君の眩しさに、私は時々目がくらむ

奏 舞音

君の眩しさに、私は時々目がくらむ

 ――ねぇ、どうして。

 ぐるりぐるりと思考が同じところを巡っている。


『みんな待ってるからね』


 スマホの画面に映ったメッセージに顔をしかめて、布団にもぐりこむ。

 返事をしなければいけないのだろうか。

 お腹が痛くなってくる。

 この腹痛は、きっと精神的なもの。


「菜々ちゃん、まだ寝てるの?」


 扉の向こうから聞こえてくるのは、不安そうな母親の声。

 菜々というのは、私。

 絶賛、不登校中の高校二年生。

 学校に行かなくなって、一か月。

 まだまだ私は不登校に関しては未熟者だ。

 仮病を使うことにまでひどく罪悪感を覚えている。


「……今日も、無理」

「そう。じゃあ、担任の先生に連絡しておくわね」

「…………」

 私の母は、学校に行けとは言わない。

そのかわり、毎日毎日、学校に行く時間に起こしに来る。

本当は学校に行って欲しいのだろう。

でも、私が学校に行かなくなった理由も知っているから、何も言わないのだ。


  ■


 ――高校二年生の春。

 クラス替えにより、私は親友の絵美子と同じクラスになった。

 絵美子は明るくて、可愛くて、みんなに好かれる子。

 対する私は平凡で、人見知りで、可愛げもない。

 一度心を許してしまえばたくさん喋ることができるのに、心に踏み込まれることがどうにも苦手で、他人との間に壁をつくってしまうのだ。

「菜々~っ! 今日、遊びに行ってもいい?」

「いいよ」

「やった~。菜々の部屋は宝の山だもん」

 絵美子の背後にぱあっと花が咲くイメージが見えた気がする。

 私はそんな絵美子を見て、ふっと笑う。

 私の部屋の本棚には、ぎっしりと漫画本や小説が並べられている。

 自分の心をさらけ出すのは苦手だが、誰かが心を費やして生み出した作品に惹かれている。

 自分にはない何かを、探るように。

 自分ではなれない何かに、なるように。


「菜々、昔から絵が上手だし、漫画家になれるんじゃない!?」


 絵美子はことあるごとに、そんなに好きなら自分でも創ってみればいいのに――と私に言う。

 もちろん、興味はあった。

 でも、私の答えは決まっている。

「私には無理だよ」

「え~。でも、本当は好きでしょ?」

 何もかも見透かしたような、絵美子のおおきな瞳を見返すことはできなかった。


  ■


 ぼ~っとしているうちに、時刻は昼過ぎ。

 お腹が空いて、私は部屋から出た。

 私の部屋は二階にあるので、台所がある一階へと階段を下りていく。

 母は今の時間、パートに出ているだろう。父は単身赴任で県外だ。

 親子仲は、きっと悪くはない。

「……なんで」

 人の気配なんてあるはずのない、自分の家。

 それなのに、なぜか見覚えのありすぎる人がいた。

 白いシャツに紺のスカート、そして白い肌には白い包帯。

 彼女は、自分の家のようにくつろいだ様子でソファに座っている。

 ソファの傍らには松葉づえが置かれている。

「だって。いつまでも菜々が学校に来ないから」

 ぷうっと頬を膨らませたのは、親友だった――絵美子。

 絵美子を視界に入れた途端、私は踵を返す。

 まさか家まで会いに来るとは思わなかった。

 合わせる顔がない。

「……ちょっと、菜々! いたっ」

 後ろから絵美子の悲鳴が聞こえて、私はハッとして振り返る。

 慌てて私を追いかけようとした彼女は、怪我をした足で踏ん張ってしまったらしい。

 痛みに顔をしかめる絵美子に、私は思わず手を差し出していた。

「やっぱり菜々は優しいね。私はきっと、菜々を傷つけたのに……」

 手がぴくりと震えた。

「何しに来たの?」

「言ったでしょ。菜々が学校に来ないから、会いに来たの。連絡しても返事はないし。私、菜々とはちゃんと、話がしたいと思って」

「話すことなんて」

「あるよ! 勝手に終わらせないでよ。私は菜々の絵が好きなんだから。だから、自分を否定する菜々が許せなかった……」

 私の言葉を遮って、絵美子は涙目で訴える。


(私は、絵美子とは違う……)


 きらきらしていて、たくさんの友達がいて。

 ――羨ましくて。

 私はそんな絵美子と親友なんだって、心の中では誇らしかった。


 でも。

 だからといって。


「……人が必死に隠してた、腐向け同人誌を人前でバラすなよぉぉぉっ!」


 ずっと一か月、どこにも叫べなかった思いをぶちまける。


「ってか、なんで知ってた訳!? おかしくない!? 私、一回も絵美子に同人描いてるなんて言ってないよね!?」


 一か月前、絵美子がにこにこと笑いながらクラスメイトに見せていたのは、私が描いた同人誌だった。

 誰にも言ってなかった、秘密の趣味。

 大好きな漫画の、大好きなキャラクターの、カップリング。もちろん、男同士の。

 美術部の私は、彫刻像で人体の構造をしっかりと勉強したうえでリアリティある描写を売りにしていた。

 身バレを防ぐため、ネットでしか販売していなかったというのに。

 私の叫びを受けて、絵美子も負け地と言い返す。

 一か月前には私が一方的に絶縁を突きつけて、不登校になったため、絵美子の言い訳は聞いていなかった。

 あの時、私を追いかけようとして、絵美子は盛大に転んだ。

 彼女は、ドジっ子属性も持っている。そうして運悪く、足首をねんざして松葉づえをついているのだ。


 しかし、どんな理由があれ、だ。

 普段目立つことのない私が教室で取り乱し、みんなの人気者である絵美子に暴言を吐いて教室を出て行ったことは皆の記憶に残っているだろう。

 その上、隠していた趣味がバレた。

 これはもう、学校に行く気など失せる。


「私、腐女子なの! でも、菜々にはそういう趣味はないと思って黙ってた」


「…………は?」


 一瞬、頭が混乱して絵美子の言葉が理解できない。

 いや、きっと、「婦女子」のことだろう。

 断じて、絵美子が腐っている女子なはずがない。


「私はBL漫画が好きな腐女子なの! 早く18禁が解禁されればいいなって毎日思ってる、腐女子なの!」


 真っ赤な顔をして、私が憧れた彼女は何を言っているのだろう。


「最近、新作を出す度にチェックしてた同人作家さんがいてね……あ、ちなみに私、SNSでは『みゃーこ』っていうんだけど」


「……え、は、え!? みゃーこさん!?」


 私の呼びかけに、はにかみながら絵美子が頷く。

 みゃーこさんは私の作品投稿に毎回必ず足跡を残していた人で、新作の購入報告までご丁寧にしてくれていた。


「あぁ、やっぱり。菜々が夢乃絵叶ゆめのえかのうさまっ!」

「ちょ、その名前で呼ばないで!」

 完全に痛い名前であることは自覚しているのだ。

 しかし、うっとりとした表情で、絵美子は私の手をがっしりと掴む。


「夢乃絵叶さまの絵に惹かれた理由が分かったわ! やっぱり、私は菜々の絵が大好きなのよ!」


 全面的な好意と憧れをまっすぐに向けられて、拍子抜けしてしまう。

 というか、むずむずする。

 口元がふにゃりと緩んでしまう。


「菜々、心配しなくてもあなたが夢乃絵叶さまだということは私しか気づいてないよ。まあ、あの場にいた私の腐友達には気づかれたかもしれないけど……私が腐ってることが周囲にバレただけで、菜々は無傷! ね? 不登校何てやる意味ないって分かった?」


 にっこりと、信じられない話をしてくれる。

 なんでもあの時私が暴れたせいで、絵美子が腐向け漫画を読んでいたことが周囲にばれ、みんなの人気者が腐女子であるということがクラス内に広まった。

 そして私はというと、腐女子だなんて信じられない、と親友の隠れた趣味に絶望したかわいそうな人、という認識。

 腐の発信源なのに同情されている。


「でも、これで堂々と好きなカップリングの話ができるから楽しいよ。それでね、もし学校に来るのが難しいなら……」


 目をきらめかせた絵美子が譲歩策として出してきたのは。


「来週行われる即売会に行ってみない!?」


 学校に行くよりもハードルが高そうなイベントだった。


「今回はね、けっこう規模が大きいし、私の推し作家さんが参加してるし、最高のお祭りになるはずなの!」


 スマホを素早く出し、興奮気味に絵美子はイベントの企画参加者リストを私に見せる。

 私がSNS上で交流のある作家さんたちもいた。売れっ子の名前も。


「……もう、仕方ないなぁ」


 親友の絵美子と一緒に行くイベントはきっと、最高の祭りになるだろう。


 そうして、私は少しずつ、自分を出せるようになっていくのかもしれない。

 だって、絵美子が腐女子であることを心から嬉しいと思う自分がいる。

 腐女子であることに絶望した、なんて不名誉な噂は、早々に消さなければならない。


 ――夢乃絵叶とみゃーこの最強タッグが腐祭りの風物詩となるのは、また別のお話。




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君の眩しさに、私は時々目がくらむ 奏 舞音 @kanade_maine

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