今日、生まれる神様

N's Story

第1話 おまつり

「最高のお祭りって何だと思う?」

 縁側に体重をかけ、拝殿に上がり込む。奥からは榊の匂いが香った。

 境内は風で揺れる木々の音ばかりで、外界と隔絶されているかのようだ。

「なんです、藪から棒に」

 首をかしげた彼は、僕の隣に腰を下ろした。

「いやね、近年地方の規模の小さな祭りは、それを担う人が減っていて消滅したりしているようなんだよ。そこでね、僕は次の祭りに、斬新で画期的な策を講じてどうにかと思っているわけだ。この神社を祭と共に盛り上げる!」

「なるほど。いつまでも受け継いでほしいと。そのためにどうしたら人が呼べるのか、という話ですか」

 閑散としたこの神社も、祭りの日には参道に出店が並び、それなりの人が訪れる。それも近年ではどんどん人が少なくなり、屋台の数も手で数えられるほどになってしまった。

「そう。だから、君にとって一番良い祭についてひとつ聞いてみたわけだ」

「ペルソナが偏ってはいないですか?」

 冷静な彼は目を閉じると小さく笑った。確かに、彼だけにこの話をするのでは根本の解決にならないのだろう。

「そうは言っても、実際に参加する者をターゲットにするのは重要だと思うんだ」

「斬新で画期的というところに、欠けてしまうのではないでしょうか」

 実際の参加者というのは従来の参加者であるのだから、人を呼ぼうという考えに反する。

「それは否めない。けれども、あまりに斬新過ぎても、元の儀式の意味が失われては困らないかな」

 彼はしばらく宙を見て、ゆっくりと賽銭箱へ視線を移した。

「祭りなんてものは参加する人間のエゴですよ。四月は豊作を願い、夏は死者を想い、秋は収穫に感謝する。祈りのひとつの形でしょう」

「それが神様には必要だと僕は思うのさ。それに賽銭は神社の維持費。神様に介入の余地はないよ」

 賽銭箱の後ろを開け、中身を確認する。これでは到底、維持費には足りない。僕一人の微々たる支援ではどうしようもないのだ。

「人々の信じる心があってこそですからね。まあ、悪いことをした者を祀ることで、平和を手に入れるといった形もありますけれども、それも例外なく祈りですから」

「でも、それがもし神様を維持するのに必要なことのひとつであるのなら、神様にとって必要な斬新で画期的な別の方法を考えても良いんじゃないかなと思うわけさ」

「なるほど、おおよその意図はわかりました。つまるところ、祭りの形でなくとも祀れれば良いというわけですね。ですが熱心な信者、貴方が一人いれば私には十分なのですよ。貴方がそう祈っているだけで、存在できるのですから」

 神様は静かに笑みを浮かべた。

「それじゃあだめだよ。だって、僕がいなくなったら君は……」

「貴方のためだけに存在する神ではだめなのですか?」

「そんなことはないけれど……」

 もうこの神社の神を信じている人間など、僕を除けばほとんどいない。ずっとこの神社と共に生きてきた人々は、既に片足を棺桶に突っ込んでいる。下手をすればこの神社のことを、その記憶の中に留めておくことも難しくなっている。だから、僕がいなくなれば信仰がそこで途絶えるも同然なのだ。祭りもなくなれば、いよいよそれは本格化する。

 神様はまたしばらく黙って宙を見てから、今度は僕の方に視線を移した。視線と言っても、何処を見ているのかわからない形をしているから、それはなのだけれど。

「私も詳しくはないのですが、日本には神を守る仏がいるようです。元々土着の信仰が強い日本に仏教が入ってきたとき、その信仰心と共に仏教を発展させるために生まれたとか何とかいう在り方のようです。多神教であるがゆえに出来た技でもあるわけですが」

「どういうこと?」

「神様を存在させるためだけの神様を作れば解決はしませんか?」

「互いに信仰しあう神様?」

 神様を守るための神様同士であれば、半永久的に存在し続けられるのだろうか。

「そうですとも。貴方がそうありたいと祈るのであれば」

「そうしたら、たった二人で毎年、誕生日みたいにお祭りが出来るってわけ?」

 神様はまた首を傾げた。

「貴方はお祭りが好きなのですか?」

「ううん、神様をおまつりしたいだけさ」

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