ストリートビュー

 最近流行ったサイトで扉を開けると世界のどこかのストリートビューにつながる、というものがある。

 気になったので当然自分もやってみる。

 扉の画像があって、クリックをするとシュウウウって音がしてどこかの場所に出る。

 ハマる。なんていうか、知らない場所をこっそり覗き見ている感じがして楽しいのだ。どこかの美術館のような場所の中にも入れたりして、毎日の楽しみになる。


「んん?」


 ある日、いつものように扉を開けて見ると、見た事がある建物を見つける。


「これ、溝沼の家じゃん」


 溝沼は結構実家がいいところで中々広い一軒家に住んでいるのだけど、その作りとそっくりなのだ。良い家だと家の中までカメラで撮影されるなんてことあるのか?

 でも見られるようになっているのなら、とズンズン進む。


「あれ?」


 なんだか妙に散らかっている。やたら高級感のある家だったのに、ものが散らばっていて荒れ放題だ。


「どうゆうこと?」


 そう思ってクリックしていると洗面所に来る。鏡がある。


「え、なにこいつ……」


 包丁を持った男が鏡に映っている。鏡に映った男が鏡越しにこちらを見ている、まるでこのカメラの視界がこの男の視界であるかのように。

 俺は怖い、という気持ちとそれでも湧いてくる好奇心に手が止まらなくなる。色々な角度で見てみようとクリックしているうちに別の部屋にギュン、ギュンと移動してしまって、画面の端に溝沼がいるのが見える。

 これで、溝沼に追いついてしまったらどうなるんだろう。これは、俺が追いかけているということになるんだろうか。

 逃げている様子の溝沼はこちらを振り返って必死の形相だ。

 加虐心か、好奇心か、このままクリックしたらどうなるんだろう、という気持ちが湧いてくる。

 カチッ、カチッ、カチッとクリックするごとに距離が近づく。

 溝沼の背中がすぐそこに見える。

 カチッ、カチッ。

 手が、止まらない。

 カチッ。

 溝沼に追いつく。


 溝沼の家から死体が見つかる。一家全員死んでいる。それは数ヶ月前の死体で、当然俺がストリートビューを見ていた時間ではない。

 でも、と俺は思う。

 俺は溝沼と一週間前に会っていたじゃないか。その時、家族の話もしていたじゃないか、と。

 俺は扉を開けるのをやめる。もう何処にも繋がらないために。いつか包丁を持った男が、俺の家に入ってこないように。

 でも、カチッ、カチッという音が今日も聞こえる。それは俺の家ではないようで、何処か遠くから響いてくる音だけど、確かにこの世に存在している音だ。

 カチッ、カチッ。ゆっくりと。

 カチッ、カチッ。迫ってくる。

 俺は誰かに懇願する。お願いだ、もう、あいつを近づけないでくれ。

 お願いだ。だけど、音は鳴り止まない。

 音はゆっくりと、でも毎日鳴り響いている。


 今、俺の後ろで誰かのクリック音が響いている。

 カチッ、カチッ。〈了〉

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