やばい女~寛政捕物夜話12~
藤英二
やばい女(その1)
「これから矢場へ行く」というと、遊び人はニヤッとする。
10矢で4文などの料金をとり、楊弓で景品を射る遊びをさせる矢場は、元禄のころからあった。
矢場で接客するのが矢場女で、のちに店の裏で春を売るようになった。
「やばい」は盗っ人や香具師の隠語で、「具合が悪い」の意で昔から使われてきた。
どちらにしても、矢場の女は「やばい」のだ。
浅草寺の五重塔の裏手で、大道芸人や香具師が店を並べ、ろくろっ首、コマ回し、蛇女などの見せ物や、甘味、とうがらし、飴などの露店が並ぶ中で、若い男のいちばんの人気は矢場だった。
ここの矢場は、楊弓ではなく、吹き矢で矢を飛ばした。
的はというと、これが艶っぽい趣向で、若い美女が裾をはだけた太ももの奥なのだ。
すなわち玉門めがけて、半間ほど手前から矢を吹くことになるが、当てるのはかなりむずかしい。
なにせ、立てた膝の間に燃える蝋燭を立て、美女が腰を右へ左へとくねらせるのだ。
当たれば、裏でこの美女が16文でお相手をしてくれるというが、今までお相手してもらった若者はひとりもいない。
夕涼みにと、浮多郎はお新と連れだって、夜店を冷やかしながら歩いていると・・・。
矢場のあたりで人だかりがしていた。
「やいやい。これだけ金を使ったんだぜ。一発当てさせろい」
酒に酔ったのか、ゴロツキが大声でわめいていた。
「なんだねえ。大の男が何をしみったれたことを。口惜しかったら当ててみな」
裾をまくり上げ、立膝した矢場の女は、黒々とした繁みまで御開帳して、啖呵を切った。
「何だとおっ」
目の前に女の秘所を見せつけられて逆上したのか、ゴロツキがいきなり女にむしゃぶりついた。
蝋燭やら台座やらが音を立てて倒れたたが、ゴロツキは後ろにひっくり返った。
浮多郎が後ろ襟をつかんで引き倒したからだ。
「たかが遊びに熱くなっちゃあ、とんだ艶消しだぜ」
浮多郎が十手を鼻の先に突きつけたので、ゴロツキは尻尾を巻いて逃げ去った。
「よっ、お役者目明し。千両役者!」
見物の人だかりの大向こうから声がかかった。
それにしても蒸し暑い夜だった。
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