午後5時すぎになって、母さんは買い物から戻ってきた。

 ゲームに飽きて、仕方なく宿題に手をつけているところだった。突然、ウォーンという低い音がしたから、カーテンを開けてみると、車がちょうど駐車するところだったのだ。

 運転席のドアを開けて、トランクに回り込んだとき、僕と目が合った。手をヒラヒラさせている。

 仕方なく、さっきの白シューズを履いて外に出る。

 母さんは四日に一度のペースで、スーパーやらドラッグストアやらをハシゴしてくる。そのたび、トランクにぎゅうぎゅうに荷物を詰めてくるから、毎度運ぶ僕や凛は迷惑している。

 案の定、今日もそうだった。

 外に出たとたん、母さんは「これ運んで」と言って、どさっと膨らんだビニール袋を下に置いた。

「玄関まで持っていけばいいの」

「そう、置いたらまた来て」

 薄暗い闇にとけた袋をとって、玄関に向かおうとすると母さんは、

「圭介」と呼び止めた。

「期末はどうだった?」

「えっ」

「テストのこと。土日またいたんだから、1教科ぐらい返ってきてるでしょ」

 焦る。先週の九月二十九日と三十日は中間テストだった。

「いやあ、まだ何も」

 嘘。実はもう数学と美術が返ってきた。

「返却されてないの」

「先々週の単元テストは返ってきたけどね」

「それは別にいいの。中間よ、中間」

 単元テストも成績に反映されるけど、と言おうとしてこらえた。余計なことをいうと、逆に怪しまれる。

「返ってきてねえって」

「本当ね、それ」

「ああそうだよ」

 僕が言うと、母さんはまだ疑いの表情をみせながら「分かった」とだけ呟いた。もう一度、力をこめて袋を持ち上げ玄関に運ぶ。途中でまた母さんが僕に向かって叫んだ。

「ああ思い出した、凛も呼んできて。勉強で大変だろうけど人手が足りないから」

 胸の奥がじりじりする。すぐそうやって妹のほうが大変と決めつける。僕にはそんなこと言わないくせに、何か言い返したくなる。

 だけど、どうせ今の発言だって母さんにとってはただの“優しさ”なんだろう。僕とは違って育てがいのある妹だから。

 玄関前まで運ぶ。不意に後ろをふりむいた。遠くのほうに市街地からだろうか、もれた光が見える。空には彼方の名も知らない星が輝いていた。

 小学生のころ、僕は門倉がキライだった。便利で洗練された印象の都会でもなければ、自然いっぱいで開放感のある田舎でもない。ただただ普通の地方都市・門倉。

そこで暮らしていること自体がつまらなかった。

だけどいつからだろうか。僕はこの生まれ育ったこの街が好きになったのだ。そうさせてくれたのは、きっとせいに違いない。

玄関で袋をおろす。

じんわりと両腕と足に痛みが走る。凛の部屋に向かおうとすると、階段の途中で出くわした。

「ママ、帰ってきたの?」

凛が言う。まだこういうところが小学生っぽい。

「ああ、荷物運ぶの手伝えってよ」

「面倒くさ」

「速攻で拒否すんなし」

「だって本当のことだもん、圭介だってしたくないでしょ」

「いいから来いって。凛の好きなバニラアイス買ってるらしいぞ」

「マジで」

「そう、マジマジ」

僕がそう言うと、凛は「よっしゃ」と軽くガッツポーズした。軽やかに階段を下りていく。

やっぱ、まだ小学生っぽさが抜けてない。

ゆっくり階段を下りていくと、外から凛が「圭介、はーやーく!」と叫んだ。





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