第17話
伊吹は車に戻るとスマホを取り出し、電話を掛け始める。
「もしもし? 伊吹です。はい……申し訳ございません、少々遅れます。はい、大変申し訳ございません」
伊吹は電話をし終えると、車のエンジンをかけて走り出した。
「若造が……あまり無理をするなよ」
伊吹は小さくつぶやき、嬉しそうにほほ笑んだ。
*
「……」
「……」
優一と芹那はお互いに無言で家に向かって歩いていた。
しかし、一つだけ違うことがあった。
それは、優一が芹那の手を握って離さない事だ。
突然の出来事に、芹那は困惑しながらも優一を心配しており、なんだか複雑な気持ちだった。
芹那は優一に手を引かれながら、優一の家まで帰った。
自宅に戻っても優一は無言だった。
「優一さん、傷の手当てを……」
芹那はそう言って薬箱を持ってきて、優一の手当てを始める。
「……悪い……」
「いえ、もう慣れました」
「そうじゃねぇ……俺のせいでお前に怖い思いをさせて……」
「別に私は気にしてませんよ」
「……芹那……お前、もう俺に近づくのはやめろ」
「え……」
「また、こんな事になったらどうする? 今回はあのジジイが助けてくれてなんとかなったが……次はどうなるか……」
そう優一が言った瞬間、芹那は優一の頬を両手で押さえた。
「な、なにを?」
芹那の顔が近くなり、優一は困惑する。
芹那は頬を膨らませ、不満そうな表情で優一に話始める。
「嫌です」
「で、でもお前だってわかっただろ? いくらもう喧嘩はしてないって言っても、あぁ言う馬鹿共はまだ俺を狙ってる! また怖い目にあうのは嫌だろ?」
優しくそういう優一。
芹那はそんな優一の頬から手を離し、再び思いっきり手を優一の頬に戻す。
「いでっ!! ふぁ、ふぁにしやがる!!」
「私は優一さんと離れる方が嫌です!!」
「だ、だけど……」
「じゃあ優一さんが守ってくださいよ!」
「……俺は……今回だってお前を……」
「じゃあ私が強くなります! 強くなって優一さんに迷惑かけないようにします!」
「そんな無茶苦茶な……」
「優一さんと一緒に居られるなら、私はなんでもします!」
そう言いながら笑みを浮かべる芹那の顔が、優一には昔の高志のあの笑顔と被って見えた。
「え! きゃっ!」
優一は気が付くと芹那を抱きしめていた。
そして、優一は涙を流す。
「悪い……少しで良いからこうさせてくれ……」
「もちろん、良いですよ……優一さん」
芹那はそんな優一の頭をあやすように優しく撫でる。
優一は芹那を強く抱きしめ、誓った。
この子の事は何があっても自分が守ろうと。
*
「はい、これでオッケーです!」
「サンキューな」
すっかり手慣れた芹那の傷の手当。
最近では消毒液や絆創膏に少し詳しくなっていた。
「手慣れたもんだな」
「誰かさんが怪我ばっかりするからですぅ~」
「すまん」
「もういいですよ、でも私に心配をかけた罰として、今日は私のいう事を聞いてもらいますからね!」
「拒否権なんて無いんだろ?」
「はい!」
「……無理なのはやめてくれよ?」
「じゃあまずは私をろうそくでいたぶってみましょうか?」
「初っ端から無理なのが来たぞ……」
「さぁ! これで私を存分に甚振って下さい!! はぁ……はぁ……」
「はぁはぁするな!! 絶対に嫌だ!!」
「さっき私の言う事を聞くって言ったじゃないですか!!」
「言ったが、それとこれは話が別だ!! 俺は女を甚振る趣味は無い!」
「じゃあこの鞭で!!」
「同じだろ!」
「じゃあこの荒縄で!!」
「いい加減にしろ!」
「あうっ!」
優一はそう言って芹那の頭に手刀をくらわす。
「うぅ……なんでも言う事聞くって言ったのにぃ~」
「限度があるわ!」
「はぁ……いつになったら優一さんはSに目覚めてくれるんでしょうか……」
「一生ねーよアホ」
優一はそんな事を言いながら、ため息を吐き笑みを浮かべる。
「じゃあ、明日一緒に出掛けるか?」
「え! 良いんですか! 実は私行きたい店があったんですよ!!」
「SM系以外なら付き合うぞ」
「………はい!」
「なんで少し溜めたんだ?」
目を泳がせる芹那に優一は再びため息を吐く。
「はぁ……まぁ、店くらいならどこでも付き合ってやるよ……」
「本当ですか! やった!!」
まぁ、たまには良いだろうと優一はそう思いながら、芹那の頭を撫でる。
「へ? な、なんですか急に!」
「別にいいだろ……」
「うぅ……なんかこう……恥ずかしいって言うか……」
「SMが恥ずかしくなくて、なんでこれが恥ずかしいんだよ……」
「あ! そういえば晩御飯の買い物してません!!」
「なら、今から一緒に買いに行くか」
「え!? 大丈夫ですよ、私一人で」
「さっき何があったか忘れたのか? 良いから一緒に行くぞ」
「で、でも怪我してるじゃないですか……」
「良いから行くぞ」
「あ……」
優一はそう言って、芹那の手を引いて買い物に向かった。
「何が食べたいです?」
「なんでもいいよ」
「うーん、それが一番困るんですけど……」
「じゃあ、カレーで」
「わかりました! あ、優一さんのお母さんって今夜は遅いんですか?」
「あぁ、多分な」
「それなら……」
二人はそんな話をしながら、近所のスーパーに向かった。
仲良く手を繋ぎながら。
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