4
午後5時すぎになって、母さんは買い物から戻ってきた。
ゲームに飽きて、仕方なく宿題に手をつけているところだった。突然、ウォーンという低い音がしたから、カーテンを開けてみると、車がちょうど駐車するところだったのだ。
運転席のドアを開けて、トランクに回り込んだとき、僕と目が合った。手をヒラヒラさせている。
仕方なく、さっきの白シューズを履いて外に出る。
母さんは四日に一度のペースで、スーパーやらドラッグストアやらをハシゴしてくる。そのたび、トランクにぎゅうぎゅうに荷物を詰めてくるから、毎度運ぶ僕や凛は迷惑している。
案の定、今日もそうだった。
外に出たとたん、母さんは「これ運んで」と言って、どさっと膨らんだビニール袋を下に置いた。
「玄関まで持っていけばいいの」
「そう、置いたらまた来て」
薄暗い闇にとけた袋をとって、玄関に向かおうとすると母さんは、
「圭介」と呼び止めた。
「期末はどうだった?」
「えっ」
「テストのこと。土日またいたんだから、1教科ぐらい返ってきてるでしょ」
焦る。先週の九月二十九日と三十日は中間テストだった。
「いやあ、まだ何も」
嘘。実はもう数学と美術が返ってきた。
「返却されてないの」
「先々週の単元テストは返ってきたけどね」
「それは別にいいの。中間よ、中間」
単元テストも成績に反映されるけど、と言おうとしてこらえた。余計なことをいうと、逆に怪しまれる。
「返ってきてねえって」
「本当ね、それ」
「ああそうだよ」
僕が言うと、母さんはまだ疑いの表情をみせながら「分かった」とだけ呟いた。もう一度、力をこめて袋を持ち上げ玄関に運ぶ。途中でまた母さんが僕に向かって叫んだ。
「ああ思い出した、凛も呼んできて。勉強で大変だろうけど人手が足りないから」
胸の奥がじりじりする。すぐそうやって妹のほうが大変と決めつける。僕にはそんなこと言わないくせに、何か言い返したくなる。
だけど、どうせ今の発言だって母さんにとってはただの“優しさ”なんだろう。僕とは違って育てがいのある妹だから。
玄関前まで運ぶ。不意に後ろをふりむいた。遠くのほうに市街地からだろうか、もれた光が見える。空には彼方の名も知らない星が輝いていた。
小学生のころ、僕は門倉がキライだった。便利で洗練された印象の都会でもなければ、自然いっぱいで開放感のある田舎でもない。ただただ普通の地方都市・門倉。
そこで暮らしていること自体がつまらなかった。
だけどいつからだろうか。僕はこの生まれ育ったこの街が好きになったのだ。そうさせてくれたのは、きっとあのせいに違いない。
玄関で袋をおろす。
じんわりと両腕と足に痛みが走る。凛の部屋に向かおうとすると、階段の途中で出くわした。
「ママ、帰ってきたの?」
凛が言う。まだこういうところが小学生っぽい。
「ああ、荷物運ぶの手伝えってよ」
「面倒くさ」
「速攻で拒否すんなし」
「だって本当のことだもん、圭介だってしたくないでしょ」
「いいから来いって。凛の好きなバニラアイス買ってるらしいぞ」
「マジで」
「そう、マジマジ」
僕がそう言うと、凛は「よっしゃ」と軽くガッツポーズした。軽やかに階段を下りていく。
やっぱ、まだ小学生っぽさが抜けてない。
ゆっくり階段を下りていくと、外から凛が「圭介、はーやーく!」と叫んだ。
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