あとの祭り
mikio@暗黒青春ミステリー書く人
一年遅れの祭り
「あの……もし良かったら! 来週の夏祭り、ぼくと、一緒にその――」
テンションは上がったり下がったりで不安定。しかも尻すぼみでちゃんと最後まで言えてない。そんな情けない誘い文句だったのに、
ここでいう夏祭りというのは毎年八月七日に開催される桜ヶ池公園の花火大会のことだ。後で池文に教えてもらったんだけど、女子の間では付き合い始めのカップルが行くと高確率で別れる行事として有名らしい。だったらなんで教えてくれなかったのと言ったら、池文は頭の後ろをぽりぽり掻いて、こう返したのだ。
「
けれど、ぼくらは結局答え合わせをすることができなかった。アクシデントがあって、一緒に夏祭りに行くことができなかったのだ。
それでもぼくらは交際を続けた。来年こそは夏祭りに行こうと約束して。
季節は巡り、また、夏が来た。約束の夏。一年も遠回りした夏――。
「手につかまって。一段一段が高いから、ゆっくり」
「うん。ありがと」
星明かりの下、ぼくらはひそひそ声で会話しながら階段を上っていく。歩き慣れた校舎だけど、こうやって夜に忍び込むのははじめてだ。池文と一緒ということもある。どうしても歩きが遅くなるのはいたしかたないことだった。
それでも何とか花火大会が始まる前に、屋上まで来ることができた。
「鍵出せる?」
「大丈夫」
屋上の鍵は天文部の友人から借りた。天体観測をするとき用に密かにコピーしたものを代々受け継いでいるらしい。
「雨は……降ってないみたいだね。あ、口上はじまった」
池文のいうとおり、空は昨日までの雨が嘘のように晴れ渡っていた。この分なら、花火もよく見えそうだ。
「上がった! 最初は菊だね。オレンジ色の火の粉がたくさん。花びらみたいに広がって……」
「何というか懐かしい音って感じだよねー」
「もう一発。これも菊――いや、菊先青だ。花びらの先端がちょこっとだけ青く変化した。でもって次は……柳か。金色の枝が、うーん、よく垂れ下がってます」
「終わり頃にパチパチパチってなるの、わたし好きだな」
それからもぼくは花火を見ながらいちいち「次は牡丹だ」「今度は千輪だ」などと忙しく話し続け、池文はいちいちうんうんとうなずいていた。
「……もう少し上手いこと話せれば良いんだけどな」
スターマインの打ち上げの前に、長い前口上が始まったところで、ぼくはふと我に返ってそんなことを言った。
「え? 神戸君のお話、わかりやすいと思うけど」
「いや。見たままを言ってるつもりなんだけど、なまじっかインターネットで予習したもんだから、口に出る言葉口に出る言葉全部Wikipediaぽいっていうか」
「あはは」
「そんなにしょげることないと思うよ。今のわたしには花火を見ることができないけど、神戸君のおかげでちゃんと思い浮かべることができるんだもの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます