学年トップの美少女と夏祭りデート
西 勇司
夏祭りデート
これは高校2年生だった俺の小さな夏の物語。事の発端は夏休みが始まる前日だった。
「くれぐれも、ハメを外しすぎないようにな~」
担任の教師が忠告を言い残して教室を去ると、クラスは一気に喧騒に包まれた。話題は当然、夏休み中の部活動、遊びの約束などで持ち切りだった。そんな中、俺は特に部活動はやってないし出かける予定もないから、家で一日中ゲームして、アニメを遅くまで観てゴロゴロと過ごすんだろう。なにそれ、最高かよ。
「よし、さっさと帰るか」
机の横に提げてる鞄を掴んだ瞬間、背中に妙な予感がゾゾッと走った。その妙な予感は的中し、俺の夏休みの予定が一瞬で崩れることとなった。
「ハロハー!光輝!」
げっ、この声は同じクラスの大島結衣!
そんな意味の分からないあいさつをしながらやってきたショートカットが似合う体育会系女子。キュッと引き締まったスタイルと目鼻立ちの整った美貌から学年トップの美少女と評されている。大きなテニスリュックを背負っているからこれから部活に行くのだろう。ってか、相変わらず元気なやつだ。いつものノリで軽く相づちを打つ。
「ハワイにでも行くのか?」
「それはアロハーだし!」
その外見に加えて、キレのあるツッコミと明るい性格で評判の彼女はクラスを問わず友達が多い。これから部活があるから忙しいだろうに。
「お、俺になにか用?」
「あ、そうそう!光輝に頼みがあったの。ちょっとついてきて!」
そう言って、彼女はくるっと踵を返すとすぐに歩き始めた。
「あっ、おい待てよ~」
俺は慌てて鞄を掴むと、彼女を追いかけようと急いで教室を出た。
やがて、人気のない屋上へと繋がる階段に着くと結衣は神妙な顔持ちで俺の数段上に佇んでいた。
「頼みってなに?」
学年トップの美少女さんが俺に何の話だろうか。おもむろに話を切り出す。
「あのね……、コレなんだけど……」
スマホの画面を俺に向けてくると、そこにはLINEで女子とのトーク画面があった。
「クラスの男子と2人っきりで花火大会に行ってツーショット写真を撮ってくること?」
「うん、同じ部活の友達とあるゲームをしててね、私が負けちゃって罰ゲームをすることになったの」
頬にかかった短い髪の毛を指でくるくる回しながら、淡々と訳を述べる。
「えっ、どうして俺なんかが?」
「1番光輝が頼りがいがあって、安心かなーって……どうかな?」
そう思われてたのか!クラスである程度いいキャラをしていてよかった……。少し微笑んだ表情を向けられて、思わず恥ずかしくなってしまう。
「花火の写真を適当に送ればいいんじゃないか?」
「そんなのずるいに決まってるじゃん!」
「ええ……」
結衣はムスッと頬を膨らませて反論してくる。罰ゲームは正々堂々と実行しないといけないらしい。
「つべこべ言わずにオッケーすればいいの! 分かった?」
「わ、分かったよ……」
とりあえず、返事をすることにした。
「じゃあ、また後で連絡するね!」
そう言うとすぐに、颯爽と階段を駆けていった。
「よっしゃあ!!」
やがて、彼女の姿が見えなくなると思わず両手でガッツポーズをしていた。
学年トップの美少女と夏祭りデートか……。
思わずニヘッと笑みがこぼれてしまう。誰かに見られたら誰もが気持ち悪いと思うだろう。もちろん俺と結衣が付き合ってるということはない。俺たちはあくまでも仲のいい友達まで。魅力のない俺にはその先は到達できないと分かりきっている。この関係を楽しむので十分満足だった。
家に帰ってスマホを開くと、一通のLINEが入っていることに気づいた。俺はしゅばばっとLINEを開く。結衣からのメッセージだ。
「午後6時にここの最寄り駅でよろしくね!」
その下にはURLが貼ってあった。
──隅橋川花火大会。
隅橋川沿いの河川敷で行われる約20000発打ち上げられる大きい花火大会。
地元から少し離れた場所であることから同級生に偶然会わないようにという彼女なりの配慮なのだろう。
了解の意味を込めたスタンプを送信をすると、すぐに画面を閉じた。
それから、約束の日までは特にすることもなく、家でゴロゴロと過ごす日々が続いた。
8月1日の午後6時。そわそわと落ち着かない俺は最寄り駅で結衣と待ち合わせをしていた。
俺にとって今日は人生で初の夏祭りデートだった。仲の良い男女が出かけるんだからデートと言ってもいいはずだ。でも、どんな風に振る舞えばいいのだろうか。私服でよかったのだろうか。うーんと思考を巡らせていると、こちらに向かってくる軽快な足音が聞こえた。
「はろはー、光輝!」
「おっ、来たかー」
そう言って、結衣の方を向くと、すぐにあることに気づいた。いつもとは違う髪型で、しかも浴衣を着ている。ピンクを基調とした花柄の浴衣は結衣の魅力をより一層引き立たせていた。
最初に結衣を見た時に、驚いてつい口をぽかーんと開けてしまっていた。そんな唖然とした反応を見てか、結衣は満足したような表情をしていた。
「行こ!」
「ちょっと待ってよー」
結衣が早々と歩き出す。俺は小走りで追いかけた。
花火大会の会場に近づいてくると、屋台が並び、たくさんの人で賑わっていた。
なんとか追いついて、隣を歩く結衣に話しかけてみる。
「まだ花火まで時間あるけどどうする?」
「一通り屋台見て回ろ!」
片っ端から全部見るのかよ……。
脱力する俺を見てか、結衣は楽しそうに笑っている。
「ほら、こっちの焼きそば美味しそう!」
「お、おう……」
本当に相変わらず元気なやつだな……。
それからは結衣に振り回されながらも、過ごした時間は最高のひと時だった。
焼きそば、たこ焼き、りんご飴、射的などほぼ全ての屋台は回っただろう。
「まだ行ってない屋台ってあったっけ?」
たくさんの人混みの中、りんご飴を片手に歩く結衣が話しかけてくる。
「うーん、ほぼ一通りは回ったと思うけど……」
俺は他にまだあるか考えていると、夜空に1発、大きな花火が打ち上がった。
「光輝、見て! 花火!」
子犬のようにはしゃぐ結衣を見て、俺はあることを思いついた。
いつも先に行く結衣にはいい所を見せないとな。
「こっちついてきて」
俺は結衣の右手を握ると、人混みをすり抜けるように駆けていった。結衣は嫌がることなく黙って俺の後ろをついてきてくれた。
—結衣に花火を一望できる場所へ連れていきたい。
やがて息を切らしながら、河川敷にある土手までたどり着いて見上げると、夜空には色とりどりの花火が打ち上がっていく美しい光景が広がっていた。
「花火ってこんなにきれいなんだね……」
その光景を見た結衣がぽつりと呟く。
結衣の目に浮かんだ花火の光で反射された涙は、どこか特別な空間を生み出していた。
「ごめんね、生まれて初めて花火を見たから……」
そう言いながら、手で涙を拭ってみせる。
テレビでは見たことあるけど、自分の目で見たことはないってやつだろう。初めて見た花火が俺なんかでよかったのだろうか。そう思いながら、何も言わずにただ花火を見上げていた。
「私ね、初めて見た花火が光輝でよかったって思うの。だって、こんなにもきれいな景色を見せてくれたから」
「お、おう……」
結衣の花火を見上げる穏やかな横顔に圧倒されて、曖昧な返事をしてしまう。
繋いだままの左手からは、柔らかい感触と心地良い温もりを感じた。
やがて楽しい時間は一瞬で終わるように、約20000発ほどの花火は打ち終わり、周囲に流されるように俺たちも帰路につくことを決めた。
俺は結衣と見たこの景色は一生忘れないだろうとそう心に誓った。
暗い夜道を結衣と最寄り駅から歩いて帰っているところだった。隣を歩く結衣がぽつりと話しかける。
「わざわざ私の家まで送る必要ないよ?」
「ついでだよ、ついで」
俺が結衣の家とは反対方向ということは当然、結衣も知っている。
「なんかそういうの、ちょっとずるい」
下を向いて歩く彼女はいつもと違って大人しかった。
それから、しばらく会話することもなく結衣の家の前までたどり着いた。
玄関の前でくるりと回って、俺のことを見つめる。
「光輝、今日はありがとね」
俺は思わず動揺してしまった。別に結衣が可愛かったとかじゃなくて、珍しく素直に礼を言われたことについてだ。
「いいって、いいって。俺も今日はすごく楽しかったから」
軽く相づちを打ったけど、結衣の俺を見つめる表情はピクリとも変わらなかった。不思議に思っていると、突然結衣の目付きが真剣なものに変わったのに気がついた。思わず身体が硬直してしまう。
「……あのさ。……実はね、この前誘ったのは罰ゲームっていうのは嘘なの。本当はね……」
黙って結衣の言葉の続きを待ってみる。結衣の気持ちが揺らいでいるのだろうか。
「……生まれて初めて花火を見たかったから」
頬にかかった短い髪の毛を指でくるくる回しながら、少しはにかんで呟く彼女の瞳はどこか悲しそうな気がした。
結衣はハッと何かに気がつくと、ころっと表情を変えて笑顔を見せた。
「また学校でね。バイバイ、光輝」
「おう、またな」
片手を上げてフリフリする手を受けて、軽く別れの挨拶を交わし、家に向かって踵を返すした。
帰り道の途中、結衣から一通のLINEが来た。
「写真を撮り忘れた!😱💔」
『最後のハートは何?』
そう送信しようとしたけど、消して、
「目に焼き付けたから大丈夫」
そう送信して高鳴る心臓の鼓動を感じながらゆっくりとスマホの画面を閉じた。
学年トップの美少女と夏祭りデート 西 勇司 @nishi_yushi
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