中編

 草薙君が彼女と知り合ったのはちょうど1か月前、まだ2月の初めの寒い日のことだった。


 その日彼は代々木公園で開かれた反戦集会に参加した。


 有名な知識人からタレント迄、多士済々が来ていたので、それなりに盛り上がった。


 集会が終わりかけの頃、公園を通りかかって、こちらを何となく見ていたのが、

『彼女』だった。


 一目ぼれと言うやつではないが、何となく気になってしまい、つい声を掛けた。


 彼女の名前は早瀬美沙、21歳。


 草薙君は彼女ともっと話をしていたかったので、これからコンパに行こうという

仲間から離れて、酒が呑めないという彼女を喫茶店に誘うことに成功した。


 今時街中で見かける女性にはない、日本的な魅力(彼は自分は反体制ではあるが反日ではないと、この点をひどく強調した)がある彼女に惹かれた。


 あわよくば自分たちの仲間に入って欲しいという下心もあったのだと、悪びれずに付け加えた。

 草薙君は自衛隊違憲論やら、平和論やら、非武装中立の大切さを、とうとうと彼女に語って聞かせた。

 美沙は、彼の話す言葉に反論するでもなし、疑問を呈するでもなし、黙ってオーダーしたレモンティーを飲みながら聞いていたという。


 その日は結局それだけで終わったが、何とか次に繋げたいと思った草薙君は、彼女の携帯電話の番号とメールアドレスを聞き出すことに成功した。


 しかし、問題はここから先だった。


 何度電話を掛けても彼女が出ないのである。


 訊ねて行こうにも住所が分からない。


 幾ら平和主義者だからって、モラル位は心得ている。


 今流行りの”ストーカー”と勘違いされても困る。



 そこで思い出したのが俺、私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうである。


『本当は貴方なんかの手を借りるのは気が進まなかったんですけど、探偵と言えば人探しのプロでしょうし、他に適当な名前が思い浮かばなかったものですから』


”貴方なんか”とか”気が進まなかった”という言葉は、カンに触ったのは確かであるが、しかしこのところロクな仕事にありついちゃいない。


 仕事にあぶれてはフリーランスの探偵なんだからな。アゴが干上がってしまう。


『個人的な信条として、恋愛や結婚などの関係の依頼は請け負わないことにしてるんだが、まあ、仕方なかろう。受けてやるよ。ギャラは基本一日6万円。他に必要経費、あと危険手当が必要になった場合は、プラス4万円の割増し。これが契約書だ。納得出来たらサインを頼む』


 俺は草薙君から聞き出した早瀬美沙嬢の携帯番号にしつこく掛けた。


 探偵は粘りが肝心だ。


 何と思われたって構やしない。


 こっちは依頼でやってるんだからな。


 だが、待てよ・・・・俺は思った。


(早瀬・美沙)


 この名前、どこかで聞いた覚えがある。 


 受話器から聞こえる呼び出し音の間中、俺はずっと考えていた。


 だが、思い出せない。



 48、49.50。

 

 流石に辛抱強い俺も、いい加減諦めかけていた。


 しかし、51回目、やっと繋がった。


(はい、もしもし?)


 向こうが答える。


 最初は警戒している様子だった。そりゃそうだろう。


 顔も知らない男から非通知(当然そうなっていると見て間違いはない)で電話がかかってくれば、誰だっていぶかしく思うのは当然だ。

 まして向こうは女性なのだからな。


(私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうと申します。実は・・・・)

 俺は依頼の件について正直に話した。


 すると、彼女の声が急に変わった。


(乾さん?あの、ひょっとして、陸自にいらっしゃいませんでしたか?)


(ええ、最後は習志野の空挺団でしたが・・・・)

(やっぱり!)

 彼女の声が弾む。


 その時、俺の頭の中で何かが繋がった。


(ああ、そうか・・・・)


 記憶力はいい方なんだが、やっぱり年齢としのせいかな?

 

 いささか苦笑いの体である。





 


 






 

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