提灯、祭囃子の延長に
そばあきな
提灯、祭囃子の延長に
「なあ、これからも俺と友達でいてくれるか?」
ある日の帰り道、
ギクリとする。涼は知らない。俺が、涼の幼馴染である望月さんの事が好きだという事を。涼は鈍いから、知っているわけがない。なのに、どうしてこんなに心臓がうるさいのだろう。涼は恋愛事には疎い。昔、涼は幼馴染の望月さんの事を鈍いと馬鹿にしていた。でも、涼だってその望月さんから向けられている好意に気付いていなかった。だから、人の事は言えないとは思った。そんな涼が、必死に隠している俺の望月さんへの好意に、気付いているわけがないのだ。
どう返答しようかと考えている間にも、尋ねてきた涼は至極真面目な顔でこちらを見ていた。もちろんだ、と俺は声を震わせる事なく答えられたか心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。それならよかったと、涼は笑みをこぼしていたから。その顔を、まともに見られなくなったのは、いつからだっただろう。
普段、よく分からない用件で話しかけてくる女子とは違う。最初はそれだけだった。
友達の幼馴染だった。友達の涼を通して話すうち、一緒に帰るうちに惹かれてしまったのだ。望月さんの気持ちは知っていた。見ていたら気付く。気付いていないのは、彼女の想い人――涼くらいだろう。
「
涼のスタンスは、いつでも同じだった。でも、そんな涼の何気ない言葉を盾に、俺は友達の大事な幼馴染を奪い取ってしまうのかもしれない。
「涼にとって彼女は、ただの幼馴染だろ?」とでも言って笑えば、涼はきっとそれ以上何も言えなくなってしまう。そんなズルい友達に成り下がらないよう、俺はいつだって抑えていたように思う。
「涼、俺の告白に協力してくれないか?」
夏が終われば受験勉強で忙しくなり、年が明けてしばらくすれば高校生になる。高校生になったら、もう二度と二人には会わないかもしれない。その頃の俺は、整理をつけたくて焦っていたのだろうか。中学最後の夏休み。俺は涼と一緒にある計画を立てた。
でも、俺には分かっていた。俺にとっての好きな人が望月さんであるように、望月さんにも好きな人はいる。涼と望月さんの過ごした年月は、俺なんかより遥かに長くて――。
つまり、最初から勝ち目がない恋だったのだ。
それでも、あの夏祭りに告白しようとしたのは、せめてもの抵抗だったのだろうか。正直、結果はどちらでもよかった。ただ、何か変わるきっかけが欲しかったのだ。俺が告白した事で、涼に何か心境の変化が起こるかもしれない。望月さんが、涼にもっと何かしらのアプローチをするかもしれない。俺が踏み台になってもいい。それくらいの気持ちで、俺は涼に提案したつもりだった。
ただ、それが原因で涼が居なくなるなんて思っていなかった。俺のせいだった。あの日の涼の行動は、イレギュラーの俺がいたからなのは明らかだった。例年通りなら、涼は望月さんと二人で夏祭りに行っていた。俺が居なければ、涼が途中で花火を買いに行くと言って、一人で近道の林なんか抜けようとはしないだろうし、足を滑らせて道路に飛び出すなんてしなかっただろう。
望月さんは今でも、俺と涼の計画を知らない。偶然俺と合流して、頃合いを見計らって花火を買いに涼が抜ける。それが偶然ではなく、予定されていた行動だったのを知っているのは、もう俺しかいない。もし、俺が夏祭り前に計画を断っていれば。当日にりんご飴の出店に姿を現さなければ、涼は死なずにすんだのに。
誰にも言えない罪は、確実に俺の体を蝕んでいた。
でも、あの夜にすべてが変わった。
涼が死んで一年後、一年前の事故のことなんか忘れたようにして再び開催された夏祭り。涼があの日駆け抜けただろう森の中にあった大きな岩の場所に手を合わせて、帰ろうとしたあの時に、アイツの声が聞こえたんだ。
「――頑張れよ」
奇跡だと思った。死んだはずの涼にもう一度会うことが出来るなんて。
振り返った時に見えた友達の姿は、一年前と変わらない姿でそこに立っていた。
驚く俺と隣の望月さんを見て、涼は心底嬉しそうな表情をする。
まるで、俺と望月さんの動向だけが気がかりだったみたいに。
なあ、どうしてお前は、俺を恨んでいないんだ?
「お前らの事、応援してるっ! 幸せにな……」
涼がこちらに向かって大声で叫ぶ。言い終わると同時に、提灯の光が消えて涼の姿は見えなくなった。
――――そうだよな。お前はそういう奴だったよ。人の恋愛事を、自分の事みたいに心配して出来る限り相談に乗ってくれる、いい友達だったな。
「……ありがとう、涼」
その言葉で、少しだけ救われたような気がした。
そして、涼のおかげで、祭囃子がもう一度好きになれた気がした。
俺はもう、過去を振り返らない。
提灯、祭囃子の延長に そばあきな @sobaakina
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