第3話 魔術師

「なによじゃないよまったく。これだから街で噂の悪役令嬢様は」


「…その呼び方やめて」


ルナは本から視線を離さず語気を強める。


その表情は窺い知れないものの今にも本を投げてきそうな雰囲気を醸し出している。というか気付けば投げていた。


「投げんなっ! ったく…そういう短気なところ治さねえと噂もなくなんねーぞ」


「アナタが変なこと言うからでしょ」


「それはこっちのセリフだ。お前ら魔術師が魔物だって? 笑わせるな、お前らの大半は怠け者だろ」


「まあ否定はしないけど」


この世界において魔術師は唯一無二の天才。その考えは何処へ行っても揺らぐことのない事実である。


だがしかし、近年争いが無かったため研究を怠り、日々の鍛錬さえ怠ける魔術師が急増している。


この現状、向上心がないといえばそれまでだが一番の要因は国が与える特別手当に他ならない。


事実、マニラにおいての平均月収が二十万に対し国が抱える魔術師というだけでその月収は三十万を優に超える。しかも魔術学校の生徒にまで二十万近く払われるというからその扱いは別格である。


何もしなくても裕福に暮らせるのなら努力も怠るというものだろう。先に述べた保険とはそういう意味なのだ。


「魔術師が特別なのは分かるが、やり過ぎると内乱がおこるぜ?」


マニラでは売り上げや所得の一部を王都へと上納している。


無論、マニラ市民への見返りはあるもののその見返りは微々たるもの。見返りを見返りと感じてる市民はほとんどいないだろう。心情だけで問えば理不尽さが増している。


なぜなら当然、魔術学校の運営費やら給料は市民の上納金で賄っているからだ。


「ま、このボロ屋も火をくべられない様に気を付けた方がいいな」


「私に言うのやめてくれる? それに火を点けられて困るのはアナタも一緒でしょ。全力で気を付けなさいよ」


「困るから忠告してんだろ。この店が無くなったら俺の仕事もなくなるもんな」


言いながらリックは向かいの椅子へと座る。小さな机を引っ張りだすとボードを立てかける。そこには『どんな依頼でも引き受けます』とだけ書かれてあった。


「一応ここは古書店なんだけれど…知ってたかしら?」


「やっかましいわ。文句があるならお前の爺さんに言え。こればっかりは俺のせいじゃない」


「ホント…お爺様にも困ったものね」


ルナは呆れたように溜息を吐く。


あれはほんの一ヶ月前。

砂漠で放浪していたルナのお爺様を偶然助けたのがリックだった。


まあ実際は水やら食料を分け与えただけだったのだが、お礼をせがまれ冗談交じりで店をやりたいから土地を探していると言ったのが事の発端で、ルナにとっては終わりの始まりだった。


かくして浮浪者にも間違えられるような恰好のリックと街で噂の悪役令嬢の共同店舗がここに設立されたのである。


「はあ…アナタのせいで店の雰囲気が台無しだわ。私はひとり気ままにやってたのに」


「そういうな。また今度お伽話を聞かせてやるからさ」


「ふん…。またバカにして……」


半眼で呟くルナを見てリックは笑った。


古書を嗜み、ファンタジーの世界に身を投げるのが好きな彼女にとって彼が時折りするお伽話は至高の長物。


素知らぬ顔を取り繕っても彼女が浮足立ってるのをリックは分かっているのだ。


「アナタってホント良い性格してるわよね…。まあだからこそ、突拍子も無い話しを思いつくんでしょうけど」


「ハハッ…そらどうも」


少しだけ語尾が濁る。

リックは図らずも苦笑いするしかなかった。


―――なぜか?


彼のするお伽話しとは、本当の意味でのお伽話にあらず。


それはただの思い出話しなのだ。


彼、リック=ヴァン・キーエンスは日本からこの異世界へとやってきた転生者だった。

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