第2話 いきなりスチームパンクな近接肉弾戦用蒸気鈍器
俺を包む光の膜がさあっと引くと、そこには身体のごついおっさんがいた。
「おうっ、タナカじゃねえか。急に現れやがって、ビビるじゃねえか」
人の背丈ほどもある大きなピストンがゆっくりと上下運動して、真鍮の弁がぱかっと開いて真っ白い蒸気が細く噴き出した。ピーッてやたら甲高くけたたましいスチーム音が響き、そのうるさい蒸気機関装置のメーター類を睨みつけていたごわごわ顎髭のおっさんがびくっと身体を震わせた。
気が付けば、ここは異なる世界。さっきまでいた世界から相転移したディファレントワールドだ。俺が開発したVRギア『ヴァーチャライザー』のオーバーキル現象からの特殊効果、異世界転移成功だ。
よし、剣と魔法のファンタジーワールドから蒸気と歯車のスチームパンクワールドへとソウルシフトできたな。と、挨拶もそこそこに速攻で名前を間違えてくれたおっさんに軽く蹴りの一発も入れてやりたくなる。
「タナカじゃない。カナタだ。いい加減覚えろよ。俺は異世界からの来訪者カナタだ」
「へいへい、タナカカナタだろ?」
やたらガタイがいいおっさんはにっこりと笑ってみせた。これは近所の懐っこいクソガキが遊びにきやがったなって笑顔だ。まったく、いつも子ども扱いしやがってくれる。こっちは異世界人だ。もう少し敬意を払ってくれ。
「田中カナタ、異世界からの来訪者カナタ。またの名を勇者カナタ。またある時は異世界探究者カナタ」
「へいへい。タナカタナカ」
俺は金属むき出しの機械や錆の浮いた配管で溢れるそこらをがさごそと漁りながら言ってやった。どうしてみんなカナタとタナカを呼び違えるかな。
「で、毎度ながらその異世界からの来訪者くんが突然何の用だ?」
もはや顔馴染みである異世界の蒸気機関発明家、デック・マイヤーズが面倒くさそうに言った。はるばる異世界から会いにきてやったんだ。そんなめんどくさそうに髭をもじゃるなよ。
「ちょっと急ぎの用だ。アレどこやった?」
「アレじゃわからん。それに急ぎの用って、どうせいつものごとく異世界のイベントだろ?」
デックがやれやれと自慢の苔むした岩のような顎髭をごわごわと撫でた。
このスチームな異世界の人間はみんなごつい。赤銅色した肌は革鎧のように硬く、髪や髭は針金みたいにごわごわもじゃもじゃだ。普通の体格の俺が究極に痩せ細った青白いモヤシ男に見えてしまう。
「あっちでは勇者カナタの助けを待っている人がいるんだよ。いいから、カナタパンチをどこやった?」
スチームな住人たちは分厚い皮膚のおかげで熱仕事に強い。そして石みたいにごつい指先しているくせにやたら器用な仕事する。どの異世界でも見たことのないような精密で堅実な蒸気機関の機械部品を作ってみせる。
「タナカパンチと呼ぶのか、アレは。圧縮蒸気砲ならおまえさんの頭の上だ」
デックの大顎がくいっとしゃくれる先、俺の頭上の棚に探し物は無造作に差し込まれていた。これだよこれ。対生物用肉弾鈍器兵器だ。
「借りるぞ。急ぎのバトルだ」
「勇者業も忙しいこって。それで、こっちの古代兵器狩りだが、次はいつ手伝ってくれるんだ? 異世界からの来訪者くんは異世界のイベントをクリアしてくれるんだろ?」
異世界には異世界ごとにいろいろなイベントが発生する。それを俺はさらなる異世界、ディファレントワールドの特殊能力を持った装備でクリアして回っている。デックのようにあちこちの異世界に協力者がいるんだ。持つべきものはやっぱり友だな。
「あっちがクリアできたらこっちに戻ってくるよ。じゃ、持ってくぞ」
「そいつは特製の強化版だからな。取り扱い注意だ」
「問題ない。使いこなしてみせるさ」
ヴァーチャライザー・オン! VR異世界、起動。またしても、俺は仮想空間でトラックに轢かれるんだ。オーバーキル現象、発動!
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