第24話 街の人々の証言 : 勇者カナタの評価


 証言・その1 宿屋の店主


 勇者カナタってのはよくわからんが、タナカのことだったら街の人間も名前は聞いたことあるって人多いんじゃないかな。何でも異世界からやってきたタナカの中でもやたら強いタナカで、防衛師団の助っ人として日夜街を守ってるんだろ? あんたも大したもんだよ。まさにタナカの中のタナカってとこだな。


 評判って言われてもなあ。私ら街の者は兵隊さんと違って実際にタナカが戦ってるとこを見たことはほとんどないしな。でもあれだろ。めちゃくちゃ強いタナカが防衛師団の味方になってくれたおかげで、街の者がタナカが戦っている場面を見ないで済むぐらいに平和が保たれているって、あんた何にやけてるんだい。気持ち悪いな。


 顔か? そんなにしょっちゅう街に降りてくるって訳でもないんだろ? 私だって今日も含めて数回しか見かけたことないし、さすがに顔見てタナカだってわかる人は少ないんじゃないかな。でもほら、それだけ変な格好してれば遠くからだってタナカだってわかる、って、あー、変な格好ってのは、ほら、この世界じゃ見ない異世界タナカっぽいヨロイカブトだろ、あれ。なかなかだと思うよ、私は。そのマスクはなかなかだ。


 どこに行ったって、あんたさっき出てったばっかじゃないか。自分でわかるだろ。タナカが立ち寄りそうな店だって? さあ、そんなのは知らないな。自分の行きたい店なんて自分で決めるもんだろ。あんたさっきから変なことばっか聞くんだな。やっぱり異世界のタナカって変わった奴が多いのか?




 証言・その2 串焼き屋台のおばちゃん


 へえ、勇者カナタっていうのかい。みんなタナカ、タナカって言ってるからタナカって種族だと思ってたよ。タナカであることに違いはないんでしょ? あんた何言ってんだい。私の屋台にはさっき初めて来てくれたんじゃないかい。今まではたいていどの屋台も素通りだったのが、噂のタナカがやっと私の屋台に来てくれたってご馳走してやったんじゃないのさ。で、また来てくれたってことは串焼きが気に入ってくれたのかい?


 あんたの評判は悪くないよ。そんな細かいこと気にするもんじゃないよ。異世界からやって来たタナカなんでしょ。もっと堂々としなさいな。ま、そりゃ異世界からやって来る化け物みたいな奴らを使って戦争してるわけだから、おっかない異世界モンスターにいい印象を持ってる人は少ないかもね。でもあんたみたいに普通の人間みたいなタナカだったら大歓迎よ。もう一本持ってく?


 顔を知ってたかって聞かれると、こんなにじっくり見ることもないからわかんないもんだね。でもほら、見たこともない奇妙な仮面みたいなのかぶって、見たこともないごっつい武器を持ってるって噂だけでもうあんただってわかるじゃないの。今日も何回か見かけたけど、普段からそんな格好してるの? へえ、そんな格好でねえ。で、どれ食べたい?


 どっちに歩いて行ったって言われたって、あんた自分でそっちから戻ってきたじゃないか。タナカともあろう者が迷子にでもなったのかい? いつも? いつもどっちに帰るかって? そういえば街道の外から来るってよく聞くけどパトロールでもしてるの? あっちに寝床があるの? ほら、一本好きなの持っていきな。




 証言・その3 フルーツスタンドのお姉さん


 あら、またまたいらっしゃい。今日は何度も寄ってくれるなんて、異世界のタナカもお忙しいものね。喉が乾くほど戦ってきたのかしら? え、カナタっていうの? ほんとの名前? 別にいいんじゃない? 異世界のタナカでもうみんな知ってるわよ。よくよく見ればけっこういい歳いってるのね。派手な格好してタナカなりに苦労してるわけね。何か飲んでく?


 評判? そんなこと気にするの? タナカが? あなたも異世界のヒーローならそんなの気にしてちゃダメよ。私はあなたを高く評価するわよ。正体不明で無愛想で防衛師団の飼い犬とか言われてても、何だかんだで街の平和はあなたが守っているんでしょ? それを評価しないでどうするって話よ。あれ、飼い犬ってのは言わない方がよかったかな? 良い意味で、ね。ごめん。


 タナカの顔、ねえ。こんな顔していたかって聞かれても、あなたタナカなんでしょ? じゃあそんな顔してたと思うけど。どうなのよ? わりかし好みのタイプではあるかもね。はい、こっちの黄色いの大盛りで。まいどあり。え? タナカがもう一人いるかもしれないって、意味わかんないこと言わないでちょうだい。でもまあ、私の知ってるタナカと顔は同じだけど、確かに雰囲気が違うって気がするわね。今日のあなたはどっちかって言うと笑顔で親しみやすい感じよ。いつものタナカはもっと近寄りがたいオーラを纏ってるって感じ?


 どこに行ったか知らないかって、あなた自分の行き先も忘れちゃったの? はい、黄色いの大盛り。お金ないの? あはは、お代は今度でいいのよ。でも異世界人そのものは何人もいるわけでしょ? タナカが二人いたって不思議じゃないかもね。あら、ちょうどほら、あなたの後ろに……。




 俺はフルーツスタンドのお姉さんが指差す方、俺の背後にゆっくり振り返った。


 道行く人々の合間に、奇妙なマスクをすっぽりと頭からかぶった黒づくめの人影が見えた。一発でわかった。こいつは普通のファンタジーワールドの人間じゃない。異世界人だ。


 バイクのフルフェイスにシャープなエッジを効かせたシルエット。そういう蟹がいたなと思わせる左右非対称な腕。右腕には大型の射出系鈍器の圧縮蒸気砲。左腕にはスマホらしき機械を手首にセットしている。外国特殊部隊の防弾ジャケットのような防具を上半身に装備し、腰にはトリガーのようなギミックがついた大袈裟なベルトを巻き付け、そしてまだ見たことのない蹴爪の生えたブーツと漆黒のマント。


 黒づくめの装備を纏った異世界人が一歩俺に近付いた。俺もそいつに歩み寄り、顔を拝見してやる。間違いない。俺自身だ。


 本物の俺と黒づくめの俺とが同時に囁いた。


「よお。俺が勇者カナタだが、何か用か?」

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