シール集め

くにすらのに

最高効率レーズンパン

「あれ? 今日もないな」


 季節は春。パンに付いているシールを集めると素敵なお皿を貰える祭の季節だ。

 点数を価格で割って効率の良いパンを調べたのだが、菓子パンで最高効率を叩き出したレーズンパンが売り切れている。

 さすがに食パン一斤を毎日消費するのは無理なので諦めて他のパンに手を伸ばす。


「もしかして俺以外にもガチ勢が?」


 お皿目当てとは言え俺はパン自体もかなり気に入っている。

 噛めば噛むほど甘みが出る生地にレーズンが良いアクセントになっていてとても美味しい。

 今週に入ってから一度も食べれてないので、もはやシール集めの効率よりもレーズンパンを食べられないことに対して怒りが湧いてきていた。


***


 翌日、いつもより1時間早く職場近くのいつものコンビニに立ち寄った。

 よくよく考えれば他のコンビニに行けば済む話なのに、自分以外のガチ勢をこの目で見たい気持ちと、相手よりも先にレーズンパンを手にしたい気持ちが勝ってしまったのだ。


「よしよし。この時間ならまだあるな」


 棚にはラスト1個のレーズンパンが鎮座している。

 今すぐにでも手に取りたい。だが我慢だ。

 我がライバルの姿をこの目で捉えるまでギリギリまで粘ってやる。


 パンコーナーの前でウロウロする俺を店員が怪訝な顔で見つめている。

 大丈夫。万引きなんてしない。

 むしろいろいろなパンを買って売り上げに貢献するから少し待っていてくれ。


 脳内で言い訳をしていると一人の女性がパンコーナーを見つめている。

 焼きたてのパンのように少しふっくらしていて、内面から甘さが伝わってくるようなまるでクリームパンのような女性だ。

 だがその柔らかい雰囲気に騙されていはいけない。


 一瞬で悟った。この人こそが俺のライバルだと。

 気付いたら俺の手はレーズンパンへと伸びていた。


「「あっ」」


 図書室で同じ本を手に取って男女が出会う恋愛小説のように、俺と彼女の手がレーズンパンの上で重なっていた。


「あの、どうぞ」

「いえいえ。私はここ最近ずっと食べていたので今日は別のに」

「やっぱり……」

「え?」


 ただパンを譲ってもらって終わりにはしたくなかった。

 初めは対抗心を燃やしていたけど、彼女の手の温もりを知った瞬間、俺は恋に落ちてしまったから。


「もしかして、お皿ですか?」

「ひょっとしてあなたも?」

「レーズンパンって菓子パンの中で効率良いじゃないですか」

「そうなんですよね。それに美味しいからつい買っちゃって」


 パンやらシールやらお皿やら、とにかくこの祭の件でひとしきり盛り上がると、気付けば出社時間が迫っていた。


「あ、いけない。あのこれはお譲りしますから」


 俺はメロンパンを手に取りレジへと急いだ。

 彼女とはきっとまた会える。

 一時間早く起きる羽目にはなるけど、その予感は的中した。


***


「ねえパパ。なんで同じお皿が二枚もあるの?」

「それはね、パパとママが結婚する前にパンをたくさん食べたからだよ」

「パンを食べるとお皿を貰えるの?」


 娘は不思議そうな顔をしている。

 正確にはパンに付いているシールを集めるとお皿と交換できるんだけど、余計に混乱すると思って簡単に説明し過ぎてしまった。


「私もお祭りしたい!」

「よーし。じゃあお昼はパンにしようか」

「うん!」


 パン祭には何度も参加しているけど、彼女と出会ったあの年が最高のお祭りだったと思う。

 その最高を、今度は娘と一緒に更新しようとしている。


「あら、パンを買いに行くの? そしたら」

「レーズンパン、だろ?」

「ふふ。さすが」

「思い出の味だからね」

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