第8話 盗賊団との遭遇

 直感がささやく。

 これは盗賊による襲撃だ、と。


 盗賊や海賊・山賊なんて、まるっきり物語やアニメの中の存在で、しかもそれは、悪者ではなく正義の味方だったりもするんだけど――。


 どうする?

 どうすべき?


 まず採るべき行動は、一に観察、二に観察だ。三も四もいらない!

 冷静に、冷静に、とにかく、冷静に状況を見極めるしかない。どちらに正義の鉄槌を下す必要があるのかを!


 馬車は2台――。

 馭者ぎょしゃと見られる人は既に地に伏している。

 他にも10名を超える死傷者がいるようだ。


 護衛と見られる5名くらいを、粗雑な皮鎧を着込んだ20名くらいが追い込もうとしている。その集団の中でも、特に目立つのは大剣を掲げた大男。

 さっきの怒鳴り声の主は、馬車の護衛らしき赤髪の男だった。お互いから非難とも罵倒とも取れる言葉が飛び交う。


 これは、物語的によくあるテンプレ?


 護送中のお姫様を襲う下劣な盗賊。

 もう駄目だ!という絶妙なタイミングで現れて、あっという間に盗賊を蹴散らすチート主人公――。

 あまりにもタイミングが良すぎて、助けるならもっと早く出てこいよ!と、突っ込みたくなるのは視聴者共通の認識だよね。


 ボクはチート主人公じゃないけど、すぐには出られない気持ち、今なら全力でわかるよ!

 だって、敵が多過ぎるもん。助けなきゃという気持ちはあるけど、最弱のボクが出て行ってどうにかなる状況じゃない。


 それに、まだどちらが悪者かの判断がついていない。

 実は馬車の方が悪者(誘拐犯とか)で、それを追ってきた冒険者達が――という裏王道的なオチとか、実は映画か何かの撮影で、調子に乗って乱入した主人公が演技を台無しにしてしまい、損害賠償を請求されて奴隷に――という恐怖のオチとか。



「後ろ!」


 え?


 背後から接近する気配――ボクは振り返りながら、咄嗟に黒い棒を一閃する!


「ぐおっ!」


 確かな手応え――人を殴った感触が手に残っている。


 ボクの足元には、短刀を握ったまま地に伏す男が1人。

 うつ伏せに倒れているので顔は見えないけど、服装的にあの大男の仲間である可能性が高い。


「リンネちゃん、今の動きは良かったわ!」


「あ、急にボールがきたので――」


 お父さんの口癖が反射的に口から零れ出てしまった。

 他にも『これはメ○ゾーマではない、メ○だ』なんてバージョンもあった気がする。どっちも意味はよくわからないけど。


「ボール? お股についてるやつ?」


 気絶している男の両手を縛りながら、リザさんが訊いてくる。


「ううん、全然違います。今のは忘れてください」


 リザさんがいなかったら倒れていたのはボクの方だったかもしれない。前方に気を取られ過ぎていて、隙だらけになってしまった。

 相手の短刀が目に入った瞬間、咄嗟に躱して鳩尾に《攻撃反射カウンター》の突きを放った。攻撃をある程度認識したうえで回避しないと、この魔法カウンターは発動しない感じ。

 上手く決まって良かったけど、この世界では生死が紙一重なんだと改めて気づかされた。


 布袋から水筒を取り出す。

 両の掌にたたえた水面に、ボクの顔がぼんやりと映る。

 すす汚れた顔をしっかり洗うと、碧く澄んだ瞳、小さな鼻と口が輝きを取り戻す。優しく綺麗だったお母さんを思い出した。

 不思議と、激しかった動悸が次第に収まっていく気がした。



 街道を見下ろすと、未だに罵声と金属音が鳴り響いている。


「リザさん、どうしましょう?」


「人間同士の争いに興味はないけど、どうしてこんな場所に姫が――」


「姫?」


 全員オジサンだよ?

 どこにもお姫様っぽい人なんて見えないけど、まさかこの中に!?


 あ、馬車の中か。

 ということは、やっぱり“護送中のお姫様を襲う下劣な盗賊をチート主人公がやっつける”という流れなのかな?


「ううん、何でもないわ。馬車の側に加勢しましょう、悪者はあっちよ」


 リザさんの視線の先には大剣を振り回す大男とその取り巻きが10人ほど、馬車の護衛を森の縁へ追い詰めようとしていた。


「劣勢、ですよね――」


「そうね。私が使える魔法は2つ。ヒールとシルフ召喚よ。ただし、例の症状が起きるから1時間に1度しか使えないけど」


 1時間に1度って……。

 まぁ、1日に1秒のボクに文句を言う資格はない!


「シルフって、風の精霊ですよね?」


「えぇ、風の下位精霊。風の力で矢をらせたり、炎を弱めたり、砂塵を起こすことができる」


「それは凄――」


「リンネちゃん、後ろ!」


 また!?

 棒を持って振り向いた先には、ボクの2倍を優に超える巨大熊が!


 大森林なんて大嫌いだ!

 命がいくつあっても足りない!


「待って。グリズリーの眼が緑色」


 リザさんが驚いた表情で見上げている。確かに、眼は赤く光っていない。敵意がない証拠だ。

 ボクのことをじっと見つめながら、ひたすら鼻をひくひく動かしている。


 そして、巨大熊は怯えるようにして走り去って行った――。



「何だったんだろう」


「不思議ね。でも、ある程度の推測は付くわ」


 リザさんがにやけ顔でボクを見る。


「推測、ですか? どんな?」


「訊かない方が良いわよ、貴女自身のためにもね!」


 焦らされると逆に訊きたくなるよ!


 何だろう?

 大森林にやってきた魔人、戦意を失った黒ウサギやトレント、逃げ出した巨大熊グリズリー――もしかして、ボクが復活が近いと噂されている魔王だったり?




 ★☆★




 確たる勝機を見出せないまま、ボクたちは参戦を決意する。


 崖を一気に駆け下り、大森林を背にして止められた馬車の後方に詰め寄る。


 そして、一旦呼吸を整えてから、護衛の兵士に向かって叫びながら飛び出した。


「馬車の皆さん、お手伝いします!」

「風の精霊シルフさん! 私に力を貸して!」


 リザさんが、かざした杖の先端を2度3度と振り回す。


 すると、地面から猛烈な旋風つむじかぜが湧き起こり、包囲網を敷こうとしていた盗賊団に向かって砂塵の嵐が吹き荒れる!


「あっ!」


 ボクの口から思わず漏れた小さな悲鳴。


 風でふわりと捲れ上がったリザさんのスカートの中、見慣れたボクの白パンがあった。

 やっぱり――でも、今はそれどころじゃない!


 2人、砂塵の直撃を逃れた盗賊がボクとリザさんに肉薄していた!


 どうする?

攻撃反射カウンター》で対応するにも、相手は2人。しかもこっちには今にも眠りに入りそうなリザさんが居る。


 その時、さっきの推測を咄嗟に思い出した。

 うん、一か八かだけど、試す価値はある!


「おい、下等な人間ども! 我に従え、我の前にひざまずけ、そして我の足をめるのじゃ!」


 暗黒魔剣を振り上げて、威厳たっぷりに宣言する。

 もしボクが本当に魔王だったら、こんな盗賊の下っ端くらい軽く脅すだけで従わせることができるはず。


 彼らはボクをじっと見つめた後、すぐに目の色を変えて五体投地を始めた。


「はい、ただちに!」

「おい、俺が先だ!」

「俺が言われたんだぞ!」


 2人は争うようにしてボクの足に迫る。


 あぁ、やっぱりボクは――。


 エリ婆さんの皺くちゃの顔が、アユナちゃん一家のおイモが脳裏に浮かぶ。

 今までとても良くしてくれたのに、裏切る結果になってしまって申し訳ない。隠していたい、言いたくない。でも、言わなければいけないことなんだ!


 深い絶望の中、勇気を振り絞り、リザさんに真実を告げようと口を開く。


「リザさん……もしかしたら……ボクが、魔王かもしれない――」


「なに、バカなこと、言ってるの……これは、ただの……変質者よ」


「えっ? 変質者? うぇ?」


 真実を理解したボクは、咄嗟に足を引いて逃げ出した。



「拘束させてもらう!」


 その時、背後から迫った護衛たちが盗賊を押さえつけた。

 盗賊たちは、しばらく足、足と騒いでいたけど、猿轡さるぐつわめられた後は諦めて空しくこうべを垂れた。


「助力感謝する! しかし、可愛いお嬢さん。ここは危険だから馬車の奥に隠れて。その、寝ている女性も一緒に」


「いえ、ボクも戦います。でも、この変質エルフは馬車の方で休ませてください」


 蛇の道は蛇――ことわざ辞典に載っていた言葉。まさに、こういう意味なのね。ボクは下着泥棒に肩を貸し、馬車の中へと送り届けた。


「お嬢さんも安全な所で――」


 純朴そうな白髪の青年が心配そうに声を掛けてきた。

 でも、死者が増えるのをこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。だって、敵も味方も関係なく、死んだら終わりなんだから!


「エルフの村から来ました! ここはボクに任せてください!」


 たった1秒の《時間停止クロノス》と《攻撃反射カウンター》で何とかなるかわからないけど、やるしかない――。


「エリザベート様のお弟子さんか! おい、お前ら! 見惚れてねぇで動け! ともかく、背後だけは取られるなよ! 前は4人、左右を2人で馬車を死守しろ! いや、お前らもなるべく死ぬなよ!」


 どうやらボクの参戦も認められたみたい。

 しかし、護衛隊長らしき赤髪のおじさんが大声で指示を出すが、護衛4人は茫然と突っ立ったままで反応がない。まるで時間停止魔法クロノスのように固まっている。


「「か、可愛い……」」


「お前ら、晩飯抜くぞ! 可愛いお嬢ちゃんの前で恥をかくなよ! どうせなら、精一杯かっこつけろ!!」


 呆れ顔の隊長さんが一喝し、げきを飛ばす。


「勝利の女神降臨だ!」

「生き残るぞぉ!」

「「うぉぉ!!」」


 満身創痍まんしんそういの男たちが、剣を掲げて一斉に吼えた。




 砂塵が止む。


 次第にはっきりとしてくる視界には、大男を中央に据え、大勢おおぜいの盗賊が陣を敷くように身構えていた。


「長! ラルゴとゴルグレッソが捕まりました!」


「ちっ、情けねぇ面だぜ! だが、大勢たいせいは変わらん。今すぐ降参するなら、命だけは保証してやる!」

 

 辺り一面に響き渡る声で大男が怒鳴る。


 居並ぶ盗賊団は12人、対してこちらは護衛5人とボクだけ――でも、武器を下ろそうとする者は誰もいない。



 その様子を見るや否や、大男が手下を鼓舞する。


「護衛を片付けて女を拉致るぞ! お前ら、地獄より天国が好きだろう? 斬り刻めや!!」


「「おぅ!!」」


 20mも離れていながら、ボクの耳元には盗賊たちの雄叫びがはっきりと聞こえてくた。



 まさに一触即発の睨み合い。

 でも、ボクは生死を賭けた戦いなんか、絶対に望まないんだから!


「待って! 提案があります! 折角だから、楽しみませんか? 勝ち抜きの団体戦で!」


 殺気溢れる間合いに入り、場違いの提案をしてしまう。


 やっぱりボクは、平和ボケした日本人なんだ――でも、それがいい。自然と満面の笑みが零れた。

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