後編 その2

 だからこの日ばかりは自衛官諸士も、少しでも民間人の皆さんに、

”いい格好”を見せようと必死になるのだ。


 俺達二人は、丁度武器の展示がしてある天幕(テントのことだ)の側に立って待っていた。


 相変わらず草薙君は嫌な顔をしている。


 89式小銃やら、対人狙撃銃、9㎜機関けん銃やらが並べられているすぐ目の前にいるんだからな。


 彼にとっては居心地が悪くて当然だろう。


 すると間もなく、迷彩服(大袈裟に考えなさんな。つまりは作業服のことだよ)を着こなし、磨き上げたブーツを履いたWAC(女性自衛官)が、小走りに駆けてきた。


 彼女は俺の前で呼吸を整えると、踵を合わせて背筋を伸ばし、


『お久しぶりです。乾一曹!』と、凛とした声で敬礼をした。


 俺は苦笑しながら、

『おいおい、その一曹は止めてくれないか。俺はもう自衛隊をとっくの昔に退職した男だぜ』と答えると、彼女は相変わらず口調を変えずに、


『いえ、私にとって乾一曹は憧れの存在なんです。一曹がまだ空挺におられた時代、中学生の私は習志野で訓練展示を拝見し、握手をしてサインまでしていただきました。私が自衛隊に入ろうと決めたのも、その時からなんです!』


 まったく尻がこそばゆくなる話だが・・・・本当の事だ。タレントでもないのに、女の子にモテたのは生まれて初めての経験だったからな。


 そう、この女性がつまり、現在陸上自衛隊朝霞駐屯地の需品科に所属している早瀬美沙三等陸曹、現在21歳である。


『まあ、それはそれとして、ちょっと聞きたいことがあるんだが』


 俺は照れ隠しのように咳ばらいを二三度してから聞いた。


『早瀬三曹には、そのう・・・・付き合っている男性はいるかね?』


 彼女はきょとんとしたような眼差しで俺を真っすぐに見つめ。


『いいえ?いませんけれど、それが何か?』


 俺は少し離れたところで、憮然とした表情(いや、驚いていると言った方が正解かな)をしている草薙君を手招きし、


『それなら都合がいい。実は君に紹介したい男性がいるんだが』


 俺は彼の背中を軽く叩き、前へ押し出す。


『え?え?あの・・・・』


 草薙君はへどもどしながら、俺と早瀬三曹を見比べていた・・・・・



 四日ほど経った。


 俺は事務所オフィスの肘掛椅子に背中をもたせ掛け、窓から一杯に差し込んでいる春の日差しを楽しみながら、午睡としゃれ込んでいた。


 え?

(あの二人、あれからどうなったのか?)


 だって?


 さあ、どうなったかね。


 そこまで詳しくは知らん。


 ただ、あの後彼は自ら事務所ここへ足を運び、ギャラをキャッシュで手渡ししてくれた。


 その時の彼の姿を見て、俺は吹き出しそうになるのをこらえるのに一苦労だった。


 肩まであった長髪はバッサリとやり、見事に刈り上げている。


 耳に付けていたピアスも外し、顎に蓄えていたブラシみたいな髭も綺麗に剃っていた。

 服装も、まるで明日にでも会社訪問に行こうかというようなリクルートスーツだ。


 彼は金を渡して何度も頭を下げてから、


(あのう、23歳で自衛隊員になるのは遅いでしょうか?)と来た。


 俺は、

(さあ、早いともいえないが、遅いともいえないんじゃないか?地連の事務所に問い合わせてみろよ)と答えてやった。


 本当言うと、別に遅くはない。俺の知る限りじゃ、35歳迄だったら、十分に資格はある筈だ。


 しかし春ってのは、思わぬ珍事を起こしてくれるものだな。


 恋の魔力ってのは恐ろしいもんだ・・・・そう思いながら、俺は又午後のまどろみの中に入り込んだ。



                                終り

*)この物語はフィクションであり、ストーリー、登場人物その他は完全に作者の想像の産物であります。

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恋は朝霞(あさがすみ)と共に 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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