文化祭前日のパシリ
苅北万里
太陽と月
文化祭前日は慌ただしい。お化け屋敷に使う暗幕が足りない、劇の主役が熱を出した、出店の材料がそろってない。この日になって誤魔化していた問題が表面化する。
こんな時ばかりは名ばかりの生徒会も動かざるをえない。特に俺は副生徒会長という立場上、あちらこちらに顔を出して、進捗状況を確認。お手伝いという名の体のいいパシリも請け負う。
今もメイド喫茶をやりたいと抜かしたアホクラスのせいで、食器を近くのホームセンターから調達する羽目になった。
一番安い物を複数枚抱えながらレジに向かっていると背後から声をかけられた。
「中原、赤ペンキ追加で。水泳部からの要望だってー」
俺は振り返り、生徒会長の佐々木を睨みつけた。佐々木は携帯を耳につけながら、俺を尻目に会話を続けている。おそらく文化祭実行委員会の連中だろう。
「ちょっとぐらい持ってくれないですかね、生徒会長様」
「ああ、無理無理。私コレだから」
佐々木はギブスがつけられた右腕を軽く叩いた。
飄々と言い放つ佐々木に憎しみの念を送った。しかし、佐々木はそんなことをお構いなしにペンキを探しに行った。
元をたどればすべてこの女が悪いのだ。
生徒会長になり、掲げたのは文化祭の規模拡大。たちの悪いことに佐々木は教師からも支持がある。あれよあれよという間に、拡大が決定した。
まぁ、ここまでは特に責める気はない。しかし、文化祭の三日前に腕を骨折するというやらかしは擁護のしようがない。
そのせいで俺に責任がのしかかったのだ。文化祭の拡大を提案したのは生徒会だから、けつも自分たちで拭かなければならなくなった。
それなのに、それなのに。佐々木は「ごめんごめん」と微笑みながら謝って終わった気になってやがる。さらにたちが悪いのは、周囲の人間もそれをよしとしているところだ。
書記の奴なんて「まぁ、仕方ないですよ。こういう時は俺たちに任せてください」なんて言っといて、クラスの出し物が忙しいからと一向にこっちに来ない。
「ペンキ見つけたよー、予算内に収まりそうかも」
佐々木は電話を終えたのか、手ぶらで戻ってきた。いや、そうじゃない。
「……なぜペンキを持ってきてない」
「いやぁ、軽かったら私も持ってたよ? でも、けっこう量が必要みたいでー、重いんだよね、これが」
演技臭い困り顔を見せながら佐々木は言う。
もう色々と言葉が浮かんで来たが、結局はこの一言に行きついた。
なんで俺こんなことやってんだろう。
「サンキューサンキュー、ホントに助かったよ、生徒会マジ神」
水泳部の適当なお礼と引き換えにペンキを渡した。
今すぐペンキを落として濡れた床に足を滑らして頭打ってくれねぇかなと願ってみたが、現実は厳しい。そいつはペンキを部室に置いて、帰る準備を始めた。
ため息をつきながら、生徒会室へ歩く。すっかり陽も落ちきって、いよいよ学校に残る生徒の数も減っていた。残っているのは出し物の最終確認をする連中ぐらいだ。悲しいことに俺も含む。
生徒会室の扉を開けると先客が居た。資料と向き合っている佐々木。俺に気付くと資料を机に置いた。
「おっつー、中原」
「進捗は? どんなもん?」
「んー、領収書チェック中。あと残ってるのは……データかな」
暢気な声色で言う佐々木だが、作業はなかなか重い。
俺は佐々木の横を通り、隅にあるPC席に座る。
「チェック済みのやつは?」
「はい、よろしくー」
ドンッと机の上に置かれる紙束。思わず一瞬停止する。
「これどっから出したんだよ」
「乙女には秘密のポケットをあるの」
こいつ俺に嫌なサプライズしかしてこないな。実は嫌われてるんじゃないか、俺。
でも、止まっていてはいつまでたっても帰れない。うなだれながらも、PCを起動した。
思考停止で支出の金額を打ち込み、間違っていないかをその都度確認する。この繰り返しで時間だけが浪費されていく。もしかして世界一無駄な時間じゃないか、これ。
こういう時の書記ではないのかと叫びたいが、叫んでも書記は来ない。
横目で佐々木の様子を見ると真面目に仕事をしているようだ。器用に片手で資料は分けながら、チェックしている。
データと向き合うことに疲れた俺は気分転換に佐々木に話しかけた。
「生徒に金の管理任せて、この学校大丈夫なのかよ」
佐々木は顔は動かさずに答える。
「ま、教師にやらせると経費がかかるからねー、生徒は無償の労働者だから」
「……このデータは教師が確認するし、二度手間じゃん」
「ほんとにしてるか怪しいもんだけどね、この前の鍋パも諸費用で通ったし」
「そら、教師も生徒会室で鍋やる馬鹿は想定しねぇからな」
「でも、あれは楽しかったー。例え怒られたとしても絶対またやるね」
佐々木は手を止め、遠くを眺めている。その時のことを思い出しているんだろう。でも、多分その風景の中にある俺の苦労はすっかり忘れている。鍋の匂いを消すために消臭スプレーを自腹で買わされた人間のことを。
「よし、おわりー! ごくろうさん」
結局、全ての作業が終わったのは九時を過ぎていた。
「ああー、これでやっと文化祭から解放される」
俺は机に突っ伏した。これで俺の責任は全て果たした。あとは当日サボれば何の問題はない。
「ぱっぱらぱっぱっぱー、デジタルカメラ~!」
唐突に佐々木がわけの分からないことを言い始めた。顔を上げ視線をむけると佐々木は左手を高く掲げていた。その手にはデジカメが握られている。
「じゃ、中原。明日はカメラマンね」
「は?」
「これで輝いている人を撮ってくれよん」
デジカメが俺のポケットにねじ込まれる。
「ちょ、待てよ」
「待ちません、生徒会長命令でございます。副生徒会長様」
佐々木は断言した。こうなったらもうどうしようもない。文化祭の拡大を成功させた女だ、俺がどうこう言っても止まるはずがない。でも、恨み言ぐらい言ってもいいだろ。
「ああ、誰かさんのせいで働き過ぎて熱出そうだわ。明日、頑張れる気がしねぇ」
「ん、大丈夫。私も骨折してるけど、文化祭エンジョイする気満々だから」
笑顔で答える佐々木。無駄なサムズアップまでつける。
馬鹿には勝てん、思い知らされた俺は項垂れる。目をつぶる。
現実逃避。ああ、めちゃくちゃ憂鬱だ。
「ありがとう、中原が居なかったら絶対私駄目だったよ」
耳元で呟かれた。透き通ったか細い声。
驚いて俺は佐々木を見る。
微笑み浮かべる佐々木。普段の笑顔とは違う穏やかで、柔らかい。
何と言ったらいいのか分からなくて、ただただ視線だけがひたすらに佐々木を追っていた。
「明日頑張ろうね」
佐々木はそう言って手を振りながら生徒会室から出て行った。
佐々木がいなくなってようやく自分の口が半開きになっていたことに気付く。なんだか急に恥ずかしくなって、無意味に生徒会室を歩き回る。
そうして身体を動かすと頭が冷静になってきた。そして、ある事実に気付いた。
生徒会室の鍵、俺が返さないといけねぇじゃん。
家に帰りつくと十時。すっかり冷めた夜ご飯に口をつけるとなんだか侘しい気持ちになった。すぐに風呂に入る気になれず、部屋に戻った。
ベットに身体を預けると今日一日の疲労がどっと出てきた。多分、明日は筋肉痛だ。
「あ、やば」
俺はポケットに入れたままのデジカメを取り出した。いくら佐々木の物とはいえ、値の張るカメラは雑に扱うわけにもいかない。
なんとなしに電源を入れてみる。軽く構えて天井を見る。液晶画面の右上に赤い点滅が起こっている。
「充電ねぇじゃん」
なんとなく設定をいじっていると、メモリーカードの残容量が少ないと警告が出てきた。なんだよ、準備がばがばじゃねぇか。
少し負い目も感じたが、データを整理することにした。佐々木のことだから、しょうもない空の写真とか何枚も取ってそうだ。
そう思って、写真のデータを開く。
俺の目に映ったのは俺だった。
斜めになった俺の後ろ姿。小脇にペンキを挟み、抱えた食器を落とさないように下を向いて顔も見えない。
あの時、後ろから撮っていたんだ。利き手じゃない左手で。そんな写真を佐々木はわざわざ撮った。
画面は真っ暗になった。どうやら電源が切れたようだ。
デジカメをお腹の上に置いて、深呼吸をする。
身体はくたくたで明日も絶対大変になるのは目に見えてる。佐々木の暴走は止まらないし、俺は振り回されるに決まっている。
それでも俺は今年は最高の文化祭になると確信した。
文化祭前日のパシリ 苅北万里 @takoshian
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