第3話 強くなるために必要なこと

「《回復魔法ヒール》!」


 リザさんの魔法だ。

 両の掌から漏れ出す赤く温かい光が、魔力を帯びたリボンのようなものを形成して、ボクを優しく包み込んでいく。


 それを見つめるボクは、既に着替えが終わっている。

 リザさんに渡されたのは女の子用の服一式で、下着から何から全てが揃えられていた。

 白を基調とした祭服に、茶系の布地を合わせた落ち着いたデザイン。スカートは動きやすい膝下丈で、裾に描かれた刺繍がとても綺麗。

 あまりに用意周到で、明らかに計画的な犯行だった――。


 でも、あの儀式とその後の嘔吐、樹海での逃走劇――汚い、臭いは極限に達していたはず。状況的に凄く言い出しにくかったのは想像できる。やり方には異議ありだけど、これもエルフ流の優しさなのかもしれない。


 異世界ファッションに見惚れていると、赤いリボンがボクの身体からほどけ、リザさんの掌に吸い込まれていった。

 うん、痛みが全くない。治療の効果はバツグンだ。


「リザさん、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ失礼しました」


 お互いに頭を下げる。

 ボクが頭を上げても、リザさんの頭は下がったまま。

 ばつが悪く感じたボクは、もう一度頭を下げ、頃合を見計らって再び頭を上げる。

 それでも、リザさんの顔は下を向いたままだった――。


「リザさん、服、ありがとうございます」


「……」


 床まで垂れ下がった金髪は微動だにしない。

 泣いてる? もしかして、怒ってる?


「リザさん?」


 恐る恐る近づき、下から覗き込む。


「銀の使者リンネ殿、お構いなく。リザは軟弱者でのぅ、魔法を使うと眠ってしまうのじゃよ」


 ね、眠ってるの?

 あぁ、ホントだ。立ったまま器用に眠ってるよ、この美少女エルフ。


「話の続きじゃが――」


「あ、はい、お願いします」


「この大陸は今、滅亡の危機に瀕しておる。再び訪れた魔族大侵攻によってな」


「それで勇者勇者って大袈裟に騒いだんですか」


 リザさんを椅子に座らせ、自分も別の椅子に着席してから真剣な顔を作る。


「うむ。待ちきれなんだ人類は、勇者なしに魔族に立ち向かった――」



 50年ほど前、大陸中央にあるグレートデスモス地境から突然魔物の大群が湧き出した。

 エリザベートさんは、その際、王国から選抜されたパーティの一員としてその魔物大暴走を撃退した。彼女ら英雄たちの活躍により、既に大陸の大半を喪失していた人類は、土壇場で侵攻を食い止めることができたそうだ。


 四英雄とも持てはやされた彼らだけど、リーダーと女司祭、戦士と魔法使いが結婚すると、激しい仲違いの末、東西に別れて建国したそうだ。

 その後、お互いに牽制しあううちに魔物の圧力に押されて両国は衰退、世界のおよそ9割を魔物に奪われ、現在に至る。


 東の王国とも呼ばれるフリージア王国は、当時最強とうたわれた魔法使いエリザベートさんと戦士ヴェルサスが建てた国だ。既にヴェルサス王は没し、現在はその子であるヴェルサス2世が細々と治める。


 かつて栄華を誇っていた頃、500万を数えた人口はその数を大きく減らしてしまった。王都でさえ1万人に届かず、辺境の町や村はそれぞれ孤立を余儀なくされ、自給自足の原始的な生活を強いられているという――。


 そしてこの情報は、彼女が王国を出てこの地に来た、今から10年も前の話だと付け加えられた。



「10年前に人口1万人ってことは――」


「7000、いや5000を切っているやも知れぬなぁ」


 王都の人口が5000人だとすると――日本の場合、首都圏人口は全体の約1/3だから、王国全土で2万人くらい?

 500万が2万って、1/250? 0.4%? ちょっ、減り過ぎでしょ!


「深刻ですね」


「亜人や妖精族はもっと深刻じゃ」


「はい?」


「人口とは、人間だけの数じゃ。亜人の数はとうに1000を切り、精霊や妖精族に至ってはさらに激減しとる。エルフに限ればこの村に12人、大陸総じても50はいまい――」


 だからこのはここで、エルフを守っているのか。


「なら、ボクもここに残――」

「ならぬ!」


 エリザベートさんが立ち上がってえた。


「リンネ殿、大変に失礼した。ここだけの話、この村は半年も経たぬ内に滅ぶじゃろう。なるべく早くに王都へと向かい、王国の庇護を受けてほしい」


 落ち着きを取り戻したエリザベートさんだけど、彼女の静かな声の中に、有無を言わさぬ迫力を感じた。


「ボクは……もう誰にも、死んでほしくない……だから、強くなりたいの」


 苦しみながら死んでいった両親の顔が脳裏に浮かぶ――勇者じゃなくてもいい、いざというときに大切な人を守れる強ささえあれば。もう自分の無力さを後悔したくない!


 その強い意志を伝えようと、立ち上がってエリザベートさんを見下ろす。


「そなたの目は見えずとも、心意気は伝わっておる。強くなりたい、それは間違ってはおらん。じゃが、強さとは何じゃ?」


 強さ――それは、大切な人を守る力だと思う。

 それは魔法であったり、剣術であったり、時には知恵であったり。そして、何よりも――。


「優しさです」


 ボクの気持ち、心は伝わるだろうか。


 隣で寝ているリザさんの目から涙が零れる。この人、もしかして寝たふり?


「――合格じゃ。だが、残すか否かは別問題じゃぞ? よう聴け。それでは、強くなるための話をしよう――」



 強さの基準は一にも二にも魔力だ。攻めるも守るも魔力次第、これがこの世界での鉄則。魔力はいわば、ゲームでいうところのレベルのようなものらしい。

 レベル0のボクは世界最弱候補、そう見られても仕方がないそうだ。

 魔力量は、平均的な人間で10、最強レベルとなると50をゆうに超える。ちなみに、リザさんは23で、エリザベートさんにいたっては未だ40を保っている。


 では、魔力を上げるにはどうすれば良いのか。最も手っ取り早いのは、命を狩ること。それは、魔物でも人でも植物でも、亜人や精霊・妖精族でも。


 命あるものは皆、魔素マナを有する。その大部分が魂と呼ばれる外郭を形成し、中心に存在するコアが心身を維持する。この魔素の外郭部分、魂の一部を、命ごと奪い取ることができるのだ。

 他にも、長年の修行によって自然界から取り込んだり、魔素を豊富に含んだ装備を使用したり、遺伝や環境の変化で増えることもあるが、それは微々たる量だそうだ。


 筋力は純粋な肉体の力を、知力は知識と思考力を、魅力は内面及び外面の美しさを表す指標である。

鑑定魔法リサーチ》で数値化されたそれは、平均を50とし、±49で表されるそうだ。いわば偏差値のようなものと考えればわかりやすい。


 ただ、これらは直接的な強さを示す要素とは考えられていない。

 例えば、筋骨隆々なおっさんが巨大な斧で攻撃したとしても、魔力量で圧倒する少女に傷一つ付けられないこともあり得るのだそうだ。

 

 ボクの筋力23と知力37は、悲しいけど現実的。鍛えてもこの世界の平均値である50に届くかどうか自信が持てない。

 対して、魅力77は非常に高い。前世ではそれなりにモテたけど、それでもこれは異常な数字だと思う。もしかして、お母さんの影響? 鏡を見てみないとわからないけど、その可能性が高いね。お父さん曰く、お母さんの若い頃は、現役アイドルよりも数倍可愛かったそうだし。


 ってことはだよ。

 意識は私とお父さんの、容姿は私とお母さんのMIXということ?

 そう考えると、勇気がどんどん湧いてくる。


 だってそうでしょ?

 もう独りぼっちじゃないんだから。


 そして最後に、魔法――。

 その種類は数万とも数10万ともいわれるくらいに多い。いわゆる技術や才能、学問や特技なんかも魔法の範疇に含まれるというから、このスーパーインフレにもうなずける。

 それぞれの魔法は、下級・中級・上級に区分され、条件を満たせばさらに上の超級に至る場合もある。その中でも、下級の習得はさほど難しくはないそうだ。

 だからこそ、12歳にして使える魔法が1つもないことが、彼女たちにとって最も大きな驚きだったらしい。


 いや、ボクにだって特技くらいはあったよ?

 歌に裁縫、ぎりぎり料理。剣道だって自信はある。なのに、“なし”は酷いよ。

 でも、話を聞けば聞くほど、理解すればするほどに、ボクは絶望していった。

 なぜなら、魔法の階級を剣道に例えると、下級が初段、中級は五段、上級は八段に相当するのだから。これは無理だ、無理すぎる。だって、下級習得に早くて2年、中級なんて10年だよ――。


「ボクは地道に雑草を抜いたり虫退治をするしかない、そういうことですね」


 袖を捲り、腕をぐるぐる回して準備運動をする。もうこれ、開き直るしかないでしょ。


「案ずるな、リンネ殿。魔法は才能次第じゃ。先天的、潜在的な素養があれば、何らかのきっかけで開花しよう」


「才能、ですか。お父さんは数学の教師でした。お母さんは学生時代に薙刀なぎなた部の部長――ボクは、両親から何らかの才能を受け継いでいるのかな? 正直、全くそうは思えないけど」


 現実を目の前に突きつけられると、どうしてこうも後ろ向きになっちゃうんだろう。

 やってみなければ結果はわからないのに――言った直後から後悔の念にさいなまれていると、眠り姫が助け舟をくれた。


「リンネさん、魔法は心の強さです。こうしたい、こうありたいと願う気持ちが強ければ強いほど身に付きます。それに、魔法はイメージの強さに依存いそんします。下級火魔法ファイアは、蝋燭にも、火矢にも、不死鳥にさえもなります」


「リザの言う通りじゃ。それにな、魔法書を得るという手段もなくはない」


「魔法書?」


「そうですね。迷宮の宝箱から見つかったという話もありますし、お店で買える物もあるでしょう」


「リザさん、ありがとうございます。ちょっと希望が持てました!」


 ぎゅっと拳に力が入る。

 今すぐにというのは無理かもしれない。でも、少しずつ前に進んで、1人でも多くの人を助けられるように頑張ろう、そう強く思った。


「さて、暗いお話が終わったところでお昼にしましょう。盛大に歓迎パーティをしないとね! さっきからリンネちゃんのお腹がゴゥゴゥ鳴ってますし」


 確かにもう丸3日くらい何も食べていない。

 ボクは急に恥ずかしくなって、お腹を抱えて赤く小さく丸まった。




 ★☆★




「新しい出会いに、カンパーイ!」

「お前なんか相手にされねーよ!」

「男たちは黙って! リンネちゃんだっけ? 小さい村だけど楽しんでね」

「挨拶はいいから、早く始めようよ」


 教会の中で1番大きな部屋。多分、皆で歌を歌っていた場所だ。昭和ドラマに出てくる木造校舎の教室みたい。

 あの女性の像がここにもあった。前方に置かれた台座の上、西洋竜ドラゴンに騎乗し、杖を高々と掲げている。


 その勇姿を前にしてテーブルを囲むのは総勢14名。

 エリ婆さん、リザさん、壮年おっさんエルフ3人と、オバサンエルフ2人、美男美女エルフと、小学生エルフ4人、そしてピンクの花冠を頭に載せたボク――。



「では、恒例の――バシャーン!!」


「ひゃっ! な、何? つ、冷たい!!」


 ボクの背後に回り込んだおっさんが、木桶の水をボクの頭の上でひっくり返す。


「ぎゃはは! 水も滴るイイ女だな!」

「もっとだ、服が透けるほど掛けろ!」

「銀髪が濡れてとっても綺麗よ!」

「お姉ちゃん、顔がプルプルしてる!」

「あはっ、頭の上にプールができた!」


 何が何だかわからないまま、両手で身体を抱き締めながら皆の顔を見回す。


 エリ婆さんも含め、皆が笑っている。

 お腹を抱えて笑い転げるおっさんとオバサン、穏やかな笑みを浮かべる美男美女、眩しそうな笑顔で見つめてくる小学生たち――。


 一頻ひとしきり笑って満足したエリ婆さんとリザさんが、ゆっくりと立ち上がって歩いてくる。


 そして、ほんのりと花の香りがする白い布で、優しく顔を拭いてくれた。


「わしも豪快にやられたでのぅ、今日も止めたんじゃが、どうにもならんかったわ」

「ふふっ、これはね、この里に伝わる歓迎の儀式よ。皆がリンネちゃんを大歓迎してくれてるってこと!」


 そっか。

 異世界生活初日にして、お茶を掛けられ、水を被る。ボクを、こんなボクなんかを歓迎してくれたんだ――。


「ぷっ、ふふっ、あはははは!」


 皆の笑顔を思い出し、自分のびしょ濡れの格好を見て、ボクも1人遅れてたくさん笑った。久しぶりに心から生まれた笑い声だった。



 大きなテーブルに並ぶのは、木の皿に申し訳程度に盛られた草、木の実、そして根。見た目は、ヨモギ、オシロイバナの種、タンポポの根っこ――。


 持ち上げたスプーンは空中で旋回を続ける。

 これ、何をどう食べろと?


「今日の主役はリンネ殿じゃ。さぁ、遠慮するでない、たんと食べなさい」

「そうよリンネちゃん。女の子はね、たくさん食べないと大きくなれないわよ」


 華奢なリザさんに言われても説得力ないですよーだ。


 貧乏生活には慣れっこだから、お肉が無くても全然構わない。でも、歓迎パーティでこの状況――食糧事情も深刻なんだね。よだれを垂らす小学生に見つめられていると、余計に食欲が湧かないよ。


 でも、今ボクにできることは、目の前に出されたコレを美味しく頂くこと。よし、動物だ、飢えた動物になろう!



 ボクはウサギ。


「プゥー」


 奇声を発して草に齧り付く。

 苦味はない、なのに涙が溢れてくる。



 ボクはハト。


「ポッポー」


 木の実を1つ摘み、口に放り込む。

 鼻水を垂らし、何度も何度も噛み締める。



 ボクは――モグラ。


「キュッキュ」


 根を小さく千切って口に――入らない。

 唇が痙攣する。嗚咽が漏れて手が止まる。



 いつの間にか、皆がボクの周りに集まり、慰めてくれた。

 リザさんが背中から優しく抱き締めてくれる。小学生たちは綺麗な声で歌い始める。おっさんたちは、わからない――。


 勇者じゃなくってもいい、早く、できるだけ早く強くなりたい。

 そして、この村の皆を助けるんだ。ボクはそう誓いを立てた。

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