ルーツ
南木
人形祭
大陸の一角にある広大な領土を所有する大領主ヴァラミオン侯爵家。
その若き当主ジークニヒトは、ある日膨大な政務を終えて3日ぶりに屋敷に帰ってくると――――小さな娘にじっと見つめられながら、一心不乱に裁縫をしている妻の姿が目に入った。
「ユイ、今帰った」
「あっ! ようやくお帰りなすったわねシャチク領主! お疲れ様っ!」
「はは……いつもながら手厳しいな。だが、シャチクの時間はもう終わりさ」
ジークニヒトの妻ユイは、彼の姿を見ると、なかなか帰ってこなかったことに悪態をつきつつも、軽いキスをしてくれた。
黒髪に黒い瞳という、このあたりでは滅多に見ない容姿のユイは、何やら異世界から来たらしく、この世界に来るまでは「オーエル」なる身分だったらしい。
奴隷として売られそうだった彼女を偶然助けたジークニヒトは、当初彼女が語る摩訶不思議な話や意味不明な単語の数々に困惑しっぱなしだったが、お互いに頑張って歩み寄るうちに愛情が芽生え結婚。今ではこうして娘もいる中のいい夫婦だ。
「ところで、何を作っていたんだ? アンナの服か?」
「服は服だけど、アンナに着せるわけじゃないわ。ね、こんなに小さいでしょ」
ジークニヒトは、てっきりユイが娘のアンナの為に服を手作りしているのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。確かに、ユイの作った不思議な形の服は、手のひらの大きさほどしかない。
「この服をきるのはね! この子っ!」
「なるほど、人形の服か」
娘のアンナが父親に見せたのは、やや大きめの女の子の人形だった。
綿から髪の毛まですべてユイが作ったのか、全体的にやや不格好ではあるが、母親譲りの黒髪を持つアンナそっくりでとてもかわいらしい。
「よくできているな。その服を着せれば、まるでお姫様になったアンナのようだ」
「まあね! 私に掛ればこんなものよっ!」
と、いいつつユイの指のいくつかには包帯が巻かれていたりする。
「指にはきちんと薬を塗っておけよ。しかし……またどうして人形作りを?」
「あぁ、うん……今日から暦の上では3月でしょ? ニホン………じゃなくて、私が前にいた世界では、3月の3日に『ヒナマツリ』っていって、女の子の成長を願う行事が毎年あるの」
「お、出たな! ワンダーワールド異世界・ニホン! 今度はいったいどんなヘンテコな話が飛び出すんだ!」
「やめてよジーク……私の生まれた世界はそんな変なとこじゃない……と思う」
異世界の話と聞いて俄かに目を輝かせるジークニヒトに、ユイは思わずのけぞるも、いったん落ち着かせて話すことにした。
「ヒナマツリの日にはね、女の子の成長と無事を祈って、家の中に人形を飾る風習があるの」
「ほほう、そりゃまたどうして?」
「確か……厄除けのため、だったかな。その日に人形を飾ると、人形が女の子に降りかかる災いを代わりに引き受けてくれるんだったような気がする」
「人形で厄除けか。確かはるか北の方にそんな風習があると聞いたこともあるな。だがそれは魔よけの意味もあったから、人形も比較的不気味だったが…………この人形は可愛くて身代わりにするのがかわいそうだなぁ」
人形にまで同情する優しい夫に、ユイは思わずクスリと笑った。
「私の家はあまりお金がなかったから、「オヒナサマ」と「オダイリサマ」っていう……その、王様とお后様みたいな人形しかなかったけど、大きい家だと……ええっと、ゴニンバヤシに……あの三体の女の人はなんだっけ?」
「覚えてないのか……」
「わ、悪かったわね! どうせ私は平民育ちですよーっ! と、とにかくっ、こんな感じに階段状の飾り棚があって、世話係の女の人の人形や、楽団の人形や、兵士もいたっけ? そんな感じで飾って、後は灯とお菓子を備えておけば完成ってかんじで!」
「ふーむ……」
話を聞いた限りではやや想像しにくいが、要するに貴族の一家を模したものらしいとジークニヒトは理解した。それと同時に……異世界ではあまり裕福ではなかった彼女が、そういったものにあこがれを抱いていることも感じた。
(ユイにはいつも世話になっているし、アンナが無事に成長するおまじないであれば、たとえ異世界の風習でもやってみたいものだ)
行動派領主であるジークニヒトは、何か思いついたらしく、急に椅子から立ち上がった。
「……よしっ!!」
「え、急にどうしたの!?」
「メイド長! メイド長いるか! 時間が空いた時でいいから、自分たちの姿をした人形を3日までに作ってくれ!」「ちょっ、まっ! 何する気!?」
「なぁに、どうせやるんだったら大勢でやった方がいいだろう? 可愛いアンナのためだ、みんな喜んで協力してくれるはずだ! 今日はヒナマツリをやるぞ!」
『承知いたしました旦那様』
「えええええぇぇぇぇぇぇ!!??」
こうして、親ばか領主の突然の思い付きにより、メイドたちと召使たちは、アンナの為に手作り人形を作ることとなった。
ささやかな人形作りで終わらせるはずが、家全体を巻き込むことになろうとは思わなかったユイは、夫の無駄な行動力に呆れるほかなかった。
「もう……ジークは相変わらず無茶苦茶なんだから……」
「はっはっはっ、そう言うなって。……俺はヴァラミオン侯爵として、領地に住んでいるすべての人々の面倒を見てやらなきゃならない。だが、アンナの父親で……ユイの夫でもあるわけだ」
「ジーク…………」
「だからせめて今日くらいは、アンナとユイの無事を、全力で願わせてはくれないか」
ユイは、あまりの気恥ずかしさに顔を赤くして俯いてしまった。
だが同時に――――生まれた場所とは何もかもが違うこの世界で、ジークニヒトと出会えて本当に良かったと、心から思ったのも確かだった。
「じゃあ、せっかくだから俺も人形を作るか! あ、いや……でも針なんて生まれてこの方一度も持ったことないからな……」
「だと思ったわ。じゃあジークはお菓子を作ってくれるかしら? なんだかんだで料理だけは得意よね」
「任された! アンナの大好きなワッフルを焼いてやるぞ!」
「わーい! ワッフルもお父さんも大好きーっ!」
「なんだか私が人形を作るってる時より喜んでいる気がするんだけど……まいっか」
こうしてジークニヒトは、つかの間の休息となった一日を、愛する妻ユイと娘のアンナとともに、面白おかしく過ごした。
手先が器用なユイは、その日のうちに王様とお后様、それにオヒメサマの三体が並んだ人形を縫い上げ、さらにメイドや召使たちが主人のために作った人形を、階段状の飾り棚をわざわざ作って飾った。
一番上に西洋風の王族の人形が並び、その下にはメイドたちの人形、さらに下には5体の鼓笛隊が並ぶという…………なんだかコレジャナイ感の強い雛飾りが出来上がってしまったものの、まさか異世界に来てこんなに豪華な雛祭りができると思っていなかったユイは、夫の見ていないときにそっと感動の涙を流したという。
だが、ヒナマツリを終えた後も、妻と娘が可愛いジークニヒトは、彼女たちが作った人形を城の中にもっていき、部下たちを集めて全力で自慢した。
初めは怪訝な目で見ていた臣下たちも、やがてこぞって手作り人形による厄除けを真似し始めたという。
そして――――――
ジークニヒトもユイもこの世を去り、ヴァラミオン侯爵領が帝国と呼ばれるまでに巨大化し、数々の騒乱を乗り越えること数世紀。
二人が思いつき出始めた人形を飾るお祭りは、伝統としてすっかり定着。
毎年3月の3日になると、世界中の人形職人がこの地に集まり、手作りの人形と、それを飾る飾り棚のすばらしさを競い合う「人形祭」へと発展していったのであった。
ついでに、なぜかこの日には男性が意中の女性に菓子を送るという伝統も定着していたそうな。
ルーツ 南木 @sanbousoutyou-ju88
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