黒い切り株

tokuyasukn

第2話 夜 警

「おお、寒い…!」

 

 ガスタンクの鉄梯子から降り立った夜警は、かじかんだ手を

毛糸の手袋のうえからこすった。

構内の西の端に雑木の垣根があり、その前でUーターンする。

裏門の施錠を確かめて、ガスボンベが並ぶ集積場を一巡し、正門の暖房がある事務室にもどる。

 

 同じコースを夜間に三回、早朝に一回、歩くのだ。

男は六十九歳、定年で退職した後、プロパンガスの会社で夜警をしている。

仕事は定時の巡回と、夜間にお客からかかってくる電話の対応だ。


 妻は老いて四年前に亡くなり、子供たちは皆、成長して家を出て行った。

今は惰性で働いており、周囲のできごとには関心がない。  

 元旦は裏門を閉めたままでよい。

門の内側にある、朽ちて黒褐色になった杉の切り株の前を,すぐ

離れた。


 切り株は50センチほどの高さで、黒っぽい皮付の根元が地面を這っている。

毎朝、見なれた構内だ。銀色のガスタンクが三本、巨大なロボットのように空高くのびている。

 

 鉄の階段を昇りながら夜警は、ふらふらする自分に気がついた。

口がおかしい、妙によだれがでる。右手に力が入らない。

手すりの外へ、体が出てしまいそうになる──血圧の薬は服用したのに…。 


 何か黒いものが、裏門にねそべっているのが、高いところから見えた。

「ベアか…」 田舎の道路で車にひかれて死んだ黒犬の姿か…そう思った瞬間、

 男は足を踏みはずした。


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