奥伊勢藤原最高伝説を訪ねて
kattern
落人の名は藤原最高
私の名前は
劇団上がりのテレビタレントだ。最近は俳優なんかもやっちゃって、賞なんかももらっちゃってる。まぁ、自分でいうのもなんだけれど、時代の寵児みたいな奴である。
自分でいうのもなんだけどもねぇ。
寵児なんだから、仕方ないんだなこれが。
そんな私は、まぁお笑いタレントでもないのに、身体を張ったロケなんかをやらされてストがレスにならずフルでもう大変。俳優の仕事をするようになってそっち方面が落ち着くかなと思っていたのに――。
「
――とか、ディレクターに言われちゃう始末。
もうほんとぶっとばしてやろうかってもんですよ。
てめえディレクターお前この野郎。アンタにゃ人の血が流れてないのか。
クワガタもドジョウもサボテンも、穴に入れるもんじゃないんですよ。
とまぁ、そんなテレビ向けのノリはともかく。
この私――巨泉にはちょっとした趣味があった。
古跡巡りである。
しかも城址や庭園といった整理されたような場所じゃない、知る人ぞ知る――どころか地元の人くらいしか知らないローカル古跡巡りである。
お笑い番組のロケでもないのにそんなローカルな場所を訪れて、そこに根付く文化や風習、そしてちょっとした言い伝えなんかを探して歴史に思いを馳せる。別に知識人や風流人を気取っている訳じゃない。ただ、日々の猥雑とした出来事から解放されて、心から没頭できるのが、私にとっては古跡巡りであったというだけだ。
さて。
そんな訳で私は今日、三重県は松阪市、JR名松線に揺られること一時間とちょっとの所にある最高町にやって来ていた。
降りた駅は案の定無人駅。運転手に運賃を払って降りれば、私の後ろに続くものはいない。昭和の時代に造られた風格のある、白壁に沿って木製の椅子がつけられているホームを抜ければ、二車線もない道路と青々と輝く緑の山が見えた。
行き交う車はなく。道路を横断してその先を覗き込めば――絶景かな、エメラルド色をした清流が、きりたった岩の間を流れている。夏場であれば、服を脱ぎ捨てて飛び込みたくなるような光景に思わず私は息を呑んだ。
まさしく秘境だ。
「こんな所まで逃げて来たんだな、藤原最高は――」
山奥にある古跡には何度か訪れたことがある。
経験則から言わせてもらうと、そういう所はだいたい落人が開いた集落であることが多い。やんごとない理由により、京都から追放された雅な文化人が、山奥に隠れ住んだというものだ。
ここ、最高町もその一つだ。
かつて藤原道長と争った藤原傍系に当たる藤原最高。彼は、京都で失脚したのち、流れ流れてこの地奥伊勢へとたどり着いた。そして、人の脚も遠くなる山奥に風雅な屋敷を建て、ここ今日に至るまで小集落として命脈を保ったのだという。
今日の目的地である古跡――かつて最高一族が暮らした屋敷を基に造られたという最高神社と庭園は、平安時代の息遣いを感じさせてくれる造りだと聞く。小京都と呼ばれ、各地に散見される京を偲んで造られた街の中でも、平安時代ともなるとなかなかないだろう。これにはちょっと私の胸も躍った。
スマホを覗き込む。
山深い奥伊勢の地に電波は届かない。電波マークがバツ印に代わっているのを確認すると、私はあらかじめ用意した最高神社へと向かう地図をポケットから取り出した。
古跡巡りは慣れたものである。準備はばっちりだ。
とはいえ、不安がない訳ではない。
看板なり住人なりいないだろうかと辺りを見回す。
しかしながら限界集落という奴なのだろう。時代の流れに住人が流出した隠れ里には、駅前に町内の案内板もなければ人影もないのであった。
あるのは一つ。
「マスコットキャラクターのモッタカくんって。なんだいこの蹴りたくなるゆるキャラは」
よく分からないゆるキャラのイラストくらいのものだった。
やれやれ、これは久しぶりに難儀な旅になりそうだなと思ったその時である。私の背中でけたたましい、無遠慮なクラクションが鳴った。なんだと思って振り返ると、青い帽子をかぶった色黒の爺様が、軽トラックの運転席から身を乗り出してこちらを見ている。
「おーい、なにしてんだ。電車はまだ二時間先だぞ」
「いえ、今ちょうど電車から降りたところなんですよ」
「はぁ。こんな山奥に来るとは珍しい。ははん、さてはおまえさん、祭りを見に来たか」
祭り。
そんなものがあるのか。
この小さな集落の中の祭りとなれば当然、藤原最高由来のものに違いないだろう。
なんという偶然だろう。私は、今日という日にこの地を訪れたことを、胸の中で神に感謝した。さらに言えば、最高に感謝した。これもきっと何かの縁ということだろう。
また、無遠慮に爺様がクラクションを鳴らす。
「祭りに行くなら乗せてってやろうかぁ。もう少ししたら祭りの目玉の音頭がはじまるぞ。はよせえはよせえ」
「えぇっ、本当ですか!?」
「嘘ついてどうすんだよ。ほら、乗りな乗りな」
結構、これで名前も顔も売れてる方だと思うんだけれど、案外気づかれないものだな。善意百パーセントで茶けた歯をこちらに見せてくる爺さんに、それじゃお願いしますと叫ぶと、俺は彼が乗っている軽トラックに駆け寄った。
「いやー、ほんと助かるなぁ。ありがとうね、お爺ちゃん」
「なぁに、ええってことよ」
「藤原最高の町だけに、サイコーって奴ですね」
その時である。
それまで好々爺然としていた爺様の目に、険しいモノが走ったのは。
なんだこの視線は。ギャグが寒かったのか。いや、しかし、これでも私はタレント歴うん十年のベテラン。ロケも嫌というほどこなしている。
アメリカンジョークから中国歌劇までなんでもこなしてみせる自信がある。
それだけに、最高だけにサイコーは、とても分かりやすく、そして、なーに言ってんだお前となる、くっだらないこと請け合いなジョークだと自信をもって言えた。
なのに、しかし、けれども。
「……何言ってんだお前は?」
爺様のトーンは、とってもミルコ・クロコップだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい、という訳でね、今日は皆さん祭りに集まってくださってありがとうございます。まずはね、町長の橘源平さんからご挨拶がありますよ」
橘源平って。
藤原要素どこ行った。
完全に乗っ取られとるがな。
私は爺様の軽トラックに乗せられて、祭りになんとか間に合った。それは、やはり案の定、私が訪れようとしていた最高神社の催しであり、町内の子孫が代々受け継いできた感じの、伝統ある祭りのようだった。
ただし、一つだけ、私の予想と違っていたものがある。
「えー、おはようございましゅ。今年もぉ、こうして町の皆さん、元気に集まることができたのも、やはり我らが祖先――もったかさんのおかげというものでしゅてぇ」
「有識読みかぁ――!!」
有識読み。
貴人・知識人、漢文に精通するような歴史上の人物は、尊敬の念を込めて音読みで呼ばれる。
そう。
しかしながら地元では、親しみからか、それともなめられてるのか、あるいは特別感を演出するのか、名前を本来の通りに呼ばれていたのだ。
そう。
そら爺様もハァって顔をしますわ。
そんでもって、駅にモッタカくんも張られますわ。
「しょんではぁ、いつまでも長々挨拶してもしかたないですし、さっそく音頭といきましょうかねぇ。もったか節、みなしゃん、ご唱和くだしゃい」
「ほんでまた、しょーもない茶番が始まりますわ」
「もったかもったか、鍵はもったか。なくても大丈夫だがちゃんんともったか」
「田舎か!! いや、田舎だもんな、ここ!!」
「もったかもったか、車はもったか。ジャスコに行くのに車はもったか」
「イオンだよ!! もう統合されてイオンだよ!! お爺ちゃん!!」
「もったかもったか、彼女をもったか。刃牙、色を知る歳もったか」
「関係ない奴!! 無理やりだなぁ!!」
「もったかもったか、高年齢。もったかもったか、ご老人」
「バニラ!! それ、バニラ!! って、なんで音頭のノリ変わってんの!!」
「もったかもったか、毒をもったか。うっ、ぐぐっ、おのれ、もった、か……」
「大河ドラマか!!」
「もったか!! もったかもったかもったか!!」
「FUJIWARA!! 原西のネタのテンポでやっちゃだめでしょーよ!!」
「もったかもったか、みんな丸太はもったか。もったかもったか――」
「吸血鬼でも倒しに行くんかい!!」
「「「おう!!」」」
「合いの手ここで入れます!? そんで、お爺ちゃんたちめっちゃ元気ねぇ!!」
「もったかもったか……なんとかもったか。もったかもったか、耐えてくれよオラの身体」
「界王拳!! いや、違う意味で大丈夫なの、お爺ちゃんたち!! いい歳よねぇ!?」
最高祭り。
もとい、もったか祭りは、そのまま正午まで続いた。
正午まで続いて、それから、つつがなく解散となった。
残された私は、脈々とこの街に受け継がれてきた歴史の余韻に浸りながら。
一言。
「……くるんじゃなかった」
貴重な休日をどぶに捨てたことを後悔した。
もったかじゃねーよ。
もー、本当に、勘弁してちょーだい。
奥伊勢藤原最高伝説を訪ねて kattern @kattern
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