うるう年の奇跡
つきの
第1話 2016年2月29日🐾出会い🐾
あたしは額に小さな三日月の印を持つ、ノラの黒猫だ。
名前は……決まったのはない……けど、人間はこの黒い毛並みからだろうけれど、大抵「クロ」って呼びかけてくる。
黒い猫だからクロなんて、まったく、安易だわね。
まぁ、それでもせっかくだから「にゃーお」って鳴いてみるとトロけそうな顔をしてるから、まぁ可愛いもんよね。
煮干しだのの、ちょっとしたプレゼントを貰うこともあるし、悪い気はしないし。
🐾
そんなあたしがあの子に出会ったのは、まったく偶然だった。
あの日、ちょうどあたしは4年に1度の『大化けの日』を迎えていた。
あたし達、猫一族には秘密がある。
それが、この4年に1度だけの『大化けの日』
これは、どの猫の一族にもあるわけではない。
あたしの額にある小さな三日月の印、これが由緒正しき三日月黒猫である証。
この印を持つ黒猫だけが4年に1度のうるう年の日に人間に化けることができるのだ。
とはいえ、性別などは変えることはできない。
あたしは
そして、この1日は4年に1度しかないし、気力体力が充実していないと上手くいかない。
なかなか貴重な1日なのよ。
🐾
その日、初めての『大化けの日』を迎えたあたしは、かなり緊張していた。
場所は古い神社の境内。
もう、宮司さんも居なくなって、お社も朽ちかけている。掃除やお参りの人も、ほとんど来ないから(少なくとも見かけたことは無い)あたしの根城にするには、もってこいだった。
さてと、どんな女の子に化けようかなぁ。
何しろ初めてだから、そんなにバリエーションがある訳じゃない。
とりあえず、年頃は小学生高学年くらいかな。
これでも今日の為に人間の女の子を見て色々研究したのだ。
えーと、小学校5年生?くらいになるのかなぁ。
黒髪(やっぱり自分の毛色と同じ髪色の方がイメージしやすい)短めのおかっぱ頭(長くするとそれだけ妖力がいるから)これなら額の三日月の印も隠せるよね。
洋服はシンプルな黒のワンピース(これも初心者だからね)季節柄ともしも、耳が出た時の為の時、誤魔化せるのも兼ねて淡いタンポポ色のフードつきパーカーを羽織る。
靴もワンピースに合わせて黒のスニーカーにした。
あたしは水たまりに自分を映して確認する。
尻尾もちゃんと隠せてる。
ヒゲも大丈夫!うん、完璧!のはず。
🐾
そして、意気揚々と境内からの階段を降りていた時、その男の子が下から上がってきた。
年頃は化けたあたしと同じくらいかな。
少し右足を引きずっていたので、つい目にとまった。
男の子もあたしに気づいたみたいで、ちょっと恥ずかしそうな、ちょっと怪訝そうな(こんな誰も来ないような神社から降りてきたからでしょうね)顔をしてた。
そうして二人がすれ違った時に……男の子がバランスを崩して転けそうになったの。
このままだと転げ落ちて怪我をしてしまう。
猫ならではの反射神経で、さっと腕を掴む。
ヒヤリとしたけど、何とか男の子はバランスを取り戻して転けずにすんだ。
緊張した空気が、ふっと
「……ありがとう」
照れくさそうに男の子が言った。
「ううん、それより大丈夫?」
あたしは声を出してみて、ちゃんと人間の女の子の声になっていてホッとする。
男の子に手を貸して、もう一度、階段を上りながら、あたしは彼に聞いた。
「ねぇ、なんでこんなとこに来たの?」
足が悪いようなのに、神社の、それもこんな寂れた神社に何しに来たんだろう。
🐾
階段を上りきったので、境内の隅にある、木で出来たベンチに、二人並んで座る。
「ん、とさ、それより先に自己紹介。僕は
あたしはちょっと焦った、クロっていうのはあんまり人間の女の子らしくないものね……。
「えーと、あたしはね」
その時、ふと額の三日月の印を思い出した。
「みつき、っていうの」
「みつきかぁ、みつきちゃん、助けてくれてありがとう」
睦くんはニコッと笑ってお礼を言った。
「別にそんな、お礼なんていいよ。それより落っこちなくて本当に良かったね」
「それにしても、さっきの質問だけど、睦くんはどうして、この神社に来たの?」
あたしが改めて聞くと、睦くんは少し寂しそうな顔をした。
「うん、それはね、僕のこの足」
あの引きずっていた足だ。
「僕、本当はね、陸上部に入ってて。走るの好きだったんだ。走ると風が耳の側でビュンビュンいってさ、自分も風になったみたいで……」
「今度の競技会にも出れるはずだったんたよ。それなのに……」
睦くんは、そこで少し黙った。
「車の事故に
あたしは、何も言えなくなる。
「それで、この神社に来たのはね。前に聞いたことがあったから。ここに願掛けしたら願いが叶うって」
「願いが?」
「うん、僕は諦めずにリハビリを頑張ろうと思う。でもさ、それだけじゃなくて神様にもお願いしようと思ってさ」
「おかしいかな?こんなの」
「ううん、ううん」
あたしはブンブン首を振った。
「おかしくなんてない。気持ちわかる気がするよ」
睦くんは色々なことを話してくれた。
小さい頃に亡くなったお父さんが陸上選手だったこと。
睦くんも足が早くて、それで部活動でも陸上部に入ったこと。
夢はお父さんみたいな陸上選手になることで、その為にもずっと練習していて……。
「だのに……」
睦くんは唇を噛んで俯いた。
でも、それから顔をあげて
「リハビリ頑張るつもりなんだ。今日ここに来たのも頑張れるようにって、だからその願掛け」
まるで自分に言い聞かせているみたいだった。
「そういえば、みつきちゃんは、この辺に住んでるの?小学生?だよね?○○小学校?」
不意に睦くんが聞いてきたので、あたしはドキッとした。
「うん、○○小学校じゃないけど、この神社からは、そんなに遠くないとこに住んでるよ」
答えたけど心臓はバクバクしていた。
「あのね、あたしの家、お父さんの転勤が多くてね、また転校しなきゃいけなくて。だから、ここも今日でお別れなの」
あたしは思いつくままに続けた。
「この神社は越してきた時からお気に入りで、良く遊び場にしてたから。最後にもう一度来たくて」
「そうなんだ……」
睦くんは残念そうに言った。
「せっかく仲良くなれたのに、もう会えないなんて寂しいな」
「あ、あのね」
あたしは思わず口にしていた。
「4年したら、またこの街に戻ってくるみたいなんだ」
「だから、もし、もし良かったらだけど、4年後の2月29日に、この神社でまた会わない?」
「睦くんが覚えていたらで、かまわないからさ」
「うん!約束!忘れるもんか」
睦くんが力強く答える。
「4年後の2月29日、ここで待ってるよ。僕の家はね、このすぐ近くなんだ。これからも毎日、ここに来て願掛けするよ」
「約束の日には学校が終わったら、すぐここに来て、日が暮れるまでここにいる。その時までに、また思いっきり走れるようになっていて、みつきちゃんに走る姿を見せれるように頑張るよ」
あたしが小指を出して
「ゆびきり」
って言うと睦くんも照れながら、ゆびきりをしてくれた。
こんな風に、あたしたちは笑顔で約束をしたのだった。
🐾
睦くんと一緒に、手を合わせてカミサマにお参りと願掛けをした後、神社の階段を降りたところで、あたし達は右と左に別れた。
「4年後に……またね!」
そう言い合って。
🐾🐾🐾
2016年2月29日うるう年の日
こうして、あたし黒猫のクロこと『みつき』は人間の男の子『睦』くんと大切な約束をした。
4年後、2020年の2月29日うるう年の日に、もう一度、この場所で会うという約束を。
🐾🐾🐾
その日、睦くんと別れた後、黒猫の姿に戻ったあたしは、神社の近くに住んでいるという睦くんから聞いた話を頼りに、彼の家を探した。
猫は犬ほどではないけど、嗅覚は敏感だ。
あたしは睦くんの匂いを辿りながら歩きまわって、小さなアパートに行き着いた。
二階建ての古いアパートの一階の一番奥の部屋、そっと近づくと晩ご飯の途中みたいで、睦くんの声が聞こえてきた。
「お母さん、今日あの神社でね、女の子に会ったんだよ。僕と同じくらいの歳の子」
「そうなのね、この辺に住んでる子かしらね」
お母さんだろう、優しそうな女の人の声が答えている。
「うん、でも何だかね、明日引っ越しちゃうって言ってた。お父さんの仕事の都合だって。僕が階段でつまずいて転けそうになった時、助けてくれたんだよ。みつきちゃんっていうんだ。仲良くなれそうだったのになぁ」
あたしの話をしてるんだ。
ドキン、とする。
睦くんは続けて話す。
「でもね、約束したんだよ」
「約束?どんな約束をしたの?」
お母さんが尋ねる。
「リハビリ頑張って、前みたいに走れるようになって、そしたら4年後の同じ日にあの神社でまた会おうねって約束!」
睦くんが答える。
「そう……。そんな約束をしたのね。うんうん、じゃあ、頑張らなきゃね!お母さんも協力するから一緒にリハビリ頑張ろうね」
「うん!」
🐾
あたしは窓の側からそっと離れた。
そして、その日から黒猫の姿で、睦くんとお母さんを、ずっと見守ろうと心に決めたんだ。
次に再会する2020年の2月29日のうるう年まで。
🐾
これは、それから後の日に、あたしがアパートの窓の外で、睦くんとお母さんが話しているのを聞いたことなんだけど……。
お医者さんが言うには、睦くんの事故で折れた右足は治ってはいるらしいけど、足首だけでなく、折れた側のヒザとかの
そのとれーにんぐしながら、りはびり(この言葉はあの時、睦くんも何度も言っていた)をやっていく、ということみたい。
とれーにんぐというのも、りはびりというのも猫のあたしには、よく分からないけど、随分、大変そうだなぁと思った。
何かもっと、あたしにできることはないだろうか。
この小さな黒猫の姿でもできること。
あたしは考えて、見守りながら願掛けをする事にした。
三日月黒猫一族に伝わる願掛けを……。
🐾🐾🐾
(続く)
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