第5話 綱渡り
赤いコートを着たタマモの姿は目立つ。余程の事態が起きない限り、見失うことはない。
竜司は監視の目を緩めず、物体を透過して付いていった。タマモがスマートフォンに目を落とせば、相手の死角を利用して背後から接近。画面に目を凝らし、すぐさま離れて近くの自動販売機と同化した。
タマモは画面の地図を見て歩き出す。分岐になると立ち止まり、それぞれの道に目を向けて一方に力強く踏み出した。明るい表情と共に速度が上がる。
前方にコンビニエンスストアを見つけると笑顔で走り出した。長い黒髪は風を受けて激しく靡く。竜司は民家を突き抜けて先行した。隠密に徹して店舗の横の外壁に前のめりで突っ込んだ。
遅れてタマモが店内に現れた。竜司は相手の行動を見ながら近くの棚に身を隠す。
タマモは買い物かごを手にした。大型冷蔵庫に直行。ビールやカクテルの缶を片っ端から入れた。棚ではスナック菓子の袋を買い漁った。缶詰やハムを適当に隙間に押し込み、両手で引っ張り上げるような格好で横歩きとなった。
レジの前で買い物かごを下ろしてぶらぶらと両手を振った。再度、取っ手を両手で握ると一気に引っ張り上げる。踵を上げて何とかカウンターに置いた。
気が緩んだ表情でレジの男性を見上げる。胸元には『店長』と明記されたバッジを付けていた。
「あの、お酒は未成年には売れないのですが」
「未成年では、あ、えっと、お使いで来たの」
タマモは子供らしい笑顔でポケットからカードを取り出した。ほら、と高々と掲げて振って見せる。
「わかるんだけど、こっちもお仕事だからね」
「買って帰らないと、また怒られちゃうのに……」
タマモはコートの袖を瞬間的に引っ張り上げた。覗いた肌は酷い打撲で青黒く、男性の表情を一瞬で固まらせた。
元に戻したタマモは口をへの字にして懇願の目を向ける。
「もう、痛いのイヤなのに……」
「あ、ああ、お使いなんだね。よくわかったから安心して」
男性は止まっていた手を動かした。カードの支払いを済ませてぎこちない笑顔で送り出す。
タマモは両手にはち切れんばかりのビニール袋を提げた。歯を食い縛って仰け反る姿で出ていった。
気張った状態でよろよろと歩く。道端でビニール袋を下ろし、赤くなった掌に息を吹き掛ける。うんざりした顔で下を見て溜息を吐いた。
また両手で持って歩き始める。うー、と唸って見つけた小さな公園に入っていく。
ベンチまで運んで上にビニール袋を置いた。タマモはその横に座って肩で息をした。遊具のない公園に人の姿はなかった。
「疲れた~」
深く腰掛けて両腕をだらりと下げる。程なくして喉の辺りを摩った。ビニール袋に目を向けて中の一本を取り出す。
「誰もいないし、いいよね?」
プルタブを起こして開けると一気に喉に流し込んだ。両目を閉じて軽く震える。思いを溜めたあと、ぷはぁー、と空に向かって息を吐いた。
「最高だね~」
「子供が酒を飲んだらダメだろう」
その声にタマモは硬直した。媚びるような笑みで隣に目をやると竜司が腕組みした状態で座っていた。
「ノドが渇いちゃって」
「やはり、亡霊の俺の姿が見えるようだな」
「あ、あれ、誰もいないや。気のせいかな~」
タマモは不自然な笑みで正面を向いた。手にした缶に目を落とし、少し躊躇いながらも口を付けた。その状態で静かに缶を傾ける。
「おまえ、九尾だろ」
その一言で紫色の液体を吹いた。激しく咳き込んで、もう一度、隣に目をやる。
「み、見えるだけだもん」
「どうやって酒を買った? 今の世でも未成年には買えないはずだ。店長も最初はやんわりと断っていた。妖術でも使ったんじゃないのか」
「ないない、それはないよ! ホントだって!」
タマモは手と顔を同時に左右に振った。一方の鼻の穴から紫色の筋が流れて急いで手の甲で拭った。
「酒呑童子様は女性に化けられる。おまえが玉藻前ならば、同じことができるんじゃないのか」
「だから、できないって!」
タマモは顔を赤くして否定した。竜司はじっと見て、ふと視線を落とす。
「袖を捲ってくれないか。俺にはよく見えなかった」
「……妖術とかじゃないから」
缶を持った手で渋々といった様子で左の袖を引っ張り上げた。白い手首とは真逆の色が現れて竜司の眉間に不穏な皺が寄る。
「誰にやられた?」
「え、えっと、これは親戚のお姉ちゃんに……」
「わかった。酒は痛み止めなんだな」
「う、うん、そうだよ」
「あとは俺に任せろ。姉御に頼めばすぐに片が付く」
タマモは驚いた。怯えるように顔を震わせて、ダメだよぉ、と弱々しく口にした。
竜司は目に力を込めて言った。
「姉御の強さを信じるんだ」
「だから、ダメなんだって」
「その親戚のお姉ちゃんに口止めでもされているのか?」
「それは……違うけど、ダメなんだもん」
場違いな曲が流れてきた。タマモは目を丸くして缶を持ち、残りを飲み干した。
竜司は目で音の出所を探る。
「電話に出ないのか?」
「……今はいい」
「親戚のお姉ちゃんなのか」
「……知らない」
空になった缶をビニール袋に入れて新たな缶を掴み出す。竜司が制止する前に開けて豪快に飲み始めた。
「確かに九尾のような凄みは感じられないな。その虐待の跡は許し難いが、おまえにも事情はあるのだろう。姉御の耳には入れないでおく。それと酒は程々にしろよ」
竜司の言葉にタマモは少し口を尖らせた。
「でも、亡霊は見えるんだな」
「生まれつき、かな」
タマモは精一杯の笑顔で答えた。
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