くらすたーばくだん
あきらっち
第1話
百太(四十一歳)
ガラッガタッ、ガラガラ。
玄関の引き戸が甲高い音を立てる。また立て付けが悪くなってきたようだ。ぼくは引き戸のゆがみを直すように手に力を込める。この家はぼくの祖父が建てたから、築七十年は優に超えているはずだ。何度か修繕してきたとはいえ、あちこちガタついている。せめて玄関くらいは近いうちに修繕したい。けれど次の瞬間には口座の残高の数字が脳裏によぎった。うん、まあ当分は我慢するしかないな。ぼくは手をパンパンとはたいた。
玄関を出れば、瑞々しい空気がぼくの額をなでる。磯の香りと新緑の香りがふわっと混ざって鼻をくすぐる。この街の東側には漁港がある。西側には小高い山々が連なり、麓では農業も盛んだ。そして、空はきれいな朝焼けだ。水平線に広がるオレンジとイエローのグラデーションが心地よい朝の始まりを教えてくれている。深呼吸すると肺が潤っていく。
振り返って見上げると、二階の窓にはカーテンが閉まったまま。あいつら、まだ寝ているんだな。こんなに気持ちのいい朝なのにもったいない。
外塀に備え付けられた郵便受けから新聞を抜き取る。その場で一面記事と天気予報をざっと読む。今日も一日穏やかな晴れになりそうだ。ゆっくり新聞を読みたいけれどそうもいかない。ぼくは新聞をたたみながら、家の中に戻る。
エプロンを腰に巻いて手を洗う。
にんじんは薄切りにして、ジャガイモは輪切り。それを鍋の中に入れて、目分量で水を張る。白だしを大さじ一杯。本当はきちんと昆布とかつお節で出汁を取りたいけれど、時間が限られている平日は白だしに頼ってしまう。鍋に火をかけたら、フライパンに油を少量いれて、これも火にかける。パチパチと油のはじける音。冷蔵庫からウインナーの袋と卵をパックごと取り出す。
ウインナーの袋を破って、四本フライパンに落とす。軽く焦げ目がついたらフライパンの端に寄せて、卵を四個できるだけ重ならないように割り落とす。じゅっ……と音を立てて、透明だった卵の白身が一瞬で白く変わる。火加減を弱くして、お椀に水を入れて、それをフライパンの中に流し込む。じゃあああ……と激しい音が立つ。この音がぼくは一番好きだ。火を弱めてフライパンにふたをする。
鍋の水が沸騰し始めた。ポコポコと音が混ざる。菜箸でジャガイモを刺す。すっ、と通る。味噌を溶いたら火を止める。それと同時にフライパンの火も止めて、ふたを開けると柔らかい湯気が立つ。濃くて艶のある黄色とふっくらと優しい白。よし、今日も上出来だ。目玉焼きを半分ずつ皿に盛りつける。まずはあいつらの分だ。あとは適当に、海苔の佃煮、納豆、たくあん、ほぐした鮭をテーブルに並べる。
それでも、まだあいつらは降りてこない。やれやれ今日もこいつの出番か。ぼくは小さいフライパンとお玉を手に取る。
カンカンカンカンカンカン――。
フライパンをお玉で叩く音が響き渡る。毎朝恒例の目覚まし代わり。この音は不快で嫌いだ。でも、そうでもしなければあいつらは起きてこない。
「おーい。お前ら、いつまで寝てんだ?」
ぼくは、階段の下から二階に向かって声を張り上げる。毎朝、こうして起こすぼくの身になれってもんだ。けれど、この瞬間を幸せに感じているのもまた事実だ。ガーン! 思い切り強力な一発を叩き出す。
ようやく、階段からギシ……ギシ……と控えめな音がしてくる。この足音は千里だろう。ぼくの息子だ。リビングキッチンに現れたのは、やはり千里だ。水色のパジャマのまま、眠たそうに顔をこすっている。
「千里、おはよう」
「うん、おはよう。お父さん」
挨拶したと思ったら、千里はまたあくびをしている。
「ほら、シャキッとしろ。なんだ? 夜更かししてたのか?」
ぼくが訊くと、千里はばつが悪そうにコクリと首を縦に振る。
「図書室で借りた本が面白くて、つい……」
そんなところだろうと思った。正直に白状したから、朝っぱらからガミガミ言うのは止めておこう。
「とにかく顔を洗って、早く朝飯を食えよ」
千里は「うん」と頷いて、洗面所に向かおうとする。それと同時に、ドタドタドタドタと階段を駆け降りる音が響く。これは万里だろう。おいおい、もうちょっと静かに下りてきてくれよ。家が壊れるだろうが。
「うわわっ!」
「わーっ!」
リビングキッチンの入り口で衝突音が聞こえる。
「痛いじゃないか。気をつけてよ。万里!」
「うるせー。そこでぼんやりしてる千里が悪いんだろ!」
静かな朝が一転賑やかになった。というか、うるさい。ぼくは二人のケンカする声を聞きながら、ご飯をよそう。ぼくも朝から怒鳴りたくないんだけど、さすがに我慢の限界だ……。ぼくは大きく息を吸う。
「お前ら! うるせえぞ!」
二人の動きがピタッと止まる。
「ケンカしてる暇があるなら、さっさと飯を食え!」
ようやく静かになった。今、ここに十色がいたら「ももちゃん、そんなに怒らなくったっていいじゃん」って、脳天気に言うだろうな。
朝から怒鳴られた千里はちょっとしょんぼりしながら洗面所に向かう。万里はふてくされた顔で、リビングキッチンに入る。すでに学制服をだらしなく羽織っている。
「こんなことしてる場合じゃねーんだよ。朝練に遅れちゃうよ!」
万里は急ぎ足でリビングを駆け回っている。……ん? とんでもないこと言わなかったか?
「おい! 万里。朝練ってどういうことだ? 俺、何も聞いてないぞ」
「ごめん、父さん。言うの忘れてた」
忘れてたって……。万里は、テーブルの上の目玉焼きに添えられたウィンナーを一本摘んで口に運ぶ。「行儀悪い……」と注意する前に、万里の足音がドタバタ響く。
「あーもー、朝飯食ってる時間がねーよー」
万里はそう言い残して、鞄をつかんで玄関に向かう。ったく、しようがない奴だな。怒る気にもならない。せめて、朝飯は食ってもらわないと。
ぼくは手早く食器棚から海苔を一枚取り出す。海苔の上に、よそったばかりのご飯を乗せる。その上に、残ったウィンナー、海苔の佃煮、たくあん、鮭を適当に乗せて海苔で包む。ウィンナーが飛び出しているけれど、見た目を気にしている場合じゃない。
ぼくはそれを片手に玄関へ小走りする。ちょうど万里は靴ひもを結んでいるところだ。
「ほら万里。これを食いながら行け」
万里におにぎりを差し出す。
「ありがとう。父さん!」
万里はおにぎりを受け取って一口かじる。
「うめー! じゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けてな。あと、ちゃんと制服のボタンをしめるんだぞ!」
「分かってるって!」
万里はガタガタと激しく玄関の音を立てて出ていく。だから立て付けが悪くなるんだっての。ぼくは、ふぅ……とため息をつく。
「あれ? 万里もう行ったの?」
顔を洗ってきた千里が訊いてくる。
「ああ、朝練があるとかってな」
「それならもっと早く起きればいいのに」
「そうだよな。千里はゆっくりしていていいのか?」
「うん。今日は、野球部は朝練ないから」
何気ない親子の会話に、ぼくはようやく落ち着きを取り戻した気がする。
「もうご飯よそってあるから、冷めないうちに食べろよ」
千里は「うん」と答えて、リビングキッチンのテーブルのいつもの席に座る。
「お父さん。味噌汁はないの?」
「ああ、今温めるからちょっと待ってろ」
味噌汁は熱々のを飲んでほしい。味噌汁は直前によそう。これがぼくのこだわりだ。その間に、千里は目玉焼きに塩と胡椒を振りかけて、ご飯と一緒に食べている。味噌汁の表面が波打ってきて湯気が立つ。よし、飲み頃だ。お椀によそって、千里に差し出す。万里にも、味噌汁を飲んでもらいたかった。一日の始まりには味噌汁というのがぼくの信条だ。
千里は味噌汁に息をフウフウと吹きかけて、ゆっくり飲む。
「あー、美味しい」
「それはよかった」
当然だ。味噌汁の具の、にんじんとじゃがいもはぼくが育てたやつなんだからな。
「ところで、とーちゃんはまだ帰ってこないの?」
千里が朝食を半分食べ終わる頃に訊いてくる。ぼくは時計を見る。時刻は七時二十分。もうそろそろ帰ってきてもおかしくないころだ。
「何も連絡なかったし、そろそろ帰ってくるんじゃないか?」
遅くなる前にぼくも朝食を食べよう。万里が食べなかった目玉焼きはぼくが食べればいいか。ごはんをよそう。そして、まだ湯気の立つ味噌汁をよそおうとしたとき。
ガラッガタッ、ガラガラ、ガタッ、ピシャン! ……ドタドタドタドタ! 嵐のような音が近づいてくる。
「も、も、ちゃーん。ただいまーっ!」
背後から何かがぶつかる衝撃がする。その拍子に、よそっていた味噌汁がお椀からこぼれて、手にかかる。
「あぢゃーーーーっ!」
ぼくの悲鳴が家中に響き渡って、台所の窓ガラスがビリビリ揺れる。
千里(十二歳)
とーちゃんの頭には大きなタンコブ。お父さんに思い切り殴られたからだ。
「ももちゃん。そんなに怒らなくったっていいじゃん……」
とーちゃんは涙目でたんこぶをさする。
「味噌汁をよそっているときに抱きつく馬鹿がいるか!」
お父さんは流しで、やけどした手を冷やしながら怒鳴っている。
ももちゃんというのは、僕のお父さん。草木百太(くさきももた)。とーちゃんは、お父さんのことを「ももちゃん」って呼ぶけれど、本人はその呼ばれ方があまり好きじゃないみたい。お父さんの気持ちはなんとなく分かる。だって、僕のお父さんは目つきが鋭いし、いつも不機嫌そうに眉間にしわが寄っているし、への字の口。「ももちゃん」なんて呼び名が似合わない顔だから。息子の僕でも、たまにお父さんの眼力に威圧されることがあるのに、とーちゃんは気にすることなくお父さんを「ももちゃん」って呼ぶんだ。
そして、とーちゃんは万里の父親。漁十色(すなどりといろ)。いつも愛想良くニコニコ笑顔。丸みを帯びた顎には髭。いつも仏頂面のお父さんとは真逆だ。どうしてこの二人が仲がいいのかは、実を言うと僕はよく知らない。幼なじみだとは聞いたことがあるけれど。
この家には、僕とお父さん、万里ととーちゃん、二組の父子が暮らしている。お母さんはいない。どうしてなのかは知らないし、知っちゃいけないような気がして、ずっとお父さんに聞けずにいる。でも、寂しいと思ったことはない。厳しいお父さんがいて、明るいとーちゃんがいて、双子のように一緒に育ってきた万里がいるから。僕にとって、父親が二人いるようなものだから「お父さん」と「とーちゃん」で呼び分けしているんだ。
それにしても、お父さんも大変だな……。僕はお父さんととーちゃんのケンカを見ながら味噌汁を飲み干す。さっき、僕と万里のケンカをうるさいって怒鳴ったけれど、お父さんだって十分うるさいよ。
「ごちそうさま!」
僕は二人のケンカを止めるように、お茶碗とお椀を流しに運ぶ。
「とーちゃん、おかえり」
とーちゃんが帰ってくるなり、ケンカを始めたものだから、タイミングを逃したけれど、やっと挨拶できた。
「千里。ただいまー」
とーちゃんは僕の頭をわしわし撫でる。あかぎれで傷だらけの手。そして海の匂いがする。とーちゃんは漁師だ。夜に漁に行って、朝に帰ってくる。
「万里はどうしたの?」
「朝練があるからって、もう学校に行ったよ」
「えー。もう行っちゃったの? 万里にいってらっしゃいってギューしてあげたかったのに、早いよー。がんばって早く帰ってきたのにー」
とーちゃんは自分の両腕を抱きしめる。
「ったく、馬鹿言ってないで、十色も朝飯を食え」
お父さんはエプロンで手を拭きながら言う。その手はまだ赤い。うわぁ、痛そう。
「千里ものんびりしている時間はないんじゃないか?」
そうだ。お父さんたちのケンカに気を取られていたけれど、僕もそろそろ学校に行く準備をしないと。
僕は階段を上って、手前の部屋に入る。ここが僕と万里の部屋。板張りの床に絨毯を敷いて、そこに布団を並べている。起きたら自分の布団は自分で畳むのが僕たちの決まり事。万里の布団は、毛布と一緒にグチャグチャに折り重なっている。こんなの畳んだとは言えないよ。お父さんが見たら怒るよ……。僕はこっそり万里の布団を畳み直す。僕がお父さんに「甘やかすな」って怒られそうだけど。
八畳の部屋の左側には僕と万里の本棚と机。右側にはクローゼット。クローゼットから制服を取り出して、パジャマを脱いで着替える。上着のボタンを全部かけて、詰め襟のホックもきちんと閉じる。お父さんは「服装の乱れは心の乱れだ」って、制服の着こなしにはうるさいんだ。
鞄の中を見る。今日の授業の教科書は全部揃っている。忘れ物はない。僕は鞄を肩から斜めにかける。
僕はまた一階に降りて、リビングキッチンに顔を出す。じゅわあぁ……と音がしている。きっと、お父さんが目玉焼きを焼いているんだろう。
「お父さん。とーちゃん。行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい。車に気をつけるんだぞ」
お父さんの声が返ってくる。
僕は玄関の上がり框に座って、スニーカーを履く。靴ひもを結んでいると、ドサッと背中に重いものがのしかかる。
「千里ー。行っちゃうんだ。寂しいよー」
とーちゃんがべったり張り付いてくる。いつものこと。明るくて楽しいとーちゃんなんだけど、この過剰なスキンシップが玉に瑕。
「ちょっと、とーちゃん重いよ? 靴が履けないんだけど……」
軽く抵抗しようと思っても、背後から腕を回されて身動きできない。頭をグシャグシャ撫でてくる。万里が、とーちゃんが帰ってくる前に学校に行きたくなる気持ちも分かる。
「ちょっと、とーちゃん。遅刻するか……」
僕が言い終わらないうちに、ゴンッと音がする。同時に、
「痛いっ!」
とーちゃんの悲鳴。とーちゃんの背後には握り拳を作ったお父さんが仁王立ちしている。
「千里が困っているだろうが!」
ようやくとーちゃんが離れてくれた。
「じゃあ行ってきます!」
僕は、片方の靴ひもがほどけたまま玄関の扉に手をかける。ガッタガッタ。本当に開けづらいな、この扉。扉を閉めるときにちょっと振り返ると、ブンブンと手を振っているとーちゃんが目に入る。大げさなんだから。
家から中学校まで歩いて十五分。いつものようにチャイムが鳴る五分前には着席できるだろう。僕は靴ひもを固く結ぶ。
土がむき出しになっている道を歩く。足下にはタンポポ。左を向くと、緑色の山々。その手前に、田んぼや畑が広がっているのが見える。その一区画がお父さんの仕事場だ。お父さんは農家なんだ。にんじんとジャガイモを生産している。いつも美味しい味噌汁が飲めるのはお父さんのお陰だよ。僕はお父さんの畑に向かって「お父さんも気をつけて」とささやいた。
右を向くと、一転、山はなくなり空が広がっている。海に面しているからだ。白く柔らかく輝く太陽と、透き通るような水色の空。――これが春の色の空なんだ――。最近読んだ本の一節が浮かんだ。僕はなんだか嬉しくなって、急いでいるわけじゃないけれど、小走りで学校に向かった。
『浜風市立浜風中学校』と彫られた表札が埋め込まれている校門。ここが僕たちが通う中学校。入学してまだ一週間。まだ中学校の雰囲気になれないせいなのか、校門をくぐるときちょっぴりドギマギしてしまう。
昇降口に向かう途中で「おーい。千里ー」と僕を呼ぶ声がする。万里が駆け寄ってくる。朝練が終わったばかりみたいだ。体操服姿で、鞄を抱えている。額に汗がキラキラ輝いている。
万里は幼稚園のころからずっとサッカーをやっているからか、常に浅黒く日焼けしている。歯の白さが映えて爽やかだ。切れ長の目をしながら、ちょっと垂れ目だから、鋭さの中に愛嬌がある。ここはとーちゃん譲りなんだと思う。万里はかっこいい。双子同然に育ってきたにも関わらず、たまに万里に見とれては、羨ましくなってしまう。
一緒に昇降口に入る。僕と万里はクラスが違うから、げた箱の列が違う。そこで別れようとしたとき、万里が頭を掻きながら口をモゴモゴさせる。気まずいときの万里の癖だ。
「あ。えっとさ……千里」
「うん? なに? 万里?」
「さっきは、ゴメン。突き飛ばして」
これだから万里は憎めない。反抗期で喧嘩っ早くても。
「ううん。僕もぼんやりしてたから」
僕はニコッと笑って答えると、万里はホッとしたような表情で「うん、それじゃあな」と、手を振って隣のげた箱の列の中に入っていった。
十色(四十一歳)
ホントにももちゃんって怒りんぼなんだから。ボクは今朝帰ってきてから、二回もももちゃんにグーで殴られた頭をさする。もう、痛いなぁ。ボクはももちゃんの背中に向かって、ほっぺたを膨らませて、口をとがらせた。ももちゃんは、何かに気づいたように急に振り返った。
「……ぷっ! なんだその顔は?」
ボクの顔を見て、ももちゃんが笑う。その不器用な笑顔は小さい頃から変わらない。ももちゃんって、子どもたちの前ではあまり笑わないんだ。なんでも、父親のイゲンをたもつためだからとか言ってたけど。イゲンってなーに? ボク、バカだから難しい言葉はよく分かんない。でも、こうしてボクと二人きりになったときは、笑ってくれるからいいや。
「えへへー」
ボクはももちゃんの背後から抱きつく。ほっぺたを背中に押し当てると、ももちゃんの心臓がドクドク言っているのが聞こえる。これがボクのいやしなんだ。ももちゃん、大好きだよ。
ちょうど洗い終わったフライパンを水切りかごの中に入れたところだから、さっきみたいに「味噌汁よそっているときに抱きついてくるバカがいるか?」って殴られないはず。
「おい、やめろよ。十色」
「えー、なんでー?」
「こんなことしてたら、朝飯食えないだろ。ぼくも仕事行かなきゃいけないんだから」
ももちゃんは、そこで言葉を止める。そして続ける。
「それに……」
「それに?」
ムラムラしちゃって困るとかかな? ももちゃんってムッツリスケベさんなんだから。えへへ。ボクはさらにぎゅっと抱きしめちゃう。
「磯臭いんだよ、お前は。早く飯を食って、風呂入ってこい!」
ももちゃんはそう言って、ボクの頭をぺちんと叩く。わーん、ひどいよー。
ボクは漁師。いつも夜に船に乗って、お魚を捕ってくる。明け方に魚市場にお魚を入荷したら、今日のお仕事はおしまい。この付近では、アジやサバがけっこう穫れるけれど、今が旬なのはマダイだよ。一晩中潮風にあたる仕事だから、どうしても身体中が磯臭くなっちゃうんだ。
「というか、いい加減に離れろよ。ご飯が盛れないだろ」
ももちゃんはしゃもじを手にして言う。ボクは「ぶー」と答えて、ももちゃんから離れる。ボクはダイニングテーブルに座る。お皿に乗った目玉焼きがホカホカと湯気を立てている。美味しそう。ボクの隣がももちゃんの指定席。そこにも目玉焼きがあるけれど、なんだか冷めてない?
「ほら、ご飯と味噌汁。熱いから気をつけろよ」
わーい。ももちゃんのお味噌汁。やっぱり朝ご飯にはこれだよね。ももちゃんもボクの隣に座る。
「いっただきまーす!」
「いただきます」
ボクとももちゃんは手を合わせて同時に言う。それだけでなんだか嬉しくなっちゃう。
ボクは目玉焼きに醤油をかける。ボクは醤油が一番おいしいと思うのに、ももちゃんはソースをかけている。ボクの家族は、目玉焼きにかけるものはみんなバラバラなんだよね。へんなの。
「それにしてもだな」
ボクがご飯を口に運ぼうとしたら、ももちゃんが切り出す。
「あいつらも中学生なんだし、いつまでもベタベタ構っていると嫌われるぞ」
「えー。我が子をいっぱい愛するのも、親のつとめじゃーん」
「ほどほどにしろって言ってんだ」
ももちゃんはお味噌汁をずずっとすする。分かってないなぁ、ももちゃん。
朝ご飯を食べ終わったら、ももちゃんは着替えるために二階に行っちゃった。ちょっぴり寂しいけれど、ボクもやることやんなきゃ。腕まくりして、お皿を洗う。朝ご飯のお皿洗いと洗濯がボクのお仕事。水道の温かいお湯が気持ちいい。もう春とはいえ、海の水はまだ冷たいんだよ。
あれ……? お皿とお椀が一個足りなくない? むむっ、これは事件だ! 犯人はおまえだ! これが証拠だ!
千里と万里が毎週楽しみにしている、推理ドラマに出てくる探偵の決めポーズをしながら、洗いたてのお皿を高々と掲げる。
「……十色? やけにテンション高いな?」
いつの間にか下りてきたももちゃんが、あきれ顔でボクを見ていた。うわーん、恥ずかしいよー。でも、ももちゃんは、これ以上つっこまないで、水色の帽子をかぶる。何年か前に、ももちゃんの誕生日にプレゼントしたやつだ。気に入って、毎日かぶってくれてるから嬉しいな。
そして、青いトレーナーに、茶色のサロペット。やっぱりももちゃんの仕事姿はかっこいいなぁ。毎朝惚れ直しちゃうよ。
「じゃあ、ぼくも仕事行ってくるから」
ももちゃんが玄関に行くから、ボクも慌てて追いかける。
「わーん、ももちゃんまで行っちゃうー」
背後からギュッと抱きしめる。
「暗くなる前に帰ってくるから、ゆっくり休んでろ」
ももちゃんはボクの頭をなでる。えへへ。うん! 待ってる。
ももちゃんの口調は優しいのに、相変わらず険しい顔。ももちゃんだって、こんな恐い顔してたら、千里と万里に嫌われちゃうよ。
ももちゃんはガタガタと玄関のドアを開けて出ていく。ボクは手をブンブン振って見送った。ももちゃんが振り向きざまにちょっと笑ってくれたよ。やったね。
さーてと、洗濯機を回して、その間にお風呂に入っちゃおっと。
ボクは洗濯機に四人分の服を放り込む。千里と万里が部活を始めたから、洗濯物増えたなぁ。一回では終わらないよ。
「そっか、千里と万里も、もう中学生なんだ……」
あっという間だったなあ。
洗面台の鏡に映るボクの顔。よく見たら、目元にコジワが増えちゃってるなぁ。昔はチヤホヤされてモテモテだったのに。でも、今が幸せだからいっか!
あ、お風呂にお湯がたまったみたい。着ていた服を脱いで、それも洗濯機に入れる。これ以上は無理かな。洗い切れなかった分は、夜に洗ってもらおっと。
そして、額に巻いていたタオルを外す。鏡に映ったのは、大きな傷。左眉の上部から右上に向かって髪の生え際まで、長くまっすぐに延びた傷。永遠に赦されることのない罪を犯した証なんだ。ボクは指先で傷をなぞった。赦されるとも思っていない、赦してほしいとも思っていない。けれど、少しだけでも、ほんの少しだけでも罪滅ぼしさせてほしいよ。これがボクが生きていく支えなんだから……。
ボクの罪は……ももちゃんにも、万里にも、千里にも、誰にも教えない、秘密だ。ボクの罪はボクだけのものだから。
ボクは、お風呂に入る。ボディソープをたっぷり泡立てて、海と汗の塩を洗い流す。お風呂からあがったあとは、また白いタオルで額の傷を隠す。
そのあとは洗濯物を干して、ようやく寝れる。
おやすみなさーい。
万里(十二歳)
ふわあぁ……。
オレはあくびをかみ殺す。まだ十一時だというのに、眠い。朝練もやって、退屈な授業だからなおさらだっての。
黒板に書かれている文字と図を、やっとの思いでノートに書き写すけれど、自分でも判読できない文字になっちゃってるよ。
あ、先生、黒板消しちゃったよ。まだ写し終わってないのによ。ま、後で千里に教えてもらえればいっか。オレなんかと違って、千里ってめちゃくちゃ頭のいいやつだもん。
キーンコーンカーンコーン……。
下校時刻を知らせるチャイムがグラウンドに響いた。その音と同時に、サッカー部の顧問の集合の号令がかかった。
「よーし、今日の練習は終わり。片づけしたら、道草しないで帰るんだぞ」
部長のかけ声で、みんな一斉にあいさつして、今日の部活は終わりだ。サッカーボールを集めて、倉庫に片づける。
サッカーは好きなんだけれど、疲れたなぁ。やっぱり中学校になると練習もハードだぜ。というか、腹ヘった。
オレは三組の教室に入る。オレは一組だけど、部活や体育の時間になると、男子は三組で着替えて、女子は一組で着替えるというのがオレの中学校のルールだ。
教室をざっと見渡すと、千里はまだいないみたいだ。まだ野球部の片づけが終わってないのかな?
「よ、漁。一緒に帰ろうぜ!」
肩をポンと叩かれる。田辺(たなべ)だ。田辺の父親と、とーちゃんは漁師だから、家族ぐるみのつきあいがあって、幼なじみというか腐れ縁みたいなもんだ。馬が合うというわけではないけれど、オレは人付き合いがうまくないというか馴れ合いが嫌いで、あんまり友達がいない。だからなんとなくで田辺とつるむことが多い。
オレは「おう」と答えて、泥だらけの体操服を脱ぐ。新しいシャツを着て学ランを羽織る。
第一ボタンと詰め襟のホックを留める。まじめぶっているっていうか、いい子ぶってる感じがして嫌なんだけど、父さんがメチャクチャ厳しいから渋々やっている。父さんって顔が恐いから、なんか逆らえないんだよな。千里とはぜんぜん似てないから、本当に親子なのかってたまに思うんだ。
田辺はホックどころか第一ボタンまで外している。先生に見つかるたびに注意されているけれど、本人は改める気がないみたいだ。さすがにオレもそこまで悪ぶるつもりはないけどさ。
「じゃあ、行こうぜ」
オレたちは鞄を肩にかけて、教室を出ていく。ちょうど廊下で千里とすれ違った。まだ野球部のユニフォームを着ているということは、たった今片づけが終わったところなんだろう。オレは千里に向かって軽く手を挙げる。千里もオレに手を振り返す。
最近のテレビ番組のこととか、数学がぜんぜん分からないこととか、そんなとりとめない話をしながら、田辺と帰り道をだらだら歩く。
交差点で「じゃあ、また明日な」とオレたちは別れる。田辺は左に折れて、オレはまっすぐに歩く。途中で県道にぶつかる。ちょうど、信号が変わってしまったばかりだ。ここの信号待ちって長いんだよな。オレはちょっとばかりイラついてしまう。そのとき背後から声がした。
「あっ! 万里ーっ」
振り返ると千里だった。
「一緒に帰ろうよ」
千里がニコニコしながら駆け寄ってくる。人なつこくて優しい笑顔だよな。オレみたいな無愛想とは違うんだよ。兄弟みたいに一緒に育ってこなかったら、絶対に仲良くなれるタイプじゃなかったと思うんだ。オレとは不釣り合いだよ。千里はそのくらい良いやつなんだ。
一緒に信号待ちしていると、ちょっと気がついた。
「なあ、千里」
「うん? なに?」
「またちょっと背が伸びたんじゃないか?」
「えっ? そうかな?」
千里はオレよりも五センチほど身長が高い。先に千里が背が伸びてうらやましいよな。千里は牛乳が好きで、よく飲んでいるからかな? オレも牛乳飲めば早く背が伸びるのかな? でも、オレ牛乳嫌いなんだよな……。でも。
「負けないからな」
オレは千里に向かって言った。
「な、なにが?」
千里はびっくりしたように聞き返す。そして、オレたちは笑いあう。
背中に西日が当たってじんわりと温かい。オレたちの目の前には二つの影が長く伸びている。やっぱり千里の方がちょっと影が長い。オレは千里よりも一歩先に進む。
「どうしたの? 万里?」
千里はすかさずオレに追いつこうとする。オレは駆け出した。千里も追いかけてくる。なんだか楽しい。
けれど家に着く手前で、千里が立ち止まってしまった。膝に手をついてハアハア言っている。相変わらず体力がねーな。これでよく野球部に入ろうと思ったよな。
「万里。いきなり走り出さないでよ」
「ははっ。悪い悪い」
今度こそ、オレたちは並んでゆっくり歩く。
今夜も波が穏やかになりそうな夕焼けだ。
千里が玄関のドアを開けようとするけれど、ガタガタ言わせて手こずっている。これはちょっとコツがいるんだよな。
「千里。下手だな。オレにやらせてみろよ」
オレは取っ手に手をかけると、持ち上げるように引く。そしたらドアが浮く感覚がするから、一気に横に滑らせる。シュパッと気持ちよくドアが開く。
「万里、すごいなぁ」
「へへ。どんなもんだ」
千里にほめられると悪い気はしない。でも……。
「ただいまー」
千里が靴を脱ぎながら明るく言う。
「……いま」
オレはボソッと言う。オレが帰ってきたことはあまり知られたくないんだもん。だってさ……。
ドタドタと家が揺れる勢いで足音が近づいてくる。
「万里ーっ! 会いたかったよーっ!」
とーちゃんがオレに飛びかかってくる。そして、オレを抱きしめて頬ずりしてくる。ヒゲが痛いんだっつーの!
「相変わらず、仲がいいね」
千里はニコニコしながら言う。いやいや、全然よくないから! っていうか、千里、さっさと家の中に入っていくなよ。
「おい、千里、見殺しにするなよ」
オレはとーちゃんの顔を押し退ける。でもとーちゃんはめげない。
「なんでそんなに嫌がるんだよぉ。ボクたち親子じゃないか」
親子でもそんなことしねえだろうよ。
ガタッと音がして、玄関のドアが開く。
「玄関でなに騒いでいるんだ?」
父さんだ。顔に土がついている。
「あ、ももちゃん。おかえりー」
とーちゃんはオレを抱きしめたまま言う。助かった。ほら、父さんが帰ってきたんだから、父さんに抱きつけよ。オレはとーちゃんから抜け出そうとする。でもびくともしない。さすが漁師の身体だけある。悔しいけれど、まだとーちゃんにはかなわない。
「父さん、助けてくれよ」
オレはジタバタしながら、父さんに助けを求める。なのに父さんは不器用にちょっと笑った。
「仲が良くてほほえましいな」
それだけ言って、家の中に入っていっちゃったんだ。
「この薄情者親子ー!」
本当にグレてやるぞ!
「あとちょっとだけ!」
とーちゃんは、また頬ずりしてくる。気持ち悪いなー。
実はとーちゃんのことは嫌いじゃないのに、こんなことされ続けたらホント嫌いになるぞ!
「えへへ。万里はいつもいい子だねー」
ってオレの頭をなでてくる。やめろよ。これでも髪には気をつかってるんだからな。もうオレ中学生だぜ。子どもあつかいすんな!
やっと、とーちゃんから解放された。サッカーの練習よりも疲れたよ。
洗面所でたっぷりの洗顔フォームで顔を洗う。はー、さっぱりした。そして、汚れた体操服を、かごの中に放り込む。
台所に入ると、千里が牛乳を飲んでいた。帰ってきたら、一杯の牛乳が千里の習慣だ。オレは、オレンジジュースをコップに注ぐ。
「千里。悪いけれど、ジャガイモを台所に運んできてくれるか?」
父さんが千里に頼んでいる。
「うん。分かった。まだ制服だから、着替えてからでいい?」
父さんは頷く。千里って、父さんたちの手伝いを嫌がらずにするから偉いよな。オレなんか、やってられるかって思っちゃうし。オレって、なんかやな感じ……。
「ねーねー。ももちゃん。今日のごはんはなーにー?」
とーちゃんがひょっこり台所に顔を出す。
「コロッケにしようと思ってるけどいいか?」
やった。父さんのコロッケ、おいしいんだよな。
「わーい。ももちゃんのコロッケ好きー。やったね、万里!」
とーちゃんはオレにピースしてくる。
「別に」
ああ……。オレって、なんで心にもないことを言っちゃうんだ。
モヤモヤした気持ちで、二階の手前の部屋に入る。千里は学ランからジャージに着替えているところだ。千里って小学生の頃から家の中では、学校指定の体操服やジャージばかり着ているんだ。なんでも、何を着ていいか分からないんだとか。そういうところは、千里が全然理解できねーよ。千里は部屋を出て、一階に下りていった。
オレは制服を脱いでハンガーに掛けてクローゼットにしまう。中学入学祝いで、とーちゃんに買ってもらった服を着る。オレは、サッカーのほかには、服に興味がある。お小遣いが少ないから全然買えないんだけどさ。せめて月刊ファッション誌を買うのが、ささやかな楽しみなんだ。そういえば、明後日が発売日だっけ。
お気に入りの服を着たらちょっと落ち着いた。こうして服を買ってくれるんだから、とーちゃんは良い父親なんだと思う。なのに、なんでオレはとーちゃんをうざいと思っちゃうんだろう。
オレは、畳んであった布団を枕にして寝転がる。あれ? こんなにきれいに畳んだっけ? たしか、朝寝坊して、ぐちゃぐちゃに畳んだ記憶しかないんだけど。……ま、いっか。
ぼんやりしていたら千里が部屋に入ってきた。父さんの手伝いが終わったみたいだ。一人部屋がほしいと思うことがあるけれど、この家は部屋が少ないから仕方ない。
「万里、宿題しなくていいの?」
千里は机に向かいながら、オレに言う。そうだった。オレの中学校では、宿題を忘れたり、テストの点数が低かったりすると、居残りされて部活に参加できなくなる。別に勉強は好きじゃないけれど、部活に参加できないのは嫌だ。
オレは仕方なく立ち上がって、鞄から課題のプリントを取り出す。
千里はあっと言う間に解いちゃったみたいだ。プリントをしまったら、難しそうな本を読んでる。なんで千里って、こんなに頭良いんだろう。オレなんかノートや教科書を読んでもさっぱり分からないのに。
「千里。ごめん、ここ教えてほしいんだけど」
半分以上解けてないんだけど、もうギブアップだ。
千里は嫌がる様子もなく、オレにヒントや答えを教えてくれる。実際のところ、よく分かってないけれど、分かった振りして、空白を埋めていった。
ようやく宿題が終わったと同時だった。
「おーい。晩飯できたぞー」
下から、父さんの声が聞こえてきた。千里が返事する。
「はーい! 万里、行こうよ」
オレは頷いた。
ダイニングテーブルの中央には、山のように積み重なったコロッケがある。三十個くらいはあるんじゃないか?
そしてご飯に味噌汁。ニンジンのきんぴらに、キャベツの千切りサラダ。
「わー。おいしそう」
とーちゃんが言う。オレも心の中で同意する。
「いただきます」
四人の声がハモった。
まずはソースをかけて一口かじる。さっくりとホクホクしておいしい。腹が減っていたオレは夢中でご飯をかっこむ。二個目のコロッケは、ケチャップとマヨネーズをかける。ソースもおいしいけれど、これも好きなんだ。目玉焼きにかけてもおいしいんだぜ。みんな理解してくれないけどさ。
「ちゃんと野菜も食えよ」
「ももちゃんお代わり!」
「万里、ソース取ってよ」
賑やかな食卓だ。オレはなんだかんだで、この家族が好きなんだと思う。
「ごちそうさま」
みんなバラバラに言って、食事が終わった。ご飯もお代わりして腹一杯だ。大皿にはまだコロッケが残っている。
「残った分は明日の朝ご飯にするか」
父さんがラップをかけている。冷めたコロッケもうまいんだよな。
「さてと、今日の皿洗いは万里にやってもらうか」
「ええっ! なんでオレが?」
思わず父さんに反抗してしまった。やばい、怒られる。
「今朝、朝ご飯食べなかっただろ? 俺はまだ許していないぞ?」
父さんが眼力を強める。
「う……。はい……」
たしかにそれはオレが悪い。父さんの言うとおりだ。
「えー。万里、そんなことしてたのー? 悪い子だね」
とーちゃんがヘニャッと笑う。この二人の温度差すげーな。なんで、この二人って仲いいんだろう? 千里に訊いたことがあるけれど、千里も知らないみたいだ。
オレは腕まくりをして、皿を洗い始めた。
時計を見ると、まもなく八時だ。
「見たいテレビがあったんだけどな……」
オレがぼそっとつぶやくと、千里が近づいてきた。
「万里。僕も手伝うよ」
同情のつもりか? ちょっとカチンときた。
「いや、いいよ」
オレは突き放すように答えてしまった。本当は手伝ってくれたら助かるのに。
「一緒にテレビ見たいし、早く終わらせようよ」
ホントに千里のやつ……。オレは少しずれて、千里の場所を空けた。
「二人ともガンバレ。じゃあ、ボクは仕事に行ってくるよ」
振り返ると、とーちゃんは仕事着に着替えていた。とーちゃんの漁師姿はちょっとかっこいいと思う。ま、言わないけれどさ。
「いってらっしゃい」
オレは素直に言った。やっぱりとーちゃんには無事に帰ってきてほしいから。
玄関から、父さんたちの声が聞こえてくる。
「ねーねー。ももちゃーん。いってらっしゃいのチューは?」
「あいつらの前では止めろって言ってるだろ?」
「いいじゃんいいじゃん。ちょっとだけ」
「さっさと行け!」
ゲシッと音がする。きっと父さんがとーちゃんを蹴ったんだろう。いつものことだ。
「わーん。ももちゃん。冷たーい」
そんな会話が聞こえて、玄関のドアを開け閉めする音が響く。
それにしても気持ち悪いな。男同士でチューとかあり得ねえだろ。父さんも大変だよな。
「相変わらずとーちゃん気持ち悪いよな?」
オレは千里に耳打ちした。千里はいきなり言われてビックリしたみたいだ。
「えっ? あ、うん。そ、そうだね」
千里はしどろもどろで答える。変なやつ。
オレたちは黙々と皿を洗う。オレがスポンジでこすって、千里が泡を水で流す。千里が最後の皿をかごに入れたら、ちょうど八時だ。よーし、間に合った!
オレたちは、急いでテレビに向かった。
そしてオレたちの夜は更けていく……。
くらすたーばくだん あきらっち @akiratchi
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