流さずに三凰を潰すなんてね! もはや伝説の勇者だよね! あたしの全てを貴女に捧げます!」
また2人がボクに忠誠ポーズを始めたよ。正直、そういうの要らないんだけど!
「ま、それでもダメだったら、最終手段も考えてたけど――」
『話の途中すまないが、
「「「えっ!?」」」
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