My precious party

あんころぼたもち

第1話

この町に帰ってくるのは何年ぶりだろうか。かなり風貌は変わっているが所々おぼろげに残っているところがなんとも言えないほど懐かしい。


今日は新国王の30歳の誕生日、そしてこの国が生誕してから100周年の記念日でもある。

辺境の町でもお祝いムードが溢れているようで入り口にはたいそう派手な飾りが施されている。

あちこちに屋台が出ていて、なにやら美味しそうな匂いが誘惑してくるけど見向きもせずにスタスタと歩いていく。


俺の家があるのはこの町のはずれ。

麦畑の先にある。


畑で作業をしていた一人の婦人がこちらに気づき何やら言っている。

身ぶり手振りで何かを伝えようとしているがこの距離なので分かるはずない。

そんなことは分かっていながら向こうの人もやっているんだろうな。


「ガルド、ガルドなのね! お帰りなさい」

「ただいま、母さん」


母と最後に連絡をとったのは5年前。結婚報告をしたときだ。

この町から1週間ほどかかる王都まで母親を呼ぶのは申し訳ないと思い、知らせないうちに結婚式をやってしまったこと。これは未だに後悔している。


父は俺が小さいときに死んだ。だからこの家には母一人しかいない。


今の国王に代わる前、前代の王の時代にヒト族以外はひどい扱いをされていた。

今でこそ民族平等の社会になっているが、その当時税金は倍額納めなければいけなかったり軍隊での強制労働などが課されていた。

国民からの差別もひどいものであちこち移動しながら暮らしていた。

ガルドの父はその差別の中、ある日の出かけ先の村で殺されていた。


当時そんなことは珍しくはなかった。ヒト族による狩りは時々行われていた。

特にガルドたち人狼族の毛皮は頑丈で加工がしやすいため高価で取引されていたこともあった。


しかし10年前、現在の国王の代になったときに種族平等の政策が次々と執行された。

このときガルドは旅に出ることにした。

その年は天候が少し悪く農作物の生産量が落ちていたため二人で暮らしていくことは不可能に近かった。

母には自分探しの旅だと言っていたが真の目的は食い扶持を減らすためであった。

だがその旅の途中でヒトと恋をし今では家庭を持つようになってしまった。


「わざわざ満月の前の日なんかに帰ってこなくてもいいのに」

人狼族は普段ヒトの姿をしているが満月の夜にのみ狼の姿になる。

いくら民族平等の世界になったからといって狼の姿は他に見せられるものではないので満月の日には外出を控えるのが人狼族の習慣なのである。


「それはまあいろいろあるからね」

「今日はなんかの記念日なんだろ?子供とお嫁さん置いてきてよかったのかい?」

今頃王都では祝福のパレードが行われている頃だろうか。置いてきた家族のことも心配ではあるが故郷に行くことに背中を押してくれたのは誰でもない妻であるし、今回の帰郷のことも心の中では分かってくれているのだろう。

そんな妻には帰ったらちゃんとお礼をしなくてはな。


10年ぶりに再会しても母は少し老けただけで中身は何一つ変わっていなかった。


「ああ、大丈夫だよ。それにほら俺こういうお祭り苦手だからさ」

「それならいいんだけどねぇ」


しばらく沈黙が続いた。

先に口を開いたのは母だった。


「本当はね、あんたが社会についていけてるのか心配だったんだよ」

「そんな心配されなくてもちゃんとやってるよ」

母は残った一人息子が突然一人旅に出てしまったからさぞかし心配だったろう。


「お父さんが殺された敵討ちに出たのかと思ってねぇ。今じゃ立派に家庭をもってお母さんは安心したよ」

おそらく母の世代ではヒト族と結婚するなんて考えられなかっただろう。

母親からの反対がないか、これが結婚するときの一番の悩みであった。

母も許してくれていたことを確認できたことだけでも今日来た意味は大きい。

本当の目的ではないのだが。


「ところでガルド、あんた今なんの仕事をしてるんだい?」

「ああ、言ってなかったけ。国王の近衛兵をやっているんだ」

「近衛兵だって?じゃあなおさら今日は式典やらなにやらあるだろう?こんなところに来ている場合じゃないじゃない!」

「実は……」


1か月前のこと。ガルドは国王に直談判した。記念日に休みを取ることを。

最初は近衛兵長に咎められたが国王はとても寛大で許可を出してくれた。

この感謝は永遠に忘れない。


「母さん今日誕生日だろ?お祝いしに来たんだ」

「あらまあ」


建国記念や国王の生誕祭なんかのお祭りよりも俺のただ一人の母親の誕生日パーティーの方が最高のお祭りじゃないか。

ガルドは10年越しに母親におめでとうの言葉を届けたのだった。

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