第12話 お嬢様と花嫁修業
二人は、近くのファミレスで遅い昼食を取った後、少し離れたスーパーに買いものに出かける。
「す、すごい!」
スーパーに入ると、すぐに玲子は躁状態になっていた。
「お菓子って、こんなに安くて、いろいろあるのですね。
コンビニに置いてあるくらいの種類だけかと思ってました。
チョコレートも板チョコだけじゃなく、大袋に入っている。
きゃあ、ビスケットの上に大きなチョコがのっている。
あ、これが有名なオマケ付きのお菓子だ。
お菓子と言いながら中にお菓子がほとんど入っていないのですよね。
お米も、慎一さんの言う通りに、コシヒカリ以外に種類があるのですね。
しかも、魚沼以外でもお米は作られているんだ。」
売り場を渡り歩くたびに玲子は感激し、
「ねぇ、レイレイ、もしかして、スーパーに入ったの、今日が初めて?」
「はい、生まれて初めてです!」
「あっそう。
どおりで…」
(そんな子いるんだ。
小説の中だけかと思った。)
唖然とする慎一を後目に、玲子は魚売り場を覗き込む。
「レイレイは、魚の漢字、読める?」
「また、レイレイって言って。
読めますよ。
鯛、鮟鱇、垢穢、河豚、鮑、鮃、鮭」
「これは?」
「鰯。
でも、鰯って人も食べるんだ。
アシカやイルカのショーで海獣や大型魚のエサに使うだけで、人は食べない魚だと思って…
え?」
慎一は、グイっと玲子の腕を掴んで、魚売り場から肉売り場に玲子を連れて行く。
「し、慎一さん。
どうしたのですか?
腕が痛いですよ。」
「あ、ごめん、ごめん」
慌てて、玲子の腕を離す。
(あんな話しを他の人に聞かれたら、たまらないよな。
買おうと思っていた人の心象を悪くするだろうし、営業妨害と言われたら、えらいこっちゃ。
それに鰯は美味しくて好きな魚だから微妙だ)
慎一は握った玲子の腕の感触のことを考える余裕がなかった。
「いや、今日は魚より肉が食べたいなぁと思って。」
「もう、口で言ってくれれば、わかるのに。」
(いやいや、ここで話せないから。
帰ったらゆっくり、庶民の生活を説明しなくちゃ)
「あら?
ここのお肉、全部同じだわ」
玲子の一言に、慎一は嫌な予感を覚える。
「同じじゃないよ。
ほら、値札のところに、ロースとかバラとか書いてあるだろ。」
「そうじゃなくて、上とか特上とかのランク分けのことです。
牛肉はA5とかA4とかランクがあって、A3以下は加工用のお肉で普通に焼いたりして食べる肉では無いと。
し、慎一さん、どうかしましたか?」
玲子を横で慎一は頭を抱えて
それでも、スーパーで買い物をして、二人は慎一のマンションに戻る。
帰りの道では、玲子が心配そうに慎一を見ていた。
「慎一さん、具合、大丈夫ですか?
急に蹲ったりして。」
「大丈夫だよ。
早く帰ってアイスを食べようね。」
「はーい。」
アイスクリームと聞いて、玲子は顔を輝かせる。
「私、アイスモナカって食べて見たかったんです。」
(でたな、お嬢様)
「それも、チョコレート入りだなんて。」
「でも、アイスくらい、食べたことないの?」
「ありますよー。
ハーゲンダーツやサーティワンは、よく食べます。
ただ、こう言うモナカや棒付きのアイスは行儀が悪いし、見た目がよろしくないと言われ、食べたことないです。」
「はい、さよですか…。
でも、友達と出掛けた時は、ソフトクリームとか食べるとかするんじゃないの?」
「食べますが、外だとホコリになるから、お店の中で食べます。」
「もしかして、コーンにのっているのじゃなくて?
よく彼氏とデートの時に食べるじゃない?」
「ええ、コーン付きのは見たことありますが、お行儀悪いって。
この前食べたような、サンデーとか、パフェに入っているものです。
それに特定の男性とお付き合いしたことはありません。」
「そうなの。」
(え?
じゃあ、処…)
「慎一さん、何か変ですか?」
「いや、なんでもないよ。」
(でも、それならますます何でHKLなんだろ)
怪訝そうな顔をしている玲子を横目で見ながら、歩いていた。
「わっ!
美味しい。」
マンションに戻ると玲子は早速、買ってきたアイスモナカをぱくつき、うれしそうな顔をする。
「そうかぁ?」
高級なアイスの方が上手いだろうと慎一は懐疑的な目を向ける。
「美味しいですよ。
このパリパリしたモナカの皮に、アイスの中の板チョコ。
こんなに美味しいとは知りませんでした。」
「そうか」
慎一は、まぁ美味しいと言っているからいいかと思いながら嬉しそうです食べる玲子の顔を見て微笑む。
「慎一さん、ワイシャツはどこですか?」
アイスを食べ終わると玲子は部屋の中を見回す。
「ワイシャツ?
畳んでタンスの中だけど。」
慎一は、タンスを指差す。
「開けていいですか?」
「ああ、いいよ」
玲子はタンスを開けて中からワイシャツを取り出し、広げてみる。
「やっぱり、シワになっているわ。
慎一さん、アイロン持っていましたよね。」
玲子は押入れからアイロンとアイロン台を取り出す。
「何するの?」
「アイロン掛けです。」
「でも、それ一応形状記憶のタイプだよ」
「ダメです。
形状記憶のタイプでも、少しシワが残り、アイロンを掛けないといけないのがあるんです。
これ、おいくらですか?」
「え?
確か3枚で5千円だったかな。」
「アイロンを掛けなくていいレベルは、1枚5千円以上のクラスです。」
「そうなの?
詳しいね。」
「父がそういうワイシャツを着ているので、母から教わりました。
この前、平日にお会いした時からずっと気になっていたんです。」
そう言って玲子はアイロンをセットして、慎一のワイシャツのアイロン掛けを始める。
玲子は慎一のワイシャツのシワをアイロンで綺麗に伸ばしていく。
「へぇー、上手だね。
でも、お父さんのワイシャツはアイロンのいらない形状記憶のタイプじゃないの?
よくワイシャツのアイロン掛けが出来るね。 」
「はい、父のワイシャツはアイロンがいりません。
アイロン掛けについては、別に、母から教わりました。」
(花嫁修行も出来ているのか。)
妙に感心する慎一だった。
アイロン掛けが終わると、既に夕方の5時を回っていた。
「慎一さん。
少し早いですが、夕飯の支度に入っていいですか?」
夕飯を作って一緒に食べて、片付けまでするとなると、家に10時までに帰るとすると、慎一のマンションを8時30分には出なくてはならず、逆算するとそのくらいの時間から始めなくてはならなかった。
「ああ、構わないよ。
俺も何か手伝うから。
こう見えても、料理は結構、得意なんだ。」
「お弁当ばかり買って食べているくせに。
どこが、料理が得意なんですか?」
玲子がおかしそうに言う。
「え、まぁ、1人だし。
じゃあ、側で見ていていい?」
「はい」
しかし、調理は楽ではなかった。
ご飯を炊く電子ジャーが何年も使われなかったことに腹を立たのか、スイッチを入れても全く動作しなかった。
「どうしよう。
電子レンジで温めるだけで食べれるご飯のパック、確か下のコンビニで売っていたから買ってこようか?」
「いいえ、二人分なら鍋で炊けます。
ただ買ったお米が、魚沼産のコシヒカリでないので、上手く炊けるかですが…」
「おーい、日本の白米なら一緒だろう」
「そ、そうですね。」
悪気じゃないので、逆にタチが悪いと慎一はため息を吐く。
次にガスコンロが、電池切れで火が点かない。
「慎一さ〜ん、まったく使っていなかったんですね。
ライターやマッチはお持ちですか?」
「面目ない。
お持ちじゃないです。」
「仕方ないな〜。
何かいい木はないかしら。」
「え?
もしもし、もしかして火を起こそうとして?」
「はい、昔、キャンプで木の摩擦熱で火を起こしましたが、なにか?」
「いいえ、コンビニに電池を買いに行ってきます。」
(部屋が燃やされる!)
慎一は、ダッシュで電池を買って帰ってくる。
「ねぇ、レイレイ。
本気で木の摩擦で火を起こそうとしたの?」
息を落ち着かせ、慎一は玲子に尋ねる。
「また、レイレイって言って!
それに、そんなことする訳ないですよ。
原始人じゃあるまいし。」
しかし、慎一の目には、転がっている木の棒が見えた。
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