No Title ─もし、あの時~であったら。─

月夜桜

第1話 夏祭り

ただ君、忠君! こっちだよっ!」

「ああ、分かった、分かったから」


 今、俺の目の前には、花柄の浴衣を着た亜麻色のミディアムヘアの少女がいる。

 彼女は喜多田結芽。

 今は大学一回生だ。


「忠君、どうしたの?」


 俺が彼女に見蕩れていると、彼女は俺の顔を覗き込んできた。

 心臓が跳ね上がる。


「い、いや、なんでもない。……行くか」

「うん! こっちに綿あめ屋があったから行こっ?」


 結芽が俺の手を引いてくる。

 ほんと、俺の彼女は困った子だ。


「忠君!! もうっ、何かお仕事で心配事でもあるの?」

「いや──」

「なら──私と一緒に居て、楽しくない……?」

「彼女と一緒にいて楽しくない彼氏なんているのか?」

「なら、お仕事の事は忘れて、今は私の事だけを見て」


 結芽の琥珀の目が俺の目を捉えて逃がさない。

 この子は、俺の仕事場──陸自の駐屯地で開催されている夏祭りに浴衣姿で押しかけて来て「一緒に遊ぼっ?」と言ってきた。

 ほんと、行動力の化身だ。一体誰に似たのか……。


「多分、忠君に似たんだと思うよ?」


 口に出ていたか……。


「失敬な。俺はいつも慎重に行動しているぞ?」

「ほんとにぃ??」

「本当だ」


 結芽の顔がにへらっと笑った。


「おじさん! 綿菓子ひとつちょうだいっ!」


 結芽が、綿菓子を作って出店を出している陸曹長にそう言う。


「おう、嬢ちゃん! 連れさんの分は?」

「いらないよっ! 一緒に食べるからっ!」


 また勝手なことを……てか、陸曹長のにやにや顔がうぜぇ。


『いい嫁さんですね、一佐!』


 目がそう訴えている。

 まだ嫁じゃないっての。


「はぁ、仕方ないか。全隊員に通達。お前ら、羽目を外さない程度に全力で楽しめ。警衛隊には後日ローテーションで有給休暇を支給する。そして、羽目を外したヤツら全員、レンジャー送りか即応連隊送りにしてやるから覚悟しとけよ? 通信終わり」


 よし、これでいいだろ。


「はい、忠君! あぁ~ん」

「……はぁ、あぁ~ん」


 甘くて美味しい。


「むふふ~、忠君、次はあっち!」

「ちょっ、走るなって。危ないぞ!」

「きゃっ」


 結芽が足を滑らせた瞬間に、足を踏み込み、地面を蹴り上げて加速する。

 彼女を横抱きにし、人混みから抜け出す。


「ほら、言わんこっちゃない。はしゃぎすぎだっての」

「えへへ~、ぎゅーっ」


 急に、首元に抱き着いてきた。

 なんだよ、この可愛い生物は。


「どうした?」

「あのね、私、今日を本当に楽しみにしてたんだよ? 好きな人と一緒にいるっていうのは、本当に人生で最高な事なんだよ? それがお祭りなら尚更だよ。少なくとも、私の中ではね」

「……ああ、そうだな。少なくとも、三年前、結芽と付き合い始めた時は、ここまで関係が長続きするとは思わなかったし、俺が結芽の事をここまで好きになるとは思わなかった。……俺にとってはな、結芽がここに来てくれたおかげで、今日という祭りが最高な物になったんだ」

「むふふ~、そうでしょそうでしょ? 私ってば、出来る彼女?」

「ああ、そうだな」


 結芽を地面に降ろしてから頭を乱雑に撫でる。


「ど、どうしたの?」

「いや、なんでもない。明日暇?」

「──っ! うん! 暇だよっ!」

「それじゃ、遊びに行くか」

「うんっ!」


 可愛い。ほんと、今年の夏祭りは──人生で一番の、最高の祭りになったな。

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No Title ─もし、あの時~であったら。─ 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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