本物の残像
僕は幽霊のことばかり考えてしまう。そうやって考えているうちに幽霊は人が死んだら化けて出る存在なわけで、ラブホテルで霊が出る、という話に意識が行ってしまってどうしてなのかずっと考えてしまう。
人が死んで幽霊になるのならそもそも性行為、命を生み出す行為を(実際に生殖を意図しているかは別として)しているラブホテルで幽霊なんて出るわけないじゃないか、と思ってクラスにいる《視える人》と評判の久遠という女子に聞く。
「本物だからだよ」
「本物の幽霊ってこと!?」
「そういうことじゃなくて……いや、そういうことでもあるんだけど。本物の感情とか、情動があったらそこに残像が残るの。そこの空間に気持ちがこびりついて残ってしまうというか……つーか女子にそーいう話聞いてくるの、どうかと思う」
と言われて話を打ち切られる。
そんなつもりなかったんだけど……と思うけど、こういうのは自分の感情の話じゃないな、と少し反省。
そして僕は考える。本物の感情、情動……本物ってなんだ?
生きているのに本物も偽物もあるのだろうか?
僕が家で自慰をするときは偽物で、いつか誰かとラブホテルに行ってそこで射精したらそれが本物なんてこと、あったりするのか?
でも、僕はその言葉がこびりついて離れない。そして今日も夜、学校の校庭に忍び込んで西荻涼子の幽霊を見る。
西荻涼子は陸上部の棒高跳びで、地区大会に出る練習に精を入れすぎて、落下して棒が眼球から突き刺さり脳を貫通して死んだ。
僕はその光景をずっと見ていて、手が震えて足も震えて崩れ落ちておまけにゲロはいて部活を辞めて、今でも西荻涼子のことばかり考えている。
「飛びます!」
そんな声が夜中の誰もいない校庭に響く。
僕はその光景を50メートルほど離れたところから見ている。
目の前で西荻涼子の幽霊が棒高跳びをやろうとして、落下する。
たったったった、ジャンプ、落下、ぐじゃり。
たったったった、ジャンプ、落下、ぐじゃり。
まるでDVDでチャプターを繰り返すように西荻は繰り返しジャンプして、落下して死ぬ。もう死んでいるのに。
でも、西荻がそれだけ繰り返しているのは西荻が本物だからだ。
飛べます、飛べるんです、飛ばせてください……そう言いながら西荻は死んでいった。あの時、西荻は死に怯えていたわけでも、地面に落下して強打した全身の痛みにのたうちまわるわけでも、眼球が貫かれた痛みに苦しむのでもなくてただ飛ぶことを考えていた。
西荻は本物だったんだ。今、僕の目の前にいる西荻が残像だったとしても、あの時の西荻はただただ本物だったからこそ、ここで、今飛ぼうとしているのだ。
繰り返す。でも、その繰り返しを見ているうちに僕の中でも熱として湧いてくるものがある。
あの時、僕が西荻を見ていたのは偶然そこを見ていたからじゃない。
西荻をずっと目で追っていたから。西荻に飛んで欲しかったからだ。
大会に向けた意気込みを僕に話す西荻の笑顔がそのままであって欲しかったからだ。
好きだった女の子が、頑張っている努力が報われて欲しかったからだ。
頑張っていた好きな女の子が報われない現実に怒っているからだ。
僕はショックで手が震えて足が震えて崩れ落ちてゲロ吐いていたけど、僕が、あの時の僕が本当にしたかったのはそんなことじゃない。ただの生理現象なんてちっとも本物なんかじゃない。
「西荻ぃー! 飛べぇー!」
そう、僕が全力で叫ぶ。近所の人にばれる、学校にばれる、親にばれる。そんなことはどうでもよかった。
目の前で西荻が飛ぼうとしていること以上に大切なことなんて何もない!
ふっ、と目の前で誰かが走り出す。僕だ。僕から抜け出た生き霊の僕が走っている。
「西荻!がんばれ!」
目の前の僕は西荻の近くに向けて走っていく。
「西荻!」「がんばれ!」「飛べ!」「飛ぶんだよぉ!」
僕と生き霊の僕がそう言って西荻涼子が加速する。いつもよりも、ずっと早く、ずっと綺麗なフォームで。
「飛べぇー!」
目の前の僕と、僕の声が重なって、西荻が飛ぶ。ポールを滑らかに超えて、どこまでも高く。
着地した西荻に僕……ではなくて僕から飛び出た僕、つまり僕の本物の感情の残像が駆け寄って抱きしめる。
おいおい僕ってそんなことできたのかよ、とか思っていたら高飛び成功の興奮からか西荻が生き霊の僕にキスして、突然ふっと二人とも消える。
僕はそこに取り残される。えー、って思う。西荻涼子の本物の願いから生まれた西荻涼子と僕から生まれた本物の僕がキスしてどっかに消えてしまって、それは僕と西荻涼子が結ばれたってことなのか?って思うけど今の僕からしたら奪われた!って気持ちが先行してしまって家に帰ってスマホをいじって十八禁のサイトで泣きながらうっぷんを晴らす。
こんな悲しい慰めが本物であってたまるものか、いつか僕は本物のセックスをして本物の生き霊をラブホテルに残してやるからな!と心に決めて泣きながら自分を慰めて布団に入る。
失恋してやってらんねーぜ、って気持ちと、でも西荻涼子が本物の感情を成就できてよかったって本当の気持ちを抱きしめて眠る。この気持ちが勝手に残像となって何処かへいきませんように。どこかで本物の西荻涼子が幸せにやっていてくれますように。〈了〉
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