恋は朝霞(あさがすみ)と共に
冷門 風之助
前編
彼が俺の『乾宗十郎探偵事務所』を訪れたのは、3月になったばかりの、月曜の午後だった。
彼と顔を合わせるのは、実に1年ぶりのことである。
彼・・・・名前を
現在の職業はフリー・ライター。少なくとも表向きは。
目の前にいる彼は、肩まで伸びた長髪。尖った顎の下にはブラシみたいな髭を生やし、耳にはピアス。ラブ&ピースマークの入ったTシャツにチェックのジャケット。
一年前、初対面の時と全く変わっていない。
俺はどうもこの男が苦手だ。
フリーライターなどと言っても、
『憲法9条を守ろう』
『自衛隊はいらない』
『日米安保も破棄しろ』
『日本は非武装中立を貫け』
という類の『アレ』である。
俺が彼と初めて逢ったのは、あるテレビ局でのことだった。
某ディベート番組に出てくれと、在隊時代の先輩に頼まれたのである。
現役自衛官と、元自衛官が、平和運動家や反戦主義者と討論を交わすという、まあそういうテーマだった。
正直言って、俺はそんな番組に出たくはなかった。
しかし、
『まさか現役の自衛官を前面に押し出して丁々発止やらせるわけにもゆかんだろう。だから頼むよ』という訳だ。
気は進まなかったが、先輩の頼みとあっちゃ無下にも断れない。
お陰で俺は一番前の席に座らされ、反戦運動家や、護憲派とやらの集中砲火を、モロに浴びる羽目になった。
その中で、一番俺に噛みついてきたのが、草薙覚君であった。
当時まだ彼は学生だったが、こっちの言葉なんか聞きもせずにまくしたてる。
反論するのも馬鹿馬鹿しいとは思ったが、何も言わずにいるのも格好がつかない。
あくまでも穏やかに、しかも論理的に相手の言葉を受けて返した。
番組は結局、どっちの勝ちとか敗けとかではなく、結論の出ないまま、消化不良で終わってしまった。
それが気に入らなかったかどうか分からないが、番組が終了して、
(やれやれ、やっと終わった)と帰り支度をして、廊下に出た俺を追っかけてきて、議論を吹っ掛けようと試みてきた。
俺はいい加減うんざりして、
”悪いが俺は好きで来たんじゃない。頼まれて座りに来ただけだ。これ以上君と無意味なやり合いをするつもりはない。もしどうしても話を続けたいんなら、新宿の
そう言い捨てて、名刺だけ渡し、彼を尻目にとっとと帰って来た。
そうして一年が過ぎた。
彼は何も言って来ず、流石にあきらめたかと、こっちも肩の荷を下ろしていたのだが、それが突然ひょっこりと顔を出したのだ。
『やっぱり来たか・・・・もう忘れたと思っていたんだがな。で?何について話す?』
俺が問いかけると、彼は少し言いにくそうに。
『いえ、別に貴方と議論をしに来たわけじゃありません。純然たる仕事の依頼です』と答えた。
『仕事?そりゃ結構、だが、初めに断わっておくがな。自衛隊基地を破壊してくれとか、防衛大臣の暗殺の為の情報集めなんていうのはお断りだぜ』
俺が混ぜ返すと、草薙君は益々憮然としながら、
『そんなんじゃありません』といい、一枚の写真を取り出した。
どこかの公園だろう。
大きな噴水を前に、一人の妙齢の女性を写したものだ。
黒いハイネックのプルオーバーに薄茶色のジャケットとジーンズという活動的な服装をしているが、日本人形のように色白で、ぱっちりとした目が印象的だ。
肩口くらいまで伸びたストレートの黒髪を、首の後ろでひとまとめにしている。
『この女性について、調べて貰いたいんです』
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