誰がために
維 黎
とある考察より
まず初めに。諸事情により実名を伏せさせて頂くことをお詫び申し上げます。
――
A及びBは事前に皮を剥ぎ取られていた。
Cは末端を落とされ、筋を強引に引き抜かれていた。
Dは長時間水攻めにされたかのように、その身はブヨブヨにふやけ1.5倍ほどに膨らんだ様子だった。
Eの症状を見ると、熱湯をその身にかけられたと思われる。
Fに関してはおそらくではあるが、数か月単位の長期間その身はホルマリン漬けのような状態だったと推測される。
一つ重要なことは、以下の所業はすべてたった一人の人物が行ったことである――と留意すべし。
Aは裁断されていた。その変わり果てた姿は、まるで製材所で加工された材木のようだ。
BとFは薄く切られ、DとEはそれぞれ、まるで計ったかのようにほぼ同じ幅に刻まれていた。
その後、A、D、E、Fは黒い液体状の物、茶色い粉末、白い粉末を混入された液体に放り込まれ、かなりの時間、釜茹でのような扱いを受けたと思われた。その後、しばらく放置されている。
BとCはそれぞれ個別で別の白い粉末を混入された液体に、他の物と同様、釜茹でのような扱いを受けた様子だったが、時間にして数十秒程度だったことが報告として上がっている。
その後Bに関しては酢酸系の成分が検出されて、Cにおいては直後に冷水に放り込まれた可能性が大いに高い。
以上のことを踏まえ
『ボウルにごはんと寿司酢を入れて切るように混ぜ合わせます。A、D、E、Fを加えて混ぜ、お皿に盛り付けます。のり、錦糸卵、B、C、紅生姜をのせて完成です』
ここで実名表記の許可が下りたので一部訂正と共に記述しておくこととする。
A:にんじん
B:レンコン
C:絹さや
D:干し椎茸
E:油揚げ
F:タケノコの水煮
誤:
正:
🌸🌸🌸
「わぁ、すごぉ~い! きれい! これ、パパが作ったのぉ?」
つぶらな瞳を目いっぱい大きくして、驚きと喜びの色を湛えた愛娘の眼差しが、胸の奥からじわじわと歓喜を湧きお起こす。自然、口元も緩んでしまう。
「そうねぇ、すごいねぇ。パパ、料理人さんみたいねぇ」
「うそっ! パパ、りょうりにんさんだったのぉ!?」
妻の言葉に驚いた娘は、私と妻の顔を交互に見つめてくる。
独身時代はそれなりに自炊をしていたので、包丁を握ることに抵抗はなかったのだが、そこは男の手料理。せいぜい、チャーハンや焼きそば、野菜炒めなど、具材を切って焼く程度の簡単な物ばかりで『料理が出来る』というほどの腕前ではないのが実情だった。
そこで今日の為に、娘には内緒で何度も練習を重ねてきたのだ。
試作品は会社で処理したのだが、おかげで、
『また"五目ちらし"かよ。好きだねぇ、お前も』
と、同僚から「ちらし寿司好き」と思われてしまったのは参ったが。
とはいえ、同僚にどう思われようとも、練習してきた苦労も含めて、
「ぱぱ、ありがとう!」
その一言を聞けば、ただただ「あぁ、幸せだなぁ」という思いで満たされていく。
まずい、涙腺が……。
「――ぱぱぁ、どうしたの?」
「ん、いや。なんでもない、なんでもない。それより、食べよう、食べよう! ――じゃぁ、手を合わせて……」
私が手を合わせたのを見て、妻も娘もそれにならう。
愛娘の健やかな成長を願い、万感の思いを込めて――
「「「いただきます!」」」
――了――
誰がために 維 黎 @yuirei
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