第44話 カナタ・リブート・フェノメノン
ヴァーチャライザーがかすれた囁き声で俺の耳をくすぐるように唄う。
『耐熱属性発動。すべての熱ダメージは無効。熱ダメージを超蒸気圧へ変換。物理攻撃力上昇。圧縮蒸気砲充填105%』
強くなったね、と褒めてくれるように囁く女性のウィスパーボイス。
『荷重力偏移能力発動。重力編集スキル展開。重力場偏移、アンチグラヴィティエリア拡大』
やっぱりそうだ。ヴァーチャライザーのウィスパーボイスはイングリットさんの声だ。イングリットさんが誰にもバレていない秘密を打ち明けてくれた時の囁き声だ。
『時法算術スキル時間操作能力発動。時間操作完了』
それにしてもイングリットさんは謎だらけだ。俺はいつどうやって、そして何故イングリットさんの囁き声をサンプリングしたのだろうか。タイムレスワールドのフレスコ・スピリタスが教えてくれたイングリット因果律と関係あるのか。
『メタ認知再構築能力、言霊再現能力発動。特殊スキル“ツヨイココロ“レベルアップ』
カナタ・リブート。戦闘準備、完了。
「俺が勇者カナタだが、何か用か?」
ファイティングポーズを決める俺。そして四天王最強の異世界人ウインターズがそれに応えた。
俺が喚び出した濃密な積乱雲から水分を凝縮させたのか、巨大な氷のブロックが何もない空間にいきなり現れた。その氷塊の大きさは一辺が10メートル。不純物が一切含まれていない不気味なくらいに透き通った氷の巨大立方体が俺めがけて回転しながら迫ってくる。
「いいね! やっぱ物理的暴力で殴り合おうぜ!」
ぐんっと巨大氷塊が急加速する。まさしくぶん殴ろうと拳を振り下ろすように。小細工抜きの真っ直ぐな暴力には、それをさらに上回る圧倒的な暴力で真正面から打ち砕くに限る。
「グレイトフル・スチームパンク・カナタ・パンチッ!」
右腕の圧縮蒸気砲が轟と唸る。左腕のスチームバンカーが連動してエンジンが鳴動する。俺の鋼鉄の拳はさらに十倍威力が上がる。無敵の十倍は絶対無敵だ。
恐ろしく透明な氷の立方体は俺のパンチをど真ん中に喰らい、そのあまりのインパクトに激突点は瞬時に氷が解けて、蒸発し、氷全体に細かいひびが走って、光をあらゆる方向へ屈折させながらキラキラとイルミネーションみたいに輝きながら砕け散った。
「カナタッ、背後だ!」
The Dのアストラルな耳元にこだまする声。声に従って振り返れば、今のよりは小さめだが、空気と同じくらいに透明な氷塊が二つ、俺をぶん殴ろうと急接近していた。いいアドバイスだ、The D。
「ファルコンダイブ・ヒロイック・ローリングソバット!」
ちょっとだけ重力場を反転させて身体の軸線を固定させる。それだけで宙に浮いた状態でも腰の入った回し蹴りが放てる。
蹴爪ブーツがガチリと爪を鳴らす。そして音さえも置き去りにする一閃。ブーツの爪先には三本の蹴爪が収まっていて、それがキックとともに牙を剥くってわけだ。爪だけど。
暴力的に透明な氷塊に薄っすらと蹴爪三本分の光のラインが走る。俺の蹴りのモーションが終わると、一瞬遅れて氷の立方体はすっぱりと割れた。蹴爪分、きれいにスライス四分割だ。
蹴爪の切れ味はそのまま衰えることなく、蹴りのモーションの延長上に引かれたラインは消えずに次の氷塊に達した。その瞬間にその透明すぎる氷の立方体もスライスされた。
「The D、残り時間はどんくらいだ?」
「リミットまで、あと一分三十秒!」
よし、十分間に合う。雪と氷に埋もれた街と大地が凍え死んでしまう前に、ばっちりケリをつけようじゃないか。
一番大きな氷塊の破片を選び、磨き抜かれたガラスのように曇り一つない切断面に立つ。左腕のスチームバンカーを氷に押し当てて、重力場を編集して空間座標を固定してやる。
「アストラルなThe Dって言うなればこの世に実体が存在しない別次元のゴーストみたいなもんだろ?」
「簡単に言うとそうだな。ワタシはアストラル体でありゴーストではないがな」
ムンクの叫び顔して落ち着いた口調のThe D。どこからどう見てもおまえはゴーストだと思うが、まあそれはこっちに置いておこう。
「てことは、だ。冬そのものであるウインターズに俺の一撃は届かないが、アストラル体でもぶん殴れる俺ならば、ウインターズのアストラル体を引きずり出せばいいってことだろ?」
「そんな無茶なことできるのか?」
「できないわけがないっ! 俺は勇者カナタであり、異世界からの来訪者カナタであり、異世界探究者カナタであり、異世界の星を見るカナタであり、異世界の旅人カナタなのだから!」
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