第43話 真の勇者カナタ、完成する
マイナス273.15度。絶対零度だ。分子の振動が限りなくゼロに近付き、物質が持つエネルギーの総量がほぼなくなった状態を示す極限の静止世界。アブソリュート・ゼロ。もう言葉の響きからしてカッコよくてヒーローのみならず悪役怪人でも誰しもが憧れる技だ。
俺のヴァーチャライザーをもってしても未だ絶対零度に到達する必殺技もスキルも見つけていない。それだけ超高難度のスキルなんだ。
そのアブソリュート・ゼロ・フェノメノンをウインターズがやってのけたって言うのか。さすがは冬の異世界人だ。敵ながら見事なスキル使いだ。
あまりの超低温で空気すら液化し始める。酸素が、窒素が、水素が沸点を下回り液体化し、さらに凝縮されてついに凝固を始めて粉雪のように白く舞い散った。空気の体積が一気に小さくなって俺の周囲が真空化する。空気を構成する分子が振動を止めた。だから物音が一切しなくなったんだ。
「うおっ、すげえ! 絶対零度攻撃か!」
と、叫んだつもりが空気さえも凍り付いて震わせることができないから当然声も音も出ない。俺を中心とする半径約3メートルの真空の球体の中を凝固した空気が巻いて、その絶対零度の境界に水分が氷の膜を作っていく。
完璧だ。この攻撃は防御しようがない。まさに絶対の即死攻撃。さすが最強四天王だ。だがな、こっちも最強なんだ。同時に最高でもある。異世界ヒーロー、勇者カナタに突破できない枷はないっ!
『圧縮蒸気砲充填解除。蒸気圧の熱放出開始』
俺の右腕に装着された圧縮蒸気砲が唸り震える。激しい勢いで真っ白い蒸気を吹き上げて、俺を囲う真空の球体の内部に満ち満ちていく。ウインターズの奴が空気を凝固させての減圧攻撃で仕掛けてくるならば、俺は加圧だ。スチームパンクワールドの蒸気の力を見せつけてやる。
時間軸を逆転させてすでに発注したことになってるデック・マイヤーズ・ブランド謹製の新装備ももうすぐ届くだろうし。どっちがバカみたいに規格外か、勝負だ。
俺の周囲半径3メートルの真空の檻が真っ白く曇る。高圧の水蒸気が気圧の変化で一気に入道雲化してくれる。雪と氷に分厚く覆われた極寒の冬に沸き立つ超密度の積乱雲。俺は今、雷とゲリラ豪雨の真っ只中にいるのさ。
「弾けろっ! カナタ・キューミュロウニムバス!」
やっぱり必殺技は発音がかっこいい英語で叫ぶべきだ。ヴァーチャライザーで入道雲の英訳を検索して、俺はウインターズの真空の檻を高圧でぶっ飛ばして叫んだ。
凝縮された積乱雲が無音で爆発した。俺のスチームはウインターズの檻を圧力で押し切ってついに真空を打ち破り、空の上へ上へともうもうと濃厚な入道雲を育てていく。しっとりと手で触れるほどに、ずっしりと重さを感じるほどに、俺はやたら高圧な入道雲を身に纏って周囲の冬を一気に蒸発させた。
「The D、奴はそこら中にいるっていったよな?」
「ああ、そうだ。ウインターズは冬そのもの。おまえがそこにいると思えば、そこにいる冬が奴の本体になる」
それから、とThe Dが首を傾げながら続ける。
「おまえ、さっきとカタチ変わってないか?」
「おう、わかるか?」
硬く澄んだ金属駆動音も高らかに、俺は左腕に新しく装備したスチームバンカーとボディバッグのように袈裟懸けに背中に背負ったスチームエンジンを見せつけてやった。
イングリットさんへのスチームパンクワールドのお土産として用意していた小型蒸気エンジン搭載コーヒーメーカーをデックに改造してもらったバックパック型蒸気発生エンジンだ。そこから無尽蔵に放出されるスチームは左腕のダンパーにストックされ、それ自体でもバンカーとして打突攻撃も可能だし、右腕の圧縮蒸気砲や両脚の蹴爪ブーツにもスチームを無限に供給できる。
俺は時間軸を自在に操作して、荷重力を縦横無尽に編集して、気圧力を無限大にコントロールできる完璧な異世界ヒーローとなった。
真の勇者カナタがここに完成したんだ。
さあ、四天王最強のウインターズよ。一方的に反撃させてもらうぜ。
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