第17話

 伊吹は車に戻るとスマホを取り出し、電話を掛け始める。


「もしもし? 伊吹です。はい……申し訳ございません、少々遅れます。はい、大変申し訳ございません」


 伊吹は電話をし終えると、車のエンジンをかけて走り出した。


「若造が……あまり無理をするなよ」


 伊吹は小さくつぶやき、嬉しそうにほほ笑んだ。





「……」


「……」


 優一と芹那はお互いに無言で家に向かって歩いていた。

 しかし、一つだけ違うことがあった。

 それは、優一が芹那の手を握って離さない事だ。

 突然の出来事に、芹那は困惑しながらも優一を心配しており、なんだか複雑な気持ちだった。

 芹那は優一に手を引かれながら、優一の家まで帰った。

 自宅に戻っても優一は無言だった。


「優一さん、傷の手当てを……」


 芹那はそう言って薬箱を持ってきて、優一の手当てを始める。


「……悪い……」


「いえ、もう慣れました」


「そうじゃねぇ……俺のせいでお前に怖い思いをさせて……」


「別に私は気にしてませんよ」


「……芹那……お前、もう俺に近づくのはやめろ」


「え……」


「また、こんな事になったらどうする? 今回はあのジジイが助けてくれてなんとかなったが……次はどうなるか……」


 そう優一が言った瞬間、芹那は優一の頬を両手で押さえた。

 

「な、なにを?」


 芹那の顔が近くなり、優一は困惑する。

 芹那は頬を膨らませ、不満そうな表情で優一に話始める。


「嫌です」


「で、でもお前だってわかっただろ? いくらもう喧嘩はしてないって言っても、あぁ言う馬鹿共はまだ俺を狙ってる! また怖い目にあうのは嫌だろ?」


 優しくそういう優一。

 芹那はそんな優一の頬から手を離し、再び思いっきり手を優一の頬に戻す。


「いでっ!! ふぁ、ふぁにしやがる!!」


「私は優一さんと離れる方が嫌です!!」


「だ、だけど……」


「じゃあ優一さんが守ってくださいよ!」


「……俺は……今回だってお前を……」


「じゃあ私が強くなります! 強くなって優一さんに迷惑かけないようにします!」


「そんな無茶苦茶な……」


「優一さんと一緒に居られるなら、私はなんでもします!」


 そう言いながら笑みを浮かべる芹那の顔が、優一には昔の高志のあの笑顔と被って見えた。

 

「え! きゃっ!」


 優一は気が付くと芹那を抱きしめていた。

 そして、優一は涙を流す。


「悪い……少しで良いからこうさせてくれ……」


「もちろん、良いですよ……優一さん」


 芹那はそんな優一の頭をあやすように優しく撫でる。

 優一は芹那を強く抱きしめ、誓った。

 この子の事は何があっても自分が守ろうと。





「はい、これでオッケーです!」


「サンキューな」


 すっかり手慣れた芹那の傷の手当。

 最近では消毒液や絆創膏に少し詳しくなっていた。


「手慣れたもんだな」


「誰かさんが怪我ばっかりするからですぅ~」


「すまん」


「もういいですよ、でも私に心配をかけた罰として、今日は私のいう事を聞いてもらいますからね!」


「拒否権なんて無いんだろ?」


「はい!」


「……無理なのはやめてくれよ?」


「じゃあまずは私をろうそくでいたぶってみましょうか?」


「初っ端から無理なのが来たぞ……」


「さぁ! これで私を存分に甚振って下さい!! はぁ……はぁ……」


「はぁはぁするな!! 絶対に嫌だ!!」


「さっき私の言う事を聞くって言ったじゃないですか!!」


「言ったが、それとこれは話が別だ!! 俺は女を甚振る趣味は無い!」


「じゃあこの鞭で!!」


「同じだろ!」


「じゃあこの荒縄で!!」


「いい加減にしろ!」


「あうっ!」


 優一はそう言って芹那の頭に手刀をくらわす。

 

「うぅ……なんでも言う事聞くって言ったのにぃ~」


「限度があるわ!」


「はぁ……いつになったら優一さんはSに目覚めてくれるんでしょうか……」


「一生ねーよアホ」


 優一はそんな事を言いながら、ため息を吐き笑みを浮かべる。


「じゃあ、明日一緒に出掛けるか?」


「え! 良いんですか! 実は私行きたい店があったんですよ!!」


「SM系以外なら付き合うぞ」


「………はい!」


「なんで少し溜めたんだ?」


 目を泳がせる芹那に優一は再びため息を吐く。


「はぁ……まぁ、店くらいならどこでも付き合ってやるよ……」


「本当ですか! やった!!」


 まぁ、たまには良いだろうと優一はそう思いながら、芹那の頭を撫でる。


「へ? な、なんですか急に!」


「別にいいだろ……」


「うぅ……なんかこう……恥ずかしいって言うか……」


「SMが恥ずかしくなくて、なんでこれが恥ずかしいんだよ……」


「あ! そういえば晩御飯の買い物してません!!」


「なら、今から一緒に買いに行くか」


「え!? 大丈夫ですよ、私一人で」


「さっき何があったか忘れたのか? 良いから一緒に行くぞ」


「で、でも怪我してるじゃないですか……」


「良いから行くぞ」


「あ……」


 優一はそう言って、芹那の手を引いて買い物に向かった。

 

「何が食べたいです?」


「なんでもいいよ」


「うーん、それが一番困るんですけど……」


「じゃあ、カレーで」


「わかりました! あ、優一さんのお母さんって今夜は遅いんですか?」


「あぁ、多分な」


「それなら……」


 二人はそんな話をしながら、近所のスーパーに向かった。

 仲良く手を繋ぎながら。

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