第5話 試行錯誤がもたらすもの

 あー、びっくりした!


 この世界の価値観なのか、エルフの恋愛観なのかはわからないけど、すっごく積極的。


 告白って、とっても勇気がるよね。本気で好きになった相手だと特に。だって、普通は好きな子と目が合うだけでも心臓バクバクで固まっちゃうもん。告白できる子こそ本物の勇者だよ。心の底から尊敬しちゃう。

 と言いつつ、ボクは両想いよりも片想いの方が気楽でいいんだけど!


 ボクの心臓も、さっきからドキドキが止まらない。


 理由の半分はさっきのプロポーズだけど、残りはこれから行うある実験のせいだ。


 ボクがエリ婆さんたちの話を聴いて考えたこと、それは、強くなるための方法だ。

 魔法が心の強さなら、そしてイメージに依存いそんするのなら、何か方法があるのかもしれないでしょ?

 だって、誰かを守るために、他の誰かの命を奪う必要があるなんて酷すぎるし、矛盾しているから。それが、この世界を創った邪神アイツのルールなら、ボクは絶対に従わない!



 1本のチューリップと睨み合う女の子――とてもシュールな絵面かも。


 左の葉っぱが放つフックをジャンプしてける。


 右フックもジャンプだ。


 相手からしたら完全におちょくられている感じかもだけど、ボクから見たら、立てた箱ティッシュを跳ぶようなものだし、何も考えずにジャンプするのは楽でいい。


 感情や思考力があるのかないのか、魔物は何度も何度も亀さんスピードで突撃してくる。その健気な姿に、跳びながら拍手を送る。

 ドラマやアニメに出てくる、芝生に寝そべって子犬と戯れる飼い主のよう。って、この場合、跳ねる方が逆な気もするけど――。


 でも、さすがに20回を超えると脚が上がらなくなってきた。これ、意外ときつい。楽しいけど、無駄な動きは封印しなきゃ。


「よっと、ほいっと!」


 今度は、横に、後ろにと踊るようにかわす。うん、ダンスのステップみたいでこれも楽しい。



 だがしかし、ここでダンスの内容が急変する。


 2本のチューリップが加わってきたんだ。


「ちょっ、ちょっと! 順番は守ってよ」


 ダンスパートナーを奪い合うチューリップたちに、唇を突き出して抗議したけど、全く聴く耳を持たない。


 1発でも攻撃を受けたら死ぬかもしれないんだからね。

 頬をパチンと叩いて笑顔をぎゅっと引き締める。そろそろボクも本気を出す。


 純粋な植物鑑賞は捨てて、チューリップの動きをとことん観察。あるのかないのか、その一挙手一投足に全神経を集中する。行動を先読みし、ギリギリで躱す。


 ポイントは、いかに躱すか。


 とつってくるAの上を華麗にジャンプ。横から回り込んでくるBの脇をすばやくガンダりガンガンダッシュ、包囲を企むCを左後方へステップで躱すと、満を持してまたAが凸ってきて――確立された無限ループ攻略法

 緊張が限界突破したとき、原因不明、理解不能な楽しさがにじみ出てきた。ただでさえ遅い動きが止まって見えるほど、集中力がみなぎってくる。


 ついつい夢中になり過ぎたボクは、既に10を超えるチューリップ群と共にブートキャンプ状態へと突入している。


 それは、そのとき突然現れた――。


 ボクの目前で舞う、半透明のカード。

 光の線で描かれたイラストや文字は、カードゲームに出てきそうなハイクオリティだった。


 直感で悟る。

 これが魔法の習得なんだと。


 安全圏に逃れたボク、その動きに合わせて追尾してくるカード。

 右手を伸ばし、それを遠慮なく掴み取る。


 パチンッ!


「っ!?」


 指先が触れるか否かの瞬間、突然カードが光の結晶となって弾け飛ぶ。


 でも、不安を感じたのはほんの一瞬だけ。

 光はボクの胸に吸い込まれていき、続いて頭の中に明確な映像となって浮かび上がった。


 髪の長い女性――。

 胸の前に両手を上げ、指で輪を作っている。白く可憐なロングドレス、閉ざされた瞳をうっすらと覆うほどの睫毛まつげ、眩しいくらい綺麗な青髪、その姿はまさに女神そのもの。

 そして、輪の中に描かれているのは、銀色に輝くだった。


「あぅ、回避系の魔法じゃない――」



 遠い空には夕焼け雲が浮かんでいる。

 森に入ってから、軽く8時間以上は経っていた。狙っていた物ではなかったけど、念願の魔法を手に入れた!


「えっと、どんな効果だろう?」


 脳裏に浮かぶ映像に、意識を集中させる。

 すると、声や文字ではなく、直接頭の中に思念が飛び込んできた。


時間停止クロノス/下級》


 時間停止? 試してみよっと。



 教室で発表するときのように、右手を上げて頭の中で魔法名を呟く。


(クロノス)


 ……


 しーんと静まり返った森を、一陣の風が流れていく――。


 あれ?

 何も起きない? 失敗?

 え、もしかして今、止まってた?



「もう一回!」


 今度は本気。

 女神様と同じポーズをとり、胸の前に気合いのハート型を作って甲高く叫ぶ。


「クロノス!!」


 ……


 んん?

 やっぱり、魔法が発動した感じがしない。

 もしかして、下級だから気づかないくらい短い時間とか? それとも、自分を含めて時間が止まっちゃう系? どっちにしても、めっちゃ不良品じゃん!



 およそ1時間、ボクの試行錯誤は続いた。


 周りに誰も居なかったのを良いことに、考えつく限りの度を越したポーズと詠唱が、素晴らしい中2病患者を生む。


「はぁ、もう、駄目。疲れた――」


 ある意味、ブートキャンプ以上に疲れ果て、地面にぺたんと座り込む。


 ボクの怪しい言動が魔物を呼び込んだのだとしたら、自業自得と笑うしかない。


 視界の隅っこに、木陰から猛進してくる黒が映るのとほぼ同時、ボクは横に転がって回避する。

 地を這うそれと交差したとき、昨日見た悲しそうな瞳を思い出した――。


 ブラックラビット!

 だけど、頭に角が生えてる!?


 一瞬の睨み合い――そして、悟る。

 赤く光る眼球は、理性の欠片もなく嫌悪と憎しみを燃えたぎらせるのみ。もう、やるかやられるか、そういうこと!


 左腰に襷掛たすきがけした布製の巾着袋、そこから30cmほど突き出した棒を、静かにまさぐる。

 ウサギはというと、重心を下げて跳び掛かる体勢を維持している。

 ボクは終始視線を離さず、さやから刀を引き抜く仕草で黒い棒を引っ張り出す。うぅ、これがクモの脚だなんて忘れたい。


 将棋の陣形を組むかのように、お互いが戦いの準備を整えていく。


 そして――。

 ボクが右足を半歩引いた瞬間、USAは迷わず飛び込んできた!


「うわっ!」


 前に残した左足を狙ってくるのは予想通り。

 でも、フェイクまで入れて準備したボクの反撃は、崩れた体勢のせいで不発に終わる。

 身体を半回転させて辛うじて躱すのが精一杯。それだけ予想外の速度だった――。


 勢い余ったウサギは、角を地面に突き立てお腹を見せる。


 チャンス?


 スカートの裾を掴み、必死に駆ける!

 村の結界まで200m以上、追って来ないでと祈りながら逃げる!



 でも、甘かった――。


 ウサギの飼育係とは雲泥の差。獲物を狙う黒ヒョウのように、猛然と迫る角ウサギ。


 命の奪い合いなんて絶対にしたくない!

 そう思った瞬間、ふと1つの考えが頭に浮かんだ。


 急停止した後、ボクは大きく跳ねてたいを入れ替える。


 もう逃がさないぞと言わんばかりに、角を突き出して襲い来るウサギ。

 を待ち、集中力を研ぎ澄ますボク――。


「やぁっ!」


 絶妙のタイミングで突き出した棒は、跳び上がった角を真正面から弾く!


 ボクの両腕を、骨にまで響く痛みが走る。

 でも、相手にはそれ以上に効いたようだ。

 最大の武器こそ、最大の急所だってこと。


 仰け反ってもがいた後、今まで以上に目を光らせて立ち上がる。


 そして、飛び込んでくるウサギが獲物ボクに飛び掛かるほんのゼロコンマ数秒、再び突く!


 自分に最も近い部分を狙って飛び込んでくるのは本能だろうか。

 ちょこんと出した左足を餌に、ボクは角への突きを放ち続ける。


 その間、じっと相手の目を見続けた。

 赤い光を弱めていくその目を――。



 100回を超えるカウンター突きの末、とうとう決着がつく。


 弱々しい目を一瞬だけボクに向け、角ウサギは茂みの中へと逃げて行った。


 心が通じ合ったのか、それとも折ることができたのか。


 でも、ボクは、命を奪うことなく勝利した――。


「ボクは……これからも……殺さずに勝つ!」


 地面に仰向けになり、両手を高々と掲げて号泣する。


 命を懸けた戦いからの解放、そして、理想に1歩前進できたこと。それが何よりも素直に嬉しかった。魔力は上がらないだろうけど、これも明らかなだから。


 そして、さっきからずっとボクの目の前で点滅しているカードに、そっと手を触れる。


 脳裏に刻まれたのは、交差する槍の映像。時間停止クロノスのような派手さはないシンプルなもの。


攻撃反射カウンター/下級》


 よし、狙い通り!


 そして、暗くなりかけた小径を、興奮気味に村へと急いだ。




 ★☆★




 聖樹結界を抜け、隠れ里へと入る。


 小走りに教会へと戻る途中、全身を違和感が貫いた。



 何かがおかしい――。


 長閑のどかなはずの村に喧騒けんそうが木霊する。


 声のする方に向かって一直線に駆け上がると、広場に人だかりができていた。

 おっさんを掻き分け、その中へと強引に割り込む。


「おやめ……くださ……い」

「娘を……誰か……誰か……」


 あの、美男美女夫婦?

 花壇に埋もれるように2人が寄り添って倒れている。


 それから、地面に座ってうとうとしてるリザさんも見えた。


「大森林の土産みやげだ。ガキエルフ1匹くらいでグチグチうるせんだよ!」


 ん?


 見たことのない男?

 その足元に誰かが――あ、あの可愛いエルフが、髪の毛を掴まれて!


 即座に状況を理解した!


 躊躇ためらう間もなく、決断する!


「やめて!」


 棒を右手に取り、人さらいの後ろから迫る。

 

「あぁ?」


 げっそり痩せた小男が振り返り、ボクを睨んできた。

 大丈夫、凄く弱そう!


「エルフはエリザベート様の庇護下にある。貴方は、王国を敵に回す覚悟があるの?」

 

 事情は詳しく知らないけど、当たらずとも遠からずのはず。

 鼠男の突き刺すような視線の中に、ほんの微かな動揺が混じったことに気づく。


「こんな僻地へきちに人間がいるとはな、それも結構可愛いじゃねーか」


「今なら特別に見逃してあげる。すぐ、今すぐにその手を離して!」


こいつ等妖精種は良質の魔素だ。人間様が生き残れるかって瀬戸際に、何を甘い戯言ざれごとを――」


 男は最後まで言い終わらぬうちに、手に持った短剣で斬りかかってきた。


 交渉しても無駄だね!


 頭上、左側から放たれる斬戟ざんげき――。

 そんなへなちょこ攻撃、ボクには当たらないよ!


 身を屈めて躱すのと同時に、《攻撃反射カウンター》を意識して手首を打ち抜く!


「あぶな! くっそ、土産なしかよ!」


 驚きの表情で顔をゆがめ、男は何も手にせず、愚痴だけ残して去って行く。

 暴言を吐きながら内股で暗い森へと消えて行った猫背を、ボクは茫然と見つめた。



 当たらなかった――。


 至近距離からのカウンター小手打ちは、剣道でのボクの必殺技。それが、初見で避けられた。部活レベルの技じゃ、命懸けのこの世界では全く通用しないんだ。


「リンネさん、何とお礼を言えば良いのか――」

「あぁ、貴女が無事で良かった! 本当にありがとう!」


 あわわ、エルフが近い!


 でも、ボクの心の中は複雑だった。素直に感謝の気持ちを受け取れそうにない。


 だって、あの状況!

 リザさんを含めた大人エルフ数人が倒され、女の子が髪を引っ張られていた――。


 何もできずに逃がしてしまった無力感と、誰も死なせずに済んだことへの安堵感が、僕の中で激しくせめぎ合う。


 土下座して、涙ながらに感謝を述べる美男美女エルフを立たせ、ボクは精一杯の優しさを込めて声を掛けた。


「いえ、皆さんが無事で良かったです」


 棒を袋にしまい、泣いていた子どもを介抱する。

 この子、美男美女夫婦の子なのか。道理で顔が整っているわけだ。


 集まっていたエルフたちは、ボクの活躍を大声で語り合いながら、それぞれの家へと戻って行った。


 ボクも、美男美女に手を振りながら、目を覚ましたリザさんと一緒にエリ婆さんのいる教会へと向かった。




「リザ、何とも情けない」


「すみません――」


 エリ婆さんが、平謝りのリザさんを竜の杖でつっついている。


「それに比べ、リンネ殿――そなた、魔法が2つも」


「はい、頑張りました!」


 感極まって涙を流し始めるエリ婆さんの背中を、優しいボクが擦ってあげる。


「《時間停止クロノス》、それは上位精霊が司る大魔法じゃ。やはり勇者の器を持っておられたか――」


 えっ、これって、凄い魔法なの?


「勇者ではないですが、この魔法、なぜか使えないんです」


「あぁ……」


 余計に泣き出してしまうエリ婆さん。


「リンネちゃん……その……言いにくいんだけど、魔法は強力になればなるほど、膨大な魔力を必要とするの」


 えっ? ってことは?


「うむ……魔力0のリンネ殿に使える代物ではない……」


「えぇー!」


 こっちが泣きたくなるよ。


「だが、もう1つの《攻撃反射カウンター》であれば、魔力が無くとも発動可能なはずじゃ。無論、魔力が高いほど効果はあるが」


「あっ! だからさっきは使えたのか! 当たらなかったけど」


「リンネちゃん、勘違いしてる。あの男は《麻痺魔法スタン》使いよ。私たちは皆、あれスタンにやられたの。逃げるとき見えたでしょ? 男が必死に股間を押さえているのを。きっとリンネちゃんが《麻痺魔法スタン》を《攻撃反射カウンター》で跳ね返したのよ」


「えっ」


「鏡のような性質じゃからな」


 鏡?

攻撃反射カウンター》は、リフレクターなんだね。魔法まで跳ね返せるなら、これは凄く便利かも!


「何より皆が無事で良かった。もう時間も遅い、本題に移ろう」



 エリ婆さんが真顔で語りだしたのは、例の鼠男が齎した2つの情報についてだった。


 彼は西の王国と呼ばれるアルン王国諜報部の者で、極秘情報をたずさえてここまで来たとのこと。


 1つは、魔族大侵攻が活発になったこと。具体的に言えば、魔王復活の兆しが見られるとの報告。

 もう1つは、エリ婆さんの勧誘だったそうだ。東の王国を出たとはいえ、西に味方する義理はないと突っぱねたらしいけど。


「逃げちゃいましたけど、大丈夫ですか?」


 こういう場合、1番怖いのは仕返しだからね。


「問題ない。今は人間同士で争っている場合ではないことは、西も当然理解していよう。それに、村の外に小隊が潜んでおった。やり過ぎれば村ごと滅んでいたじゃろうな」


 そう言って、ふぉっふぉっふぉと笑うエリ婆さん。ボクの背中は冷や汗が流れ落ちているのに――。


「殺さずに勝利する、実にリンネちゃんらしいわね」


「え、どうしてそれを?」


「さぁ、どうしてでしょうか? ヒ・ミ・ツ!」


 あぁ、この人、1日中ボクをストーカーしてたね!

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